愛知県瀬戸市の街歩き。最初の立ち寄りスポットは窯垣の小径資料館でありますよ。「元本業焼の窯元であった寺田兼之丞家住宅をほぼそのまま生かす形で平成7年に改修したもの」(瀬戸市歴史文化基本構想を活用した観光拠点形成のための協議会HP)という建物は、一見したところ、古びたどちらかのお宅といったふうでもあろうかと。

 

 

「入っていいの?」とも思うところながら、取り敢えず中へ。おもての扉を開きますと、資料館らしくガラスのショーケースがありますので、ひと安心ですな(外には看板が出ていたので、何も問題は無いはずながら、ついつい…)。

 

 

ともあれ、展示を見て行こうと思いますが、解説パネルにはまず「瀬戸のやきもののあゆみ」が紹介されていますので、これを振り返っておくといたしましょう。

瀬戸のやきもの生産の歴史は、平安時代にまでさかのぼることができます。鎌倉時代には、陶祖加藤四郎左衛門景正(通称藤四郎)が、中国で陶器生産技術を学び、技術を確固たるものにしました。
そして、江戸時代の後期である19世紀初頭には、磁器の生産が始まり、この生産は、磁祖加藤民吉が九州で磁器の生産方法を習得することによって、本格化していきます。以後、旧来の陶器を「本業焼」、磁器を「新製焼」と区別して呼ぶようになりました。
瀬戸はこのあゆみの中で、「せともの」がやきものの代名詞になるほど、日本のやきもの産地の中心地となったのです。

 

というところで、展示ケースに並ぶのは瀬戸・洞町地区(この資料館があるあたり)で作られていたやきものの中でもベストセラーとなったという「石皿」、「馬の目皿」、「行燈皿」、「本業タイル」の数々であるようで。

 

 

  • 石皿(展示ケースの下段)
    煮物を盛るときなどに使用された食器で、…特徴は厚手の皿の縁が折れ曲がっていること、皿の見込みに、呉須(コバルト顔料)と鬼板(鉄顔料)の2色で絵が描かれていることです。
  • 馬の目皿(展示ケースの中段)
    皿の内面に鉄で渦巻き模様が描かれ…この模様が「馬の目」のように見えるので、この名がついたと言われています。…柳宗悦らの民藝運動では、石皿とともに、瀬戸を代表する民芸の逸品として絶賛を浴びています。
  • 行燈皿(展示ケースの上段)
    行燈の台の上に置き、その燈火から落ちる油を受けて、行燈を汚さないようにするための皿で、…鉄で絵が描かれたものが多く、その絵は行燈の燈火でほのかに照らし出されるため、落ち着いた絵が主流となっています。

「馬の目皿」はデザインありきのネーミングながら皿としては汎用性の高い食器でしょうか。ほかに煮物用、行燈の油受け用とは、実用ベースでさまざまなニーズに応えるやきもの作りがあったものだと改めて。今ならば、100円ショップに行って「あんなものもある、こんなものもある」と使途が細かく分かれた製品があるのに驚くようなことと似ている。ただし、現在はおよそプラスチック製品ですけれどね…。

 

 

と、こちらがもうひとつのベストセラー商品、「本業タイル」でありますね。

瀬戸では、江戸時代前期からタイル状の敷瓦というものが作られていました。そして、明治時代に入り、和洋折衷建築や洋風建築が盛んに建築されるようになると、タイルの需要が大きく伸びていきました。そこで、転写技術の進歩により白地に鮮やかなコバルトで絵を描いたタイルが大量に作られ始めます。これが日本のタイルの始まりです。

そもそもの本業敷瓦と言えるものは展示ケースの左下に見える大きな一枚でして、その後のタイルと印象が違うのは「白くない」からでしょうか。主に禅寺の僧堂などに、文字通り敷くものとして使われたということですから、華やいだものよりも渋い意匠が求めれてもいたのでしょうかね。

 

ところで、岐阜県多治見市の笠原地区でもタイル作りが盛んでモザイクタイルミュージアムという施設まであったわけですが、こちらにはモザイク画に使われるような小さなタイルはあまり生産されなかったのでしょうか。先に見た、この資料館の「目玉」のひとつという浴室でも、壁や床は確かにタイル張り(それも細かなものではない)でしたけれど、浴槽が木製でしたな。モザイクタイルだったら浴槽までもタイル張りだったする?とも思えたもので。

 

 

 

資料館の建物自体は古風ですので、ガラスの展示ケースがむしろ異彩を放っているところでもありますが、それ以外の部分はかつて陶工の屋敷だっただけにそれらしく、さりげなくやきもの作りの道具などが置かれてありましたですよ。

 

 

裏手に廻ると別棟が建っておりまして、こちらの畳敷きには入り込んで差支えないようす。洞町地区のやきもの作りを陶工が語るビデオを、のんびり座り込んで見て来た次第でありますよ。

 

 

ひととき、落ち着いてしまいましたなあ。その間に一度、海外からの観光客と思しき人たちがちらり覗いて過ぎていきましたが、こんなところまで(失礼…)もやってくるのでありますか…。