先に古いアメリカのミュージカル映画『踊る大紐育』を見て、水兵が主人公であったかと気付かされたわけですが、「それならこれも?」と思い至ったのが、『錨を上げて』という一本でありますよ。長らく(といってもすでに遥か昔の話ですが)吹奏楽をやってきた者にとって、「錨を上げて」とはむしろ行進曲の代名詞のひとつなわけで、取り分け中学の頃には運動会等で何度も何度も演奏しましたなあ。メインのメロディーとともに今でもパート譜が浮かんできたりしてしまいますなあ。

 

という余談はともかく、行進曲「錨を上げて」は20世紀初頭、海軍用に軍楽隊向けに書かれ、とっつきやすいメロディーで親しまれていったのでありましょう。やっぱり(『踊る大紐育』同様に)水兵を登場人物とする映画を作ろうという際には、すぐさま海軍が思い浮かんでくる、わかりやすいタイトルとして映画『錨を上げて』に使われたのでもあろうかと。

 

 

ともあれ映画の方ですけれど、これまたタイトルに聞き覚えはあるものの、およそ内容お予備知識が無い状態でしたので、「あらら、またジーン・ケリーとフランク・シナトラではないかいね?!」と。さりながら「また」というその実、『踊る大紐育』が1949年作品であるのに対して、こちらは1945年作品となれば、二人が水兵を演じるミュージカル映画としては、こちらの方が先であったのですなあ。そう考えると、何やら『踊る大紐育』が二番煎じにも見えてきてしまうところです。

 

話の始まりは、殊勲により勲章を受けたジョー(ジーン・ケリー))とクラレンス(フランク・シナトラ)の二人が4日間の休暇を与えられて町へ繰り出すところからして似ているではありませんか。ただ、こちらは寄港地がサンディエゴなのでしょうか、繰り出す先はハリウッドになっておりましたな。知り合うのが女優志願のスージーというのも、ハリウッドならではかと。

 

で、スージーに一目惚れと、まずクラレンスがジョーに打ち明け、ジョーはこれを後押しする立場となりますが、実際のところ、スージーに本気なのはジョーの方で…とまあ、よくある形で、展開も予想どおりですけれど、あっけらかんとしたジョー、引っ込み思案のクラレンスの掛け合いは分かっていてもついにんまりというところでしょうか。

 

また、映画としての工夫という点では、むしろスタジオ撮影の妙味を尽くしたところにあるのかも。ここでは実写とアニメの融合が行われておりまして、ジーン・ケリーが『トムとジェリー』のねずみのジェリーと共にダンスを展開するのが何とも見事なのですよね。『メリー・ポピンズ』のディック・ヴァン・ダイク&ペンギンたちに先んじること20年ほど、大したもんだなあと思ってしまいましたよ。何しろぴかぴかのダンス・フロアにジェリーの踊る鏡写しが見えるのですから。

 

そんなあたりも含めて、何とも楽しいこの映画が1945年に作られて…という以上に、アメリカで公開されたのは1945年7月14日であったとは。戦争、終わってないんですけど…。『踊る大紐育』はそれでも戦後の作品でしたですが、終わらぬうち(しかも戦争終結に向けて緊迫していた時期でもあろうかと)に、こうした映画が作られ、公開されていたとは、彼我の環境の違いに愕然としたものなのでありました。

 

ところで、この映画にはホセ・イトゥルビ(映画の字幕ではイタルビと)というミュージシャンが登場し、スタジオで映画に寄せる音楽の指揮をしたり、はたまたハリウッド・ボウルのステージにたぁくさんのグランドピアノを並べて、「ハンガリー狂詩曲」のピアノ大合奏を弾き振りしたりという姿を見せておりました。上のポスターにも、右下に指揮をするイトゥルビが配されておりますな。

 

全くその名を知らなかったのですけれど、スペイン出身でクラシックの道を歩んだのち、ハリウッドで映画音楽を中心に大活躍した人なのであるとか。この映画ではわざわざイトゥルビが本人役で出ていることも話題のひとつになっているくらいなのが、その証左でもありましょうか。ともあれ、「ハンガリー狂詩曲」やイトゥルビがチャイコフスキーのピアノ協奏曲を弾くのに合わせてシナトラが歌うあたりも、見どころだったりするように思いましたですよ。

 


 

…というところで、またまた少しばかり山梨の小淵沢へと出かけてまいります。どんどんと季節が進む中、山里はどんなふうになっておりましょうか。とりあえず次にお目にかかりますのは6/11(予定)ということで、しばしお暇いたします。ではでは。