大阪・高槻に出かけて、学術的には継体天皇陵としされている今城塚古墳には当初より立ち寄るつもりでしたけれど、宮内庁では「こちらが継体天皇陵である」としている太田茶臼山古墳の方には「どうしようかなあ…」と思っていたのですよね。折しもあまり天気が良くないこともあり、阪急高槻市駅の駐輪場からレンタサイクルを借り受けて走り回る中、雨に降られたら…と懸念の故ではありますが、せっかくここまで来たのだからと意を決して。今城塚古墳からは3kmくらいですので自転車なれば楽勝!なのですが、その分高槻市の駅まで戻るのが遠くなるものの、取り敢えず。
ところで、この日の朝にレンタサイクルを借り受ける際、駐輪場のおじさんが「こういうシステムになっていますよ」という説明をしたくれたのですけれど、説明の大半は弁償などのお話で。これこれの場合には自己負担で弁償になります…てな例が次々に出てきて、お金絡みのことはきっちりさせておらんとならんというのが(こういうってはなんですが)「ああ、大阪に来ておるのだなあ」と思ったりしたものでありました。
と、余談はともあれ、未だスマホを持たない身としては予めグー〇ルマップで検索した経路図をプリントして持って行っておりましたですが、これを頼りに自転車を走らせていったところ、どうにも太田茶臼山古墳にたどり着けないのですなあ。今ほどの性能でなかった時代の?カーナビのように「目的地周辺です。案内を終わります。以上!」てな感じで、確かにこの住宅街の裏の、こんもりした木立が古墳なのであろうとは伺い知れるところながら、いっかな古墳自体には近づけなかったのでして。
結局のところ、こんもり木立のあたりをたっぷり半周以上遠巻きに回り込んで、「西国街道」との看板を見かけたときには「もはやこのまま高槻に帰るか」とも(ちなみに太田茶臼山古墳の所在地は茨木市になります)。ではありますが、西国街道の車道には自動車がばんばん通っている一方、歩道の方はたまたま近所の小学生の下校時にあたってしまい、歩道一杯に子供たちが無軌道に広がっていて自転車は至って走りにくい。これが結果的には古墳にたどり着く背中を押したような次第でありましたよ。
混み合う西国街道から住宅街に折れて、うろうろすることしばし。まず目にとまったのが太田神社というところでして、この奥に進めば古墳にたどり着くのかと鳥居をくぐりかけたところで、「!?」と。目の前をスズメバチがゆうゆうと飛行しておるのですなあ。
「君子危うきに近寄らず」とばかり立ち去ったものの、神社周辺には古墳にまつわる案内が一切無かったことを思い返して、近辺の住宅街をもうひとうろうろ。ほどなくして茨木市立太田公民館の前に「太田茶臼山古墳(継体天皇陵)」という解説板を見かけたときには」「おお、到着?!」と色めきたったのも我ながら無理からぬ話かと。
ともあれ、古墳の地元である茨木市としてははっきりと「継体天皇陵」ですよと言うのだなあと思ったりしたですが、解説の中には学術調査の結果を踏まえてこのようにありました。
この古墳は「継体天皇三島藍野陵」とも呼ばれ、宮内庁による第26代継体天皇陵とされています。しかし、『日本書紀』によると、継体天皇の没年は西暦531年(6世紀)とされ、古墳の築造年代とは異なるものです。
太田茶臼山古墳の築造は5世紀半ばと言われていますので、継体天皇の生前から準備したにしても年代が合わない。さすがにそれを無視した説明は無理でしょうなあ。で、「この古墳は…」と説明しながら、公民館脇から覗き見る古墳は濠の部分が少々で…。
ここまで近づいたからには立ち去ることは忘れて濠沿いに進みますと、「おお、ついに!」と。ようやっと宮内庁の言う「継体天皇三嶋藍野陵」に到着と相成りました。後付けですけれど、予めグー〇ルマップで検索する際に「継体天皇 三嶋藍野陵 拝所」てな文言で探しておけばよかったのですなあ。
遥か昔の…とはいえ、天皇陵と宮内庁が考えているだけに「みだりに域内に立ち入らぬこと」とは、ふらりと墳丘に登れる今城塚古墳とはずいぶんな違いでありますよね。あたかも神域に立ち入る風情が醸し出されてもいるわけで。
玉砂利の敷き詰められた参道(?)を、奥に見える白い鳥居の方へと歩を進めますと、きれいに砂利をならしているおじさんがいましたけれど、宮内庁の関係者なのか、はたまた畏敬の念をもって自発的に奉仕されている方であるのか…。この方にとって「継体天皇陵は今城塚古墳ですよ」と言われていることに、どんな思いを抱いておられましょうかねえ…。
ともあれ、太田茶臼山古墳はこの拝所から遥拝する以上に近寄るすべは全くないわけでありますね。今城塚古墳との違いをまた改めて思うところですけれど、墳丘に登る、あるいは外周の濠のあたりを散策する、こうしたことが古代への思いが身近になるような気もしますなあ。囲い込んで厳かさを演出するのは、反って立ち寄る人を少なくして、今の世と隔絶させることになってしまっているのでは…てなことを考えたりもしましたですよ。何か違うんじゃあなかろうかと。