東京・国立市にも昔は映画館があったと、長く住まっている方に聞いたことがありまして。かつては町々に名画座も含めて映画館の一軒や二軒は必ずといいほどあったわけですが、映画が斜陽化すると相次いで閉館していき、国立市の映画館も耐えて久しい状態であったような。
ところが、近年気付いてみれば「くにたち映画館」なる施設がけれど、誕生していたのですなあ。月一回程度の不定期上映?のようですので、昔(の「ぴあ」や「シティロード」の映画上映情報)でいえば「自主上映」といったところかもしれませんけれどね。ともあれ、予て見たいと思っておりましたドキュメンタリー映画『オレの記念日』が上映されると知り、出かけてみた次第です。
まあ、予想通りといいましょうか、「くにたち映画館」という名乗りではあるものの、大きなお宅の大きなリビングをサロン的に利用して映画上映を行う形であったという。それだけに、座席なども種々雑多な椅子をかき集めてきたかのような、あたかもUPLINK渋谷のようでありましたよ(といって、UPLINK渋谷で映画を見てからかなり経ちますので、設えが変わっているかもですが…)。
ところでこのドキュメンタリー映画ですけれど、『獄友』など冤罪被害者の関係に取材したものを手掛けたりもしている監督の作品でして、今回の主人公は布川事件の犯人(の一人)として無期懲役の判決を受け、20歳から29年間を獄中で過ごしたという桜井昌司さん。潔白を訴えつつ、2009年にようやく始った再審の結果、無罪判決を得ていましたが、つい先ごろ、8月23日に亡くなられたとはこの映画がはなむけになってしまったかのようで…。
桜井さんという方は、前作たる『獄友』に出て来た冤罪被害者のひとりですけれど、それを見たときに他の誰よりも明るく振舞っていたことがとても印象的だったのですなあ。何しろ冤罪でもって29年間の獄中生活を送らざるを得なかったわけですから、見た目の印象をどれほど信じていいのか、そこは敢えて見せない部分が当然にあろうことは想像に難くないところながら、それでも「獄中生活はまともな人間になるための修行だった」てなことを言ってのけてしまうのですなあ。
でも、まともな人間…って、強盗殺人が問われた布川事件では無罪だったのでしょうと思うわけですが、20歳の頃の桜井さん、若気の至りとでもいいましょうか、窃盗くらいは何のこともないと思っているようなチンピラであったようす。だからといって無期懲役、結果的にも29年間の獄中生活は勘定が合わないことにもなりましょうが、ここでかような冤罪にでも遭遇しなければ、一生をチンピラで送ったかも…とも思っていたのではないでしょうか。
しかし、無実の罪で無期懲役とは正に降ってわいた災難ですけれど、その境遇をその時点で嘆いても仕方がないと思い切り、獄中であろうと日々前向き過ごしてこられた(もちろん、そのように努めたということでしょうけれど、そういうふうにはおくびにも出さず)のがこの人のすごいところですねえ。諦めきっているわけではありませんので、再審請求の声は挙げ続けるにもせよ。
結果として、再審無罪となるに至るわけですけれど、その後は同様に冤罪として無罪を叫び、再審請求する人たちの支援、そして冤罪を生んでしまう警察、司法のありようを変えなくては、と声を挙げ続くけてきたという。将棋仲間となっていた袴田事件の袴田巌さんの審理がまたまた長引きそうな気配を見せる中、桜井さんにとっては道半ばで癌に倒れたことは痛恨の極みでもありましょう。ただ、ご本人は自らの人生を振り返って(当然にいろいろと言いたいことはありましょうけれど)ある種の清々しさを感じていたかもしれません。
映画のタイトルになっている「オレの記念日」というのは、獄中で書いた数々の詩作にある言葉ということで。獄中にあって(また、釈放後の続編も含めて)悲喜こもごもの出来事をして、それぞれに自らの記念日としている生き方。漫然と日々を送っていてはなんとなく過ぎてしまう毎日ながら、一日一日をありがたく生きているとこうした思いに至るのかもしれませんですね。合掌。