信州・諏訪湖の周辺にはたくさんの美術館がありますけれど、湖近くで訪ねたことがあるのはハーモ美術館くらいでしたか。ですので、高ボッチ高原で眺望を楽しんだ帰りにひとつ、立ち寄ってみることに。JRの駅に近いところは別の機会として、今回は車利用ならではで公共交通機関では出かけにくそうな諏訪市原田泰治美術館を覗いたのでありました。まさに諏訪湖のほとりに建てられておりますな。

 

 

それにしても、昨2022年3月に亡くなっていたのですなあ、原田泰治は。だもんで、開催中の企画展は「追悼展 原田泰治の世界 鳥の目・虫の目日本の旅」というものでありましたよ。「氏の画業の中でも印象深く、開館1周年記念として開催された[朝日新聞日曜版連載「原田泰治の世界」全作品展 鳥の目・虫の目 日本の旅]を復刻展示」するとして、「2年半にわたって連載された全127点の作品」を一挙紹介しているのであると。

 

 

個人的には1982年~1984年の新聞連載時、リアルタイムで目にしていたものですから、原田作品といえば後も先も無く、この朝日の日曜版に尽きてしまうのですな。日本各地の農山村で見られるさりげない風景を切り取って、当時も惹かれ感はあったものの、見る側として若く、勝手に懐古趣味的なあざとさを想像してしまったりもしていたのでありますよ。どうやら…も何も当の原田自身にはそんなあざとさはかけらもなかったのでしょうけれどね。

 

諏訪に生まれるも、幼少期を伊那谷の山村で過ごした原田は、傾斜地の上から下を見下ろす視線で景色を見ることを通じて、展覧会タイトルにもある「鳥の目」目線が養われたとか。言われてみれば「なるほど」なのは、確かに多くの作品が俯瞰で描かれていると、今さらながらに。

 

一方、「虫の目」の方は細密な観察眼といいましょうか、このことも今回改めて気付かされたところです。かつて新聞固有の紙質に印刷された作品を見ていたわけですが、今回展示されている原画をつぶさに見てみれば、非常に画面がクリアであって、しかも細かいところまで描き込みがなされていたのですなあ。

 

ただ、細かい描き込みがある一方で、作品の特徴としては登場する人物たちに表情が無い、というよりのっぺらぼうで描かれているのですよね。この点も、連載当時に見ていて「なんだかなあ…」と思っていたものの、見る側に想像の余白を残しておくというのが意図であるようで。月並みな言い方になりますが、日本の原風景的な画面を提示して「どうだ!」と作品の出来を誇るよりも、作品が見る人それぞれの思いを膨らませる余地こそが大事と考えていたのでしょうか。作品はそのトリガーであればよいと。

 

そうした点を関わるかどうかですが、全127 点の作品では日本全国47都道府県を漏らさず取り上げているのであるそうな。点数でいえば、地元だけに長野県が最も多いところながら、東京都さえも取り上げていたとは。これが表参道であるのは、辛うじて並木道に自然を見出し得るということでもありますかね。ともあれ、「懐かしい」と感じる風景が決め打ちで農山村とばかりも言えないでしょうし。

 

ということで、若い頃に見て惹かれる気持ちもありながら斜に構えて、懐古趣味的あることに「けっ!」という捻じれ感のあった原田作品に、何十年ぶりかで邂逅し、些か印象を改めることにはなりましたですよ。まあ、見る側として大人になったというべきか、歳をとったというべきか…(笑)。