東京・立川市の国文学研究資料館に出かけて
「復興を支える地域の文化―3.11から10年」なる特別展示を見てきたのでありますよ。
普段の国文学研究資料館の展示とはいささか趣向が異なるような…と思いましたら、
大阪にある国立民族学博物館で開催したものの巡回展なのでありました。
展覧会のごあいさつには「人びとの生活復興、コミュニティの存続と再生にとっての
有形・無形の文化遺産の重要性をみつめなおす」とありますことから、
東日本大震災後、津波によって海水に浸かり泥だらけになった文化財を救い出すために行われた
「文化財レスキュー」の作業手順などが紹介されておりましたよ。
住まっていた家屋が流されてしまったような人たちの支援が進む中で
同時並行的に「文化財レスキュー」を行うのは、精神的になかなかしんどそうですな。
ヒトの面倒を見る方が先でしょうと思えたり、思われたりもするところでしょうし。
ですが、先に見た「大列車作戦」の美術品の話ではありませんが、文化財もまた唯一無二なのですよね。
難しいところです。
しかしまあ、文化財レスキューといって、海水を被ってしまったから乾かそうてなものではなくして、
ものによってではありましょうけれど、脱塩に5日間も要するような具合だそうで。
一方、泥や汚れを落とすのに、これまた程度によりましょうけれど、どこまで細かくきれいにするのか、
ひとつにそうは時間をかけていられない中ですので、予め洗浄に使用する道具を決め、キット化しておくと。
大・中・小の刷毛、大・小のブラシ、そして一本の筆、これらをまとめて洗浄キットとしておいて、
大きな刷毛で粗く払うところからだんだんと細かくしていって最後、筆でも払いきれない汚れは
当面諦めて、次にかかるという流れで行うそうな。
と、これは有形の文化財のお話ですけれど、無形の文化財についても触れておりましたなあ。
展示解説にはこのようにありました。ちと長いですが。
東日本大震災では、三陸沿岸のアイデンティティともいえる郷土芸能の再開が、復興の原動力になったという事例が数多く報告されました。また、再開された郷土芸能を観るため、多くの人びとが三陸沿岸を訪れることで、復興を支援する機運が高まりました。このような営みは、まさに復興を支える地域文化の力強さを示したものといえるでしょう。
例として岩手県下閉伊郡普代村に伝わる「鵜島神楽」と、
同じく下閉伊郡大槌町の「大槌城山虎舞」が紹介されておりまして、
前者は「…今日まで連綿と続けられてきました」とあることから伝統あるものなのでしょう。
後者の方は「1996年に町内の若者により組織され」たとありますから新しいものですが、
釜石の方から虎舞の指導を受けて、地元に根付かせようという明確な意識の下に取り組まれたものですな。
確かに解説に示されていることは間違いないところではありましょうけれど、
例に示された途絶えていない伝統の継承、そして若者が積極的に取り組むありようを見た時に、
福島のドキュメンタリー映画「春を告げる町」のことを思い出し、いささか「うむむ…」な気分にもなったものです。
三陸と福島とでどちらがどうと言うつもりはありませんけれど、
原発被害に晒されて、他の地域が急速に町の形を整えていく中で何もできない状況が続いた福島は、
おそらく他と比べて離散率が高いことでありましょう。そうしたとき、町に元気を取り戻すために
みんなに帰ってきてもらう手段として、伝統芸能の復興が地元民の中で検討されるのですね。
さりながら、ここの場合にはすでにいったん途絶えてしまった祭りを復活させようという目論見であって、
そもなぜに途絶えてしまったかと思い返してみれば、若い者に引き継ぐことができずに
年寄りばかりでは手に余るからというのが、理由だったわけです。
こうなりますと、改めて祭りを復活させようと話し合っている人たちがみな老齢になっており、
どうせ続けられないものに労力を割くのかと反対する意見は当然にして出てくるのですよね。
確かこのときの祭り再興を促したのは役場の人ではなかったかと思いますが、
大々的に祭りを復活させて人を呼び戻そうとはいかにも「外」の人が考えそうな発想で、
「内」の人にしてみれば戸惑いを隠せないと言った実体が浮かび上がるのですなあ。
仮に復活の初回にいくら役場の人が手を貸して成功したように見えたとして、
役場が手を引いたあとに継続できないとなれば、いったい伝統芸能とは何ぞということにもなろうかと。
役場の人は、お年寄りがまだ祭りを知っているうちに復活させないと永遠に無くなってしまうというのは
正しくその通りですけれど、おそらく歴史の中には同様に無くなってしまったものはたくさんあって、
無くなるには無くなる理由があったことでしょう。解説にある「地域文化の力強さ」とはうらはらの
「地域文化の脆弱さ」が知れるような気になったりも。これまた難しいものでありますなあ。
ということで論点はずれずれになったかもしれませんが、
これはこれでまた何くれとなく考える機会となった展示ではありましたですよ。