…てな具合に山形美術館の思わぬ!臨時休館に遭遇し、いささか予定よりも早めに移動を開始することに。JR奥羽本線(山形線)に揺られることしばし、山形駅を発した列車は天童駅に到着したのでありました。

 

 

当初の予定では山形美術館を堪能し、山形駅の駅ビル内で蕎麦でも食して移動と装丁していたのですが、少々前倒しのスケジュールでは、ここ天童で昼飯タイムとなったのでありますよ。取り敢えず駅前ホテルに荷物を預けたついでに、「ここらで何か昼飯の食べられるところは?…」と訪ねてみれば、フロントの方曰く、即座に「蕎麦ですか?!」と。駅にも大きな看板で「そばの里 天童」とあるように、やはり山形といえば(名物のひとつが)蕎麦なのでしょうなあ。

 

ま、もともと山形駅で蕎麦のつもりでしたので、「はい、蕎麦で」と応えてしまいましたところ、「それならば自分(ホテルのフロントの方です)もこれから昼の休憩で蕎麦を食べに行くのでご案内しましょうか」というご提案。これは断れませんですよねえ。蕎麦が名物である地元の人が行く店では、もちろん美味い蕎麦が食せることでしょうし。

 

で、まず案内されたのは駐車場。車で行くのだというのですな。「そんなに遠くないですよ」と言いつつ、たった今まで乗ってきた列車の線路沿いに山形方向へ、ゆうに駅ふたつ分(この辺りの駅間距離が長いのは想像に難くない)は戻ったでしょうか。結構な移動だと思いますが、向こうの人の行動半径は広いようですなあ。

 

 

天童の市街地は瞬く間に行きすぎて、周りは一面の田園風景となるわけですが、「向こうに雪の残しているのが月山ですよ」と。車中では黙って乗っていたわけではありませんので、途中、ホテルのフロントの方(どうやら後に専務さんらしいことが判明)が「知り合いを載せてっていいですか」と拾った方と三人で言葉を交わしたですが、素の山形弁の片鱗が伺えて、微笑ましいことこの上無し。

 

ちなみに車中の会話の一端に触れますと、「東京はすごいところですよね」という。どうやら専務さんも連れの方もそれぞれ大学時代を東京で過ごしたようなのですけれど、アルバイトで多摩地域に出かけたと専務さん。そこで何がすごいのかと言えば、「通りをひとつ隔てると別の市になるんですね。東京は」と。「ここらでは町があって、その周りに田畑がしばらく続いて、その先に隣の市があるのに」とは、全く考えてみたこともない感想でありましたよ。

 

とまあ、そんなこんなのうちに(山形ばかりではないでしょうが)地元の方がわざわざ勤務合間の昼休みに車を飛ばしてやってくる、当の蕎麦屋に到着、なかなか趣きのある古民家蕎麦屋ではありませんか。

 

 

店名を「そば 吉里吉里」とは、すぐさま想像されるとおりに井上ひさしの小説『吉里吉里人』から採った由。小説自体の舞台は宮城県と岩手県の県境あたり、つまりは奥羽山脈の東側であるようですが、作者の井上ひさしが山形県の置賜地方(南部の米沢の方)出身とあっては全く所縁無しとも言えませんですね。

 

常連と思しき専務さんが「こんなに混んでいたことがない」と言うのですが、たどり着いたときには満席の状態。待つ間、きょろっとしつつ、他のお客さんが写り込まないようにして撮ったのがこちらです。古民家の高い天井が響きに効果的であるのか、巨大なスピーカーが鎮座し、アンプは真空管、そして脇の棚にはずらりとLPレコードが並んでいるとは、よほどオーディオに凝っている店主であるかと。レコードをチラ見するにジャズ好きが高じた結果でしょうなあ。

 

 

と、オーディオはともかくとして蕎麦です。軽く蕎麦で昼飯と思っていたのが、すでに蕎麦を求めて大旅行になってしまっているのはともかくも、畳敷きに置かれたテーブル席に着いて、注文するのは現地の方が食するに同じく「自家製鰊煮付きざるそば」、専務はいつもこれであるそうな。

 

 

すでに鰊の煮付けは手をつけてしまっておりますが、(専務さんはドライバーですので飲みませんが)連れの方は蕎麦ともども昼飲みを楽しみにしていたようで、そっちの方から「いける口なんでしょ?」と言われて、ついつい差し出すぐい呑みを差し出してしまい…といったようすを見たお店の方が「酒の宛てにどうぞ」と鰊を先に出してくれたものですから(本来は「鰊煮付きざるそば」というくらいですから、蕎麦と一緒に出てくるのでしょう)。

 

それにしても、蕎麦が美味いのはもとより、鰊の煮付けがとてもいい塩梅で、かつ日本酒に合いますなあ。連れの方が「今日のこの酒はなに?」と(いい感じの山形弁で)尋ねていました(お品書きには「うまい純米酒」とだけ…)が、「蘭童」という銘柄らしい。なんでも庄内の方の酒蔵だそうで。いやあ、旨い酒でした。

 

かような顛末で、ゆっくりと昼飯(昼呑み?)の時間を過ごすことから始まった天童の旅は始まったわけですが、こうした一期一会はある種、旅先らしいエピソードとして記憶に残るものでもあろうかと。昼休憩というのは結構な時間を要したことに些かも動じておられない専務さん(さすが、役員!)、むしろこちらの都合を気遣ってくださって、元々立ち寄ろうとしていたスポットで降ろしてくれたのでありました。ま、蕎麦屋からホテルに戻る途中、ちょうどオンザウェイの道すがらではあったのですけれどね。