久しぶりに東京・京橋にある国立映画アーカイブを訪ねてみたのですね。久しぶりといっても、以前訪ねたときにはまだ東京国立近代美術館フィルムセンターという名称の施設でしたので、国立映画アーカイブとなってからはお初ということになりますな。とまれ「日本の映画館」という、映画上映の施設に焦点を当てた企画展が開催中だったものでして。
まずもって、日本で最初に映画(当時は活動写真、つまり動く写真ですな)の上映が行われたのは明治30年(1897年)のことであったそうな。エジソン社のヴァイタスコープ(ただし、エジソンが発明したものではないと)が使われて、単発的な貸館上映だったということですけれど、この後、常設の映画館として電気館が誕生するのは1903年のこと。場所はやはりというべきか浅草六区ということですなあ。
明治になって1884年までに浅草寺の境内が区画整理されて七つの街区になる中、六区には「浅草寺裏手の奥山から見世物小屋が移転して歓楽街が形成され」たということで、活動写真を最新の見世物と考えれば、人を呼び込める素地が浅草六区にはあったということでしょう。やがて映画の街となっていくのですな。
かつての見世物小屋、芝居小屋とは違って、欧米由来のしゃれた見世物である映画(活動写真)を見せるには建物も西洋風にということでしょうか、街並みはすっかい欧米風。ですが、ファサードを取り繕った張りぼてっぽさもあったように見えましたが…。ちなみに当時公開された映画のタイトル、すごいですねえ。
ところで、映画館の中も今とはようすがずいぶんと違いますですね。時代はすでに大正なるも、館内のようすの一例はこんな写真で見てとれます。
下手袖に演壇を設けた弁士(いわゆるカツベンですね)の席があり、中央には大きくオーケストラ・ピットが設けてあります。ちなみにこれは新宿武蔵野館の写真だそうで、その頃の武蔵野館は何とも立派な建物だったのですなあ。ヨーロッパの伝統的なオペラハウスのように左右両サイドにバルコニーがありますけれど、ここから映画はさぞ見えにくいのでは。そもそもオペラ自体も見えにくい席ですけれど、元来オペラを見に来るだけが目的ではない人たちの席ですものねえ。
とまれ、この新宿武蔵野館あたりは独立的な興行主が作ったものですけれど、日本では映画の製作会社が系列館を整備して、もっぱら自社の映画を届ける手法が採用されましたですね。地方都市では地場の独立系映画館でできるも、結局のところ系列化に従わなくては思うように作品供給がなされない…ということにもなったようで、この辺を展示解説ではこのように。
日本では、映画産業の本質である《製作・配給・興行》という構造を大手の映画会社が垂直的に統括したが、このシステムを「ブロック・ブッキング」といい、《地名+映画会社名》の名を持つ多くの館が、シネコンの普及する1990年代まで温存された。しかし、例えばアメリカでは独占禁止の観点から「ブロック・ブッキング」は認められず、映画館が自由に上映作品を選べる「フリー・ブッキング」が原則となっている。
確かに選択の自由が保障されない系列化はあったと思いますけれど、一方で映画館そのものはそれぞれに個性的でもあったような。上の写真はまだまだ開業仕立ての頃でしょうか、東京・京橋にあってシネラマの上映もできる大スクリーンで知られたテアトル東京(興行主体としては独立系ながら、東宝との関わりが強かったですな)。この頃は、映画館に行くことが大劇場に行くといったハレのお出かけ的感覚もあったろうかと思うところです。
ただ、製作会社主体の系列映画館ではどこでも同じ作品が見られるとして、映画館では立ち見が出る(当時はぎっしりと立ち見が詰め込まれることが許容されていた)人気作もありましたから、たくさんの映画館で同じ作品を上映することにも意味はありましたけれど、いかんせん見られる映画はほんの限られた範囲にとどまってもいたわけです。
そこで登場するのが、今でいうミニシアターでしょうかね。まもなく閉館となってしまう岩波ホールなどもそのひとつなわけで、大手映画会社の系列館ではおよそ上映されないような作品にめぐり逢うことのできる場所でありました。一方で、ロードショー公開が一端終了したあと、二本立て、三本立てのプログラムにも妙味を加えて、しかも安く上映してくれる名画座の存在も。なにやら書いていて、とても懐かしくなってきますですねえ(笑)。
そんなことを言いつつ、個人的には自らも映画を映画館に行くのではない方法で見ることがすっかり多くなっているのですね。こういってはなんですけれど、出かけなくてもしばらくすれば、TVなりVODなり見られるから…ということもないではないですが、それ以上にそもそも「映画館でこそ見たい」と思わせる作品が減ったとも言えましょうか。映画館の大スクリーンに期待するのは、何も派手なアクションや爆裂する音響だけではないはずで、はっきりこうだとは言えないものの…。なんだか映画館で映画を見た時代そのものが、すでに懐かしさに包まれて振り返る過去になってしまっておりますなあ。感覚はひとそれぞれではありましょうけれど。