「さて、今日も何を書きますか…」とアメブロを開いた折、ついうっかり「今日のラッキーカラーは?」てなものをクリックしてしまいました。日頃から「今日の占い」みたいなのが苦手でして、見てしまうと妙に気になったりするものですから「君子、危うきに近寄らず」、敢えて見ないようにしている次第ですので、全くもってうっかりです。ともあれ、結果として出てきた色は?といえば、なんとまあ、「ロイヤルパープル」だということで。

 

ロイヤルパープル

 

 

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つい先日、邪馬台国の話で「帝王のムラサキ」なんつうことに触れたばかりでしたので、ずいぶんと大層な色が選び出されたものであるな…と思ったものでありまして、平安朝でも紫は高貴な(人の着用する)色であったでしょうから。うろ覚えを確かめてみますと、さる解説によれば官位で一位が深い紫色、二位が浅い紫色と出てきましたですよ。

 

それが我が身に適う色であるかはともかくも、そんなところから思い出したのはやはりつい先日の新聞記事です。8月は先の戦争に絡む話が多くなるわけですけれど、そんな記事の中に米軍の日系人部隊のことがあったのですね。

 

以前見たドキュメンタリー映画「442」(日系人部隊の部隊番号)では主に欧州戦線でのようすなどが回顧されていたですが、太平洋戦線にも投入された人たちがいたのでして、そこでは直接に日本兵と鉢合わせをすることも当然に起こったのですなあ。その際、見た目は日本人が米軍の戦闘服を着て敵方に回っているのを見た日本兵が「貴様!日本人ではないのか!」てな言葉を投げかけたりも。そこで、とある日系米兵が応えて曰く、「忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず」と返したのであるとか。これには相対した日本兵が威儀を正して敬意を表したということなのですね。

 

いずれも教養深い人たちだったのでしょうか。これが平重盛の言葉と知っての応答でしょうから…と、ここでようやく平重盛が正二位内大臣を務めたところから先の紫色の話に繋がったわけですけれど、今の世の中で「忠」と「孝」の間で板挟みになるてな状況はあまり無いようにも思うところでして、実に実に卑近な話になってしまいますが、「孝」と「私」の間でうまくバランスを取らねばなあ…などとは思ったりも。

 

予て老齢の両親と離れて(といっても、東京の西と東くらいの距離ではありますが)暮らしておりますと、両親は両親で適当にやっているからとほったらかしになるわけですが、さすが老齢も老齢の段階に入りますと、いろいろと不具合が生じるわけで、このところは父親、母親ともどもに通院に付き合ったり、家の粗大ゴミ出しに出向いたりということがあるのですなあ。予定されていることもあれば、まさに不意打ちをくらうこともまた。

 

そんなとき、元よりさほどに孝心ある方ではありませんので、「面倒であるなあ」と思うこともしばしなわけです。昨日も父親を病院に連れて行って、まあ、安定している状態での定期的な様子見だからでもありましょうけれど、とんだ手間であるなとも。さりながら、待合室で待っているときにふと思い至ったのは、自分が小さな子どもであった頃に病気にかかったりケガをしたときに、父親であるか母親であるかはともかくも、さんざん病院に連れてきてもらったのだったっけと。「孝心」などという偉そうなことを言うでなく、そんな子供の時のこととの、いわばバーターでもあるのかなと思ったりもしたわけです。

 

その程度のことに今さら思い至ること自体、孝心を欠いた証左でありましょうけれど…と、結局のところロイヤルパープルとは全く関わりのないお話ではありました。