うっかり書き忘れておりましたけれど、先ごろ東京・立川の国文学研究資料館に行ってきたのでありまして。

いつもの展示では古典籍が並び、解説が詳しく付けられているものであって、

それはそれで興味深いところですが、現在開催中の展示はちと趣を異にしているのですなあ。

 

タイトルは「時の束を披く(ひらく)」というもの、「古典籍からうまれるアートと翻訳」ということで、

古典籍とそれにインスパイアされた現代の他分野の作家、アーティストの作品が並んでおりましたよ。

 

 

見て回った全体的な印象としては、古典籍とは古い古い時代に触れるためのよすがとして

研究の対象となるものと考えていたものが、現代の作家たちにとって発想の源になるものでもあるのだなあと。

 

「ないじぇる芸術共創ラボ」という、研究者である「専門家以外の人に古典籍の資料を活用してもらう」ための

レジデンス・プログラムに、さまざな分野のアーティスト等を招聘して、招聘された方々自体最初は「?」ながら

ワークショップなどを通じて、古典籍が発想の源となり得ることを発見していったようでもありますね。

 

つまりはこの「共創ラボ」自体を思い付いたところで、新たな扉が開かれたわけですけれど、

思い付きの主は国文学研究資料館のロバート・キャンベル館長でありましょうか。

(この3月で同館館長は退任されたようですけれど)

 

ところで展示の方ですけれど、生み出された作品にはなかなかにバリエーションがありますな。

作家・川上弘美による小説『三度目の恋』は、伊勢物語を題材に小説を作り出したようです。

 

古い写本が往古を偲ばせるのはもちろんのことですけれど、実はこの古い物語が江戸時代には

ベストセラーとして重版出来状態であったことにも着目し、現代と平安時代、そして江戸時代をも行き来する

タイムスリップを枠組みにもっていきたということで、おそらくは単に伊勢物語インスパイアだけでは

生まれない物語となったことでありましょう。国文研の伊勢物語コレクションはつとに知られるものですものね。

 

一方、アニメーション作家・山村浩二は新作短編「ゆめみのえ」を制作したようですな。

上田秋成の雨月物語から「夢応の鯉魚」の物語をベースとしながら、

絵師・鍬形蕙斎のよる画本『略画式』の挿絵の画風でもって、アニメを仕立て上げたのであると。

これまた、雨月物語からだけでは生まれない味わいになっているように思うところです。

 

面白いなあと思いましたのは、情景作家・山田卓司の作品でしょうか。

情景作家というのはジオラマ制作をする人ということのですけれど、

鉄道模型などでも同様ですが広がりある大きなジオラマには「ほお~」と思うところながら、

ここでは敢えてコンパクトにまとめる方向であったわけでして。

 


 

思い浮かぶのは「箱庭」ですけれど、これはお鉢に情景を作り込む「鉢山」というものということで、

国芳門下の歌川芳重が描いた「東海道五十三駅鉢山図会」から、

上の写真は「日本橋」と「京三条」の再現したものであるそうな。

 

盆栽を愛でる気風と通じるところがあるのかもですが、このちまちまっとしたところに楽しみがあると、

お江戸でも丹精込めて鉢山を作る人たちがいたのかもしれません。

 

と、そもこれを「面白いなあ」と思いましたのは、

現代の情景作家が江戸期に残された「鉢山図会」を再現しているというばかりでなくして、

「東海道五十三駅鉢山図会」そのものが歌川広重の有名な「東海道五十三次」に触発されて作られた、

とまあ、触発されたものにはさらに元ネタとしてインスパイアされた作品があったという点なのですよね。

 

今回の展示は、普段黙っていては触れることもなさそうな古典籍と関わりの中から

新たな作品を生み出す試みだったわけですけれど、それが古典籍であるかどうかはともかく、

普段触れないものからの触発に気付かされることも、大事な点ではなかろうかと。

 

折々に何度も触れていることではありますけれど、世の中なんでも「オンデマンド」で

望むものにアクセスが容易になっていて、それはそれで当人にとっては便利で満足が得られることかもですが、

そうではないこと、つまりは自らの趣味趣向と関わりのないところとの遭遇が、新たな作品とまではいわずとも、

これまでにない発想を得る機会にもなる、そんなことを改めて考えたものでありますよ。