さてと、いつになく弾丸で信州・上諏訪の美術館を2館訪ねたというお話。最初に立ち寄った北澤美術館のすぐお隣に、もう一つ美術館があるとは何とも便利なことで。
サンリツ服部美術館ということで、ここもまた企業立のようなもの(実際の運営は公益財団法人であるにせよ)になりしょうかね。ちなみに服部さんというのは、諏訪だけに「やっぱり!」と思うSEIKOの服部一族でありましたよ。
ともあれ、館内に展示室が二つありまして、展示室1にあたる「服部一郎記念室」とやらでは単にコレクションが並べてあるというのでなくして、「画材を観る」ということで絵画を構成する画材をさまざま見比べてみるといった内容となっておりました(会期は2025年1月13日まで)。
絵画は色と線を用いて表現した平面の芸術で、その描画には画材を使います。画材には鉛筆、クレヨン、水彩絵具、油絵具といった描くための描画材料から、紙や板、カンヴァスなどの絵の土台となる支持体まで多種多様なものがあり、現在も新しい画材が開発され続けています。
ということで小規模ながらバリエーションは豊かという展示内容ですが、のっけから小品とはいえルノワールが出てくるあたり、なかなかのコレクションをお持ちのようで。ですが、ここでは「ルノワール、コレクションにありますよ!」というのが眼目ではありませんで、どうやらグラッシ(グレーズという方が一般的のようで)という古くからある油彩の技法(うす塗りの塗り重ねであると)を用いたルノワールの作品と、お隣にチューブから絞り出したまんま?かとも思われるこんもりした筆触のキース・ヴァン・ドンゲン作品を並べて、対比してみせているのですな。同じように油絵具を使っても、こんなに違いがありますよと。まさに「画材を観る」です。
一方で、油絵が描かれる媒体は「そりゃ、キャンバスでしょ」と思うところながら、元来は木の板が用いられていたのであると。確かに中世絵画などは板に描かれているわけで、これは単に油絵を描くためのより良い素材としてキャンバスが登場する以前の話で、てっきりキャンバスが後出の優位あるものであるかと思っておりました。さりながら、とってかわった事情というのが、板、つまりは木材が必ずしも安価ではない、供給が安定しないといったところが、キャンバスの誕生背景にあったようなのですなあ。とまれ、展示では板ベースのもの、キャンバス・ベースのもの、あるいは紙ベースのものなども見比べてみましょうということで。
また、同じような画題を油彩で描いたり、水彩で描いたりするあたりも見比べてみるということで。そこで「やっぱり現物、本物を目の当たりにせんとわからんねえ…」と思いましたのは、明るく鮮やかな色彩に溢れるラウル・デュフィの作品でしたなあ。絵具の発色が異なるのですから、当然といえば当然ながら、印刷物で見てしまうと「本物とはどうも色合いが???」となることが多いわけでして、油彩も水彩も一様に(それなりに)きれいな画像となって、なかなかに違いを判別しにくくなっていたりも。それが、現物なれば一目瞭然ですものねえ。いかにデュフィが明るい画面を目指したか、そのあたりの腐心が窺える気がしたものでありますよ。
ともうひとつ、展示室2の方は打って変わって「和モノ」の展示となりまして、特別企画展「やきものの景色 窯のなかで生まれる色と模様」が開催中(会期は10月27日まで)。あまりやらない弾丸ツアーで上諏訪に出向いたのも、この展示がお目当てであったからそそくさと出かけたようなわけでして。
昨年2023年秋に出向いた「美濃瀬戸やきもの紀行」でたっぷりとやきものを見て来たですが、その後は出羽桜美術館@山形県天童市などで少々の作品に接するのみでありましたので、些かやきもの鑑賞欠乏症の気味でもあったようで(笑)。
(やきものの)焼成の際に欠かせない存在が窯です。窯のなかにうつわを並べてじっくりと時間を掛けて高温で焼いていきますが、炎の具合や土や釉薬に含まれている鉱物、燃料の性質によって、思いもよらない色や模様が生まれることがあります。日本ではそれらを「景色」と呼び、やきものの見どころとなっています。
本展では、…薪の灰が降りかかってガラス化し、胡麻のような模様ができた備前の徳利、白色の長石が浮き出た信楽の香合などを展示いたします。
予て、磁器よりも陶器、とりわけ焼き締め陶器にくくっと来るのが個人的な嗜好なのでして、備前焼、信楽焼とそのあたりの関心にも応えてくれる展示でしたですなあ。上のフライヤーには備前焼の徳利があしらわれておりますが、展示にあった備前焼の肩衝茶入に浮かんだ「緋襷」にはついつい見入ってしまったような。と、さも訳知りに「緋襷」などと言っておりますが、かかる模様が浮かんだやきものは目にしつつも、この窯変を「緋襷(ひだすき)」と呼ぶでのあるとは展示解説に「そうでしたか…」と。ま、その程度のやきもの好きということで。一応、「緋襷」の説明を「岡山観光web」の紹介ページに参照しておきましょう。
鮮やかな赤色(緋色)の襷をかけたような色合いであることから、緋襷といわれます。 この模様の正体は、稲の藁。本来は、窯詰めをする際に、作品同士がくっつかないようにするため藁を巻いていましたが、それが模様として用いられるようになりました。
ところで、先に北澤美術館の方でガレやドーム兄弟によるガラス器の装飾性豊かな花入れを見た折、「これでは生ける花が負けてしまうだろうなあ…」とその実用性の点で「?」を感じたりしたわけですが、こちらに展示されていた黄瀬戸立鼓花入などを見るにつけ、「そうだよなあ…」と。もっとも、これは侘茶嗜好の花入でもあるわけで、思い返すに映画『花戦さ』で繰り広げられたのは相当に大規模なインスタレーションでもありましたなあ。
そうしたことに思い至ると、ガレやドーム兄弟らの花入れが必ずしも実用に適うものでないというのでなくして、例えば高級ホテルのロビーの假屋崎省吾あたりがゴージャスなアレンジメントを施すにあたって用いられたなら、決して花が負けるようなアレンジにはならないのかもしれん…と思い返したりもしたものでありましたですよ。花の活け方もさまざまということで。
とまあ、そんな具合にやきもの鑑賞欠乏症を補ってまいったのではありますが、本来はここの目玉コレクションである国宝「白楽茶碗 銘 不二山」が見られるはず…だったのですが、8月に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が出されて以来、解除された今も作品保護のため展示を中止しておるとは、なんとも残念な限り。また、別の展覧会で展示が再開されたら眼福に預かりたいと思っておりますよ。