またまた結構な思い違いをしておりましたよ。
ドキュメンタリー映画「世界一美しい本を作る男」は、
そのタイトルからしててっきり今の世で彩色写本であるとか、
あるいは革装箔押しといった体の豪華一点ものをこつこつ作る職人であるかと
思ってしまったところが、そうではなくて…。
サブタイトルに「シュタイデルとの旅」とありますように、主人公はゲルハルト・シュタイデルという人、
一点ものではありませんが、こだわりの詰まった写真集などを手掛けて送り出しているのですな。
プロの写真家との打ち合わせにニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、ロンドンと飛び回る。
そうしたようすを追いかけるドキュメンタリーなのでありました。
たかだかブログに写真をUPするだけでも見せ方に多少なりとも気を使うところがありましょうけれど、
それがプロの写真家の作品集ともなりますと、こだわり具合はひとしお。
取り分け色調の打ち合わせでは何度もの調整が行われますし、判型ひとつにも思いが込められ、
複数の作品が同じページに並ぶ場合には作品同士の相性というか、
「なぜここに」という意図無くしては作品集として成り立たないという思いがありましょうし。
そうした思いの全てを注ぎ込んで、納得できる形にするために
シュタイデルさんは世界を飛び回り、こう言ってはなんですが、
経費は費用に乗っかるのでしょうなあ。だからと言っては語弊あるものの、
一冊100万円を超えるような販売価格が想定されたりもするようなのですね。
いったい誰が買うの?と思ったりもするところですが、
シュタイデルさん本人が言っているように「たくさん売れる本を作りたいわけではない」と。
写真家にとって写真が「作品」ならば、シュタイデルにとっては写真集が「作品」なのでしょう。
(もちろん、写真家にとって写真集は「もうひとつの作品」でもありますが)
考えてみますと、それこそ以前、手作りされている頃の本は非常な希少価値がありましたですね。
そこへグーテンベルクの印刷術が登場し、加速度的に出版が身近なものになっていった。
中身の価値はともかくも、本を手に入れるための費用は大きく下がったわけです。
そうして出版物は巷にあふれかえるようになりますが、
インターネット環境の拡大は紙媒体に危機をもたらすことになりました。
だいぶ紙媒体の需要は減ってきているのではないでしょうかね。
オンラインで読む、オンラインで調べるといったことを通じて。
そんなふうに考えてきますと、本が生き残るひとつの術は先祖返りなんかなとも。
金額の高さもさりながら、その芸術性の高さ、希少性の高さにおいて
中世の彩色写本のようなものとして。
シュタイデル社はそうしたあり方を先んじて手掛け、
時代がそういう方向に追いついてきたというべきなのかもしれません。
「世界一美しい本を作る男」というタイトルから中世写本の世界を思った勘違いは
あながち間違ってはいなかったのかも…と思ったものなのでありました。