長崎で今回の泊りは新地中華街に至近なホテルであったものですから、最初の散策はやはり中華街ということに。ずいぶんと前にも一度立ち寄っているはずなんですが、どうにも印象に残っておりませんでしたのでね。東京人にとって「中華街」と言えば横浜をイメージするわけで、同様にと言いますか、横浜以上に中国との貿易で長い歴史のある長崎となれば、それなりの規模と思ってもいたのですな。これは中華街の入り口のひとつ、北門でして、まずはここから潜入を。

 

 

このときは午後のひとときでありまして、先にも触れましたとおりに現地の人ふうのマスク着用おじさんが通りすがり、修学旅行の高校生らがちらほらと。何やら寂しげですけれど、実は規模の方もさほどではなかったことにびっくりしたのですなあ。東西南北に門を構えた、ほぼ正方形の一角ですけれど、一辺が250mほどですので、すぐに突き抜けてしまうという。さほどでもない広さはともかくも、人出の方は平日の午後だからであらんかと思ったり。昼めしどき、晩飯どきにはも少し雰囲気が変わるのかなとも。

 

で、この午後の潜入は晩飯までのつなぎに、どうやら長崎名物らしい「蝦多士(ハトシ)」を調達に出かけたような次第。正方形の中華街の中央、東西の道と南北の道がクロスする地点にあった、看板の賑々しさが中国っぽいこちらのお店(店頭に「ハトシ」と貼り紙がありますし)に立ち寄ったところ、温める(オーダーしてから揚げる?)ので「10分、待って」とのことでありましたよ。

 

 

で、待ち時間をやり過ごし、手に入れた「ハトシ」と(それだけではなんですので)ついでの中華ちまきをホテルに戻って食したわけですね。「ハトシ」というのは漢字名に「蝦」の字があるように、エビのすり身を挟んで揚げたパンのようですな。ロール状に巻いたバージョンもあるようですが、こちらのお店のものはいかにもパン。ま、おやつ程度のものですけれど、なかなかおいしくいただきました。

 

 

と、時間を置いて改めて、晩飯どきにまた中華街へと。暮れてきますと折しも中秋節のランタンが点って、ひと通りもそれなりに(でも、少ないような)。なお、中秋節は滞在中に終わりを告げたのか、やがて撤去されてなおのこと寂しい雰囲気に…となるのは後のことですが。

 

 

ともあれ、こちらのいかにもな店構え(まあ、他の店もみな「いかにも」ですが…)の龍勝楼というお店でもって、中秋節限定メニューと謳ったセット・メニューを食したのですな。名物のちゃんぽん、皿うどんは別の機会に昼めしで食すとして。

 

 

このときのセット・メニューは酢豚、春巻、麻婆豆腐など町中華さながらでしたので、敢えて写真もありませんが、もちろんこれもおいしくいただきました。が、長崎のうまいものリストで必ず挙がるのがちゃんぽんであり、皿うどんであり、「る〇ぶ」とか「まっ〇る」とか、旅行ガイドブックの類には必ずこれの紹介があるものの、中華街でいわゆる中国料理を食すにはどこがおいしいかといった記載はおよそないのですな。

 

したがって、長崎の中華街はともするとちゃんぽんか皿うどんを食べにくる場所としてしか考えられていないのかもしれません。夕刻になってもそこそこの人出にしかならないのは、そのあたりにも由縁ありなのかなと思ったり。ちゃんぽんにしても皿うどんにしても、晩飯というよりは昼めしに合いそうなきがしますしね。

 

とまあ、そんな印象の長崎中華街ですけれど、これまでのコロナ禍がどれほどに影響があったのか、たぶん無いはずもないでしょうけれど、店舗数としては縮小の一途にあるのではないでしょうかね…。

 

 

街角で見かけたエリア・マップでは空白と化した区画が結構ありますし、実見したところでも西門から出て見ると右側には駐車場、左側は仮囲いされた大きな更地が広がっており…。

 

 

昨年訪ねた函館の朝市エリアでも建ち並ぶ店々の中には廃業したらしく歯抜けのようになっていたところがありましたけれど、どうも長崎中華街の方が事態は深刻のようにも思えたものです。またいつ行くとも知れぬ長崎ではありますが、何年かして訪ねて見たらすっかり再開発されていた…なんつうことがあったりするかもしれませんなあ。何せ、ひとつ川を隔てた隣町にある今回の宿泊先は、隣町とはいえ、ちいさな区画だった建物を合わせて大きくとったと思しき場所に建っておりますしねえ。ま、宿泊客として言えた義理ではないかもしれませんですが…。