先ごろ町田市立国際版画美術館を訪ねた…というお話をもう少し。ミニ企画展「パリのモダン・ライフ」とは別室で、新収蔵作品展が開催されていたものでして(こちらの方で撮った写真のデータは不具合の網にかからず、復元するまでもなく生き残っていたものですから…)。

 

 

ともあれ、あちらこちらの美術館やら博物館やらで新収蔵作品を紹介する展覧会は折々に開催されますけれど、これって結構大変なことでしょうなあ。なにが?って、新しい作品を次々と受け入れるということはそのバックヤードはいくらあっても足りないであろうと思ったり。また、新たな所蔵品には寄贈や寄託もあろうものの、ほとんどは購入するのでしょうからねえ。資金的なところもまた大変。時折、有名作家の作品を何億円もの金額で入手することが物議を醸したりするわけで。

 

古い所では東京都立現代美術館(MOT)が1995年に6億円で購入したリキテンスタインの作品ですとか、最近では鳥取の美術館が3億円で手に入れたウォーホル作品ですとか。いわゆる「炎上ネタ」になったりしてますですが、リキテンスタインの方は別作品がその後、2015年のオークションで100億円を超える落札価格が付いたりしていることから、もしもMOT所蔵作も同様に100憶ほどの市場価値が見込まれる…てな話もあるようで。こうなると、投資という以上に投機的な話になってしまいますけれど、やがては鳥取の含み資産も大きくなるかもしれませんですねえ。

 

ま、町田の方では草間彌生作品あたりにそれなりの購入資金が必要だったと思います(ちなみに町田にもリキテンスタイン作品は1点、所蔵されているそうな

)が、押しなべて身の丈にあった?コレクションでもあるような。こんな可愛らしい作品があったりもしましてね。

 

 

 

「大津絵」の題材を描いて大津絵佛心と言われた江戸後期の画家・石井佛心の作品2点でして、ここでも「大津絵」によくある画題を扱ったものとなっています。上は「雷と太鼓」、下は「瓢箪鯰」ですけれど、大津絵そのものではヘタウマの元祖のような、素人絵らしき素朴さが魅力なのでしょうけれど、佛心は谷文晁の孫弟子として絵の修業をした人らしい画になっていようかと。その上で漂う素朴さに魅せられたものでありますよ。

 

今回の新収蔵作品展は「2021年度から2022年度にかけて新たに収蔵された216点のなかから、約100点の作品と資料をご紹介」ということで、もちろん石井佛心作品以外にも見るべきものはたくさんありましたですが、その中で取り分け目を止めたもののひとつが和田誠作品でありましたよ。上のポスターにも和田誠のエッチング作品(『マザー・グース』のシリーズより「ハンプティ・ダンプティ」)が使われておりますな。

 

まあ、これに目を止めたのは偏に個人的な思いからですけれど、中学生になって外国映画にどっぷりはまった頃、手に取ったのが和田誠の『お楽しみはこれからだ』でして、映画の名場面と名セリフの数々に魅了されてしまったのですなあ。DVDもVODも無い時代、紹介されている映画を見られる機会は果たして訪れることがあろうや…と悲観視しつつも、『シティロード』や『ぴあ』に掲載される名画座の上映情報を食い入るように見ていたものです(遠い目、笑)。

と、そんな具合ですので和田誠のエッチング作品ではどうしても『二人のシネマ』なるシリーズをじっくりと。この「ハリウッド1」というタイトルの一枚には4本の映画ポスターで構成されていますけれど、右下にあるのがフランク・キャプラ監督の『或る夜の出来事』、面白い映画でしたよねえ。

古い古い作品ながらもチャップリンの映画の方はお馴染みかも。ですが、似顔絵としてチャップリンはどうも…(笑)。

 

ところで、展示点数では一番多かったかも…というのが黒崎彰の作品だったでしょうか。寡聞にして存じ上げない作家ではありましたけれど、個人的には食い付きの良いところがありまして。古来、名所絵としてたくさん描かれてきた「近江八景」を材にして、その描きように目が離せないといいましょうか。

 

 

タイトルに「瀬田の夕照」とありますから瀬田の唐橋を描いているわけですが、「なんか、すげえことになってんなあ」と。ロシアン・アバンギャルドかとも。また、「三井の晩鐘」、「矢橋の帰帆」はそれぞれこんなふうになっており…。

 

 

 

三井寺の晩鐘といって、お寺の鐘そのものにクローズアップするとは意表を突いておりますね。金物が大きく描かれるさまはカッサンドルの手になる蒸気機関車か?とも。一方で「矢橋の帰帆」で帰ってくる船はもはや帆船ではなくして、ミュージカル映画『ショウボート』に出てくるような外輪船。でまた、その外輪がとてつもなく高速回転しているように見えるではありませんか。

 

古来ある題材を新機軸で描くとはたくさんの作例があることでしょうけれど、「近江八景」を扱って、ことほどかほどに自由な発想で展開されたシリーズはおよそ見たことがない。作者としては至って真面目に(?)作者なりのイメージを絵にしたのでしょうけれど、見る側にはこれほど面白いものも珍しいなと思ってしまったのでありますよ。

 

この「近江八景」のシリーズは、本当のところ、全てを紹介したいほどでして、これに続く『万葉シリーズ』(万葉集の古歌の一首ごと、想像を膨らませて絵にしたもの)もまた。ですが長くなってしまいましたので、このへんで。個人的には寡聞にして存じ上げない作家とは申しましたですが、全国各地の美術館でコレクションに入っているらしい黒崎作品、ぜひ気に掛けてご覧いただくことに譲るといたしましょうかね。