CSミステリーチャンネルで放送された『アラン・カーの冒険 アガサ・クリスティーの世界』は、「コメディアンのアラン・カーが、ミステリーの女王アガサ・クリスティーの文学的生涯をたどる旅に出る」というものでしたけれど、どうやらアラン・カーという人は英国では随分と知られたコメディアンであるようで。本人曰く「英国の人間国宝(national treaseure)」(もちろんジョークでしょうが)てなことを言って、周囲の笑いをとってもいたりして。

 

ともあれ、そのアラン・カーがクリスティーゆかり、あるいはミス・マープルもの、ポワロものの作品ゆかりの場所を訪ね歩く番組だったわけですが、ポワロを探究する旅の過程で、口ひげ自慢のクラブに立ち寄ったりも。こうした集まりはいかにも英国らしく、かつては紳士の社交場を標榜して女人禁制だったしたものと思いますが、昨今の事情はどうなっておりましょうかね。まあ、ことこの口ひげクラブに関しては加入したいという女性があるとも思いにくいような気がしますが、少なくともご夫人同伴はありとなっているようで。

 

そんなクラブで「ポワロの髭はどんなものがふさわしいか」てなことを尋ねたりしていて、延長線上には「(映像化された)ポワロは誰が適役であるか」という話になるのですな。個人的には、予て「ポワロの適役はデヴィッド・スーシェこそ」と思っていたところながら、思いのほか(といっては何ですが)ピーター・ユスティノフを挙げる方々もおり、しかもそれが『地中海殺人事件』の、と(『ナイル殺人事件』の、ではなくして)。こうなりますと、ずいぶんと昔に見たことのある映画ながら『地中海殺人事件』を今一度と思ったのでありますよ。

 

 

孤島のリゾート・ホテルに曰くありげな人物たちが集まって、分けても目立ちまくって端から死亡フラグ立ちっぱなしの女優(ダイアナ・リグであるか…)が殺されてしまう。当然に犯人は島の中、というよりホテルの宿泊客の中にいるはず…なのに、誰しもアリバイがありとは、いかにも尽くしのミステリー作品でありますなあ。

 

原作の『白昼の悪魔』ではイングランド南西部のデヴォン州(作者クリスティーゆかりの地ですな)が舞台で、冒頭に触れた旅番組ではドラマ版ポワロでロケに使われたという、デヴォン州バーアイランドの豪華ホテルをアラン・カーが訪ねておりましたよ。ですが、映画版ではこれをアドリア海の高級リゾートに置き換えて、映画らしいゴージャスさを演出する方向にあったようで。

 

で、すっかり忘れていた話の筋も見ているうちにじわじわ蘇ってきたわけですが、今になって気付いたのはこの映画に付けられた音楽なのですよね。「おや?スタンダードナンバー?」と思えば、「ああ、『 エニシング・ゴーズ 』であるか!」と。改めてクレジットを見れば、音楽はコール・ポーターとなっている。映画の制作段階の遥か前に故人となってコール・ポーターの名曲集のような感じで音楽を散りばめて、これまたリゾートのゴージャス感といいますか、そんなあたりを醸そうという試みであったのかもしれませんですね。ただ、それが反って往年のブロードウェイ・ミュージカルを見るような印象に繋がってしまったことは否めないような。

 

音楽でいえば、『オリエント急行殺人事件』(もちろん?1974年版です)のリチャード・ロドニー・ベネットの華麗、『ナイル殺人事件』(もちろん?1978年版です)のニーノ・ロータの重厚が思い出されるところながら、こういってはなんですが、『地中海殺人事件』ではいささかお安くなってしまった感もあり、それが全体に浮ついた印象になってしまっているのかも。あくまで個人的にですが、『地中海殺人事件』が『ナイル殺人事件』よりもお安い評価になってしまう由縁でもあろうかと思ったところです。

 

ところで肝心なポワロ役は『ナイル殺人事件』に続いてピーター・ユスティノフが演じているわけですが、人物造形としてユニークで面白く、「これはこれであり」とは思うものの、原作に示された「小男」という点で決定的な違いがありますですね。また、時折発するフランス語訛りの、あるいはフランス語とちゃんぽんの英語という言葉遣いや、至って潔癖な性分が周囲の失笑を買うといった場面はあるも、ユスティノフ・ポワロには笑いを取りに行っているところがあるようで、このあたりも原作とは異なるところかと。

 

そんなあたりからやっぱり(あくまで個人的には)テレビ版のデヴィッド・スーシェこそと改めて思うところですけれど、これまた先の旅番組で、スーシェはポワロの小股のちょこちょこした歩きを表現するために、お尻にコインを挟んで演技したという話が紹介されて、そこまでやってたんだあねとも思ったものでありますよ。

 

余談ながら、ロンドンの劇場で超々ロングラン公演を続けるクリスティーの戯曲『ねずみとり』のこと。1952年初演といいますから、すでに70年余り続いている芝居ですけれど、それほどに人気であるならば当然に映画化されてもよさそうですなあ。他の戯曲、例えば『検察側の証人』などはとっくに映画になっているわけで。ところが『ねずみとり』の方は(これまた先の旅番組の紹介ですが)劇場公演が完全に終わって半年を経ないと映画化できないことになっているのであるそうな。どこかしらの映画会社が映画化権をもっておりましょうけれど、ひたすらに待ちぼうけを食わされて早70年…なのでしょうかね。果たして、生きているうちに映画『ねずみとり』を見ることができましょうか、どうでしょうか…。