毎年のことながらこの時期、正月特番ばかりのTVにいささか倦んで映画でもと思いまして。昨年公開されたばかりの英国映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』という一本でありました。

 

 

高齢化といわれる状況はもちろん日本に限った話ではないわけで、どうもそれが進むに従って老齢者主役の映画がたくさん作られるようになっておりますなあ。ちょいととぼけた飄々さを醸すジム・ブロードベントにとってはこの期に及んで活躍の場が広がっておるような気がするところです。

 

で、高齢者映画が多くある一方で、昨今の映画のタネには実話ベースというのもまた数多いものですから、てっきりこの映画も「実話を基に…」かと思っておりましたらば、完全にフィクションだったようですなあ。

定年退職し、妻のモーリーン(ペネロープ・ウィルトン)と暮らすハロルド・フライ(ジム・ブロードベント)のもとへ、ホスピスに入院中のかつての同僚クイーニーから手紙が届く。余命わずかの彼女に返事を出そうと家を出たハロルドは途中で気が変わり、手紙を直接届けることを思いつく。彼はある思いを伝えるため、イギリスの北端まで800キロの道のりを歩き始める。(「シネマトゥデイ」あらすじ)

今の時代、伝えたい思いがあるならば電話でもメールでもいろいろと手段があるわけですが、敢えて手紙に託すとすれば、「そこにはやはり言霊が…」などと先日の年賀状云々の話につながりそうなところながら、ハロルドは直接会って伝える方法を選ぶのですな。ただ、800kmという距離の隔たりがあろうとも、移動手段はいかようにも選びようがある。実際、歩き続けるハロルドを心配した妻のモーリーンが隣人の車に便乗し、数時間のドライブで追いついてしまったりしているわけで。

 

ですから、思いのほどを単に会って伝えねばという気持ちだけでなくして、そこにはわざわざ時間をかける意味を持たせているのでありましょう。老齢の域に達する以前といいますか、自ら退職してもしばらくは「とにかく効率的であれかし」といった時間の過ごしようが染み付いてしまっていたところながら、昨今になってようやっといつまでもそれに捉われた生活をするのは、必ずしも適当な時の過ごし方ではないのでは…と思うようにもなっておりましてね。時間がかかることを即座に無駄と考えてしまうのは時に誤りだったりもしようかと、そんな具合に。

 

もちろん、現役バリバリで仕事をする中でそんな過ごしようをしては、植木等のサラリーマン・シリーズや『釣りバカ日誌』のハマちゃんじゃああるまいし、昭和のおおらかなが無ければとても無理なわけですけれどね。かといって、老後によくいわれる「悠々自適」はのんべんだらりともまた違うから難しい。ひたすらに楽な方、楽な方へと向かうと、ヒトも生物学的は動物、即ち動き廻って生きるべく造られているわけですものね。ですから、閑居を示す別の言い方をすれば「晴耕雨読」と言う方が理にかなっているのでもありましょう。時にのんびり読書をする傍ら、時には畑を耕すなりなんなりして体を動かす。犬は散歩させなきゃと言いますが、ヒトもまた似たようなものなのですよね、動物ですから。

 

と、余談が長くなりましたが、ハロルドの選んだ800kmを歩くという行動も、上で触れたようなヒトたるものの本能に従ったとまではいいませんが、その要素はあろうかと。一方で、彼の行動がクイーニーの残り少ない時間をいささかなりとも永らえさせることになる(ホスピスにいるという時点で無理なことながら、少しでも時間が与えられれば回復の可能性が見いだされるかもとも)、そんな思いも少しはあったかもです。また、ハロルド本人が過去を反芻するにはそれ相応の時間が必要だったとも。仮に自動車や列車で移動したのでは考えをまとめるまとめる時間がないうちに到着してしまうと。

 

ともあれ、今のご時世の理屈から考えるとハロルドの行動は「考えらない」突飛な行動とも言えましょう。ただ、そんな行動に及んで黙々と歩き続けるハロルドに、SNSで話題となって追っかけ的な人たちが付いてまわることになるということも、現代ならではありそうなことではありますね。何かしら今の日常から飛び出してしまいたい…てなことを思っている人たちがたくさんいるのだろうと思うわけです。自分ひとりでは何していいか分からないし、ふんぎりがつかないといったふうに。

 

何やら深刻ぶった話になってしまっておりますけれど、映画を見ていて(内容とどれほど関わるかは別として)思い浮かんだのは「思い立ったが吉日」という言葉なのですな。この言葉はともすると「吉日」に重きが置かれて、タイミングがいいのだからと促す意味合いに使われますけれど、考えてみたら肝心なのはむしろ「思い立つ」ことの方なのですよね、きっと。思い立たねば事は始まらない…と、このことを2025年の年頭に心に刻んでおくことといたしましょうかね。