しばらくシャルル・グノーの交響曲をヘビー・ローテーションで聴いていましたけれど、
ふと他にもフランスの作曲家のシンフォニーを聴いてみるかいねと思ったときに
すぐさま思い浮かんだにはベルリオーズであり、サン=サーンスであり…ではあったものの、
「そういえば!」と思い当たったのが、ジョゼフ=ギィ・ロパルツ(1864-1955)なのでありました。
ひと頃、知らない曲を掘り起こすことに執心したことがありまして、
全く知らない作曲家だから、全く知らない曲だからCDを買ってみようと、
今から思えばずいぶんと冒険買いをしていたものだと思うところです。
当然にして「うむ~」と頭を抱えてしまうような曲に出くわしたりもするわけですが、
ともすると思いがけない「めっけもの」に出くわすことがあり、最初から予備知識があることを前提にしていたら
おそらく巡り合うことのなった曲と出合い頭の僥倖に及ぶことは楽しさひとしおなのですなあ。
インターネットを使っていますと、あれこれの検索履歴からして勝手に「あなたへのおすすめ」的広告が表示されたりしますが、
そういう元からの趣味嗜好という安住路線から離れてみてこその楽しみもあると思うのでありますよ。
と、余談が長くなりましたが、ともかくそんな知らない中で不意に出くわしたのがロパルツだったわけなのですね。
交響曲第3番は1曲で1時間弱、なかなかの大曲でして、おっかなびっくり聴いてみましたところ、
立ちどころに「お気に入り」リスト入りに(といって、しばらく聴いてませんでしたが…)。
今回、久しぶり取り出してみましたですが、やはり技巧に走ることなく素直にスケールが大きい、
大規模演奏会がなかなか叶わない中では、致し方なしですが。
Wikipediaには紹介されていますけれど、音楽でおいう後期ロマン派という言葉もちと考えようがあるのかなとも。
日本での表記も変わってきていると思うところでして、そりゃあ、印象派を大きな枠組みで見て、
その後期に位置するというのと、印象派の後に出てきたグループなのだよというのでは全く異なるわけです。
たくさんの作曲家がカテゴライズされておりまして、ロパルツ作品のような曲を聴いている限りにおいては
なるほどロマン派の後期なのねと思うところながら、例えばですけれどマーラーの交響曲などを聴けば
ロマン派の後の一派、つまりはポストロマン派とでも言ったら、感覚的にしっくりくるような気もするわけです。
全体的に奇を衒うことなく聴きやすい点では、両者の間に立つ3番シンフォニーと変わらないものの、
インパクトに欠けるかも。Wikiにもさらりと「合唱交響曲の大作であり、名作としての評価が高い」とありますが、
一聴すれば得心のいくところかとも思うところです。
これを聴いてみまると、ロパルツという作曲家は合唱の入った交響曲第3番で壮大な世界を築き上げたように
合唱の使い方がうまい人なのだなあと思いますですね。
帯封にあった「きれいな音楽」という以上に、最初の収録曲である詩編136番「バビロンの流れのほとりに」などは
混声合唱、管弦楽にオルガンまで加わって、実に大きな音楽を聴かせてくれます。
一方で4曲目、女声三部合唱と管弦楽のための「晩祷の鐘が鳴る」は実にきれいな曲です。
ブルターニュ地方出身のロパルツは、その地方独特のケルト系文化を彷彿させるところがあるとして、
聴いていると時折「おや、イギリスふう?」と思える部分が。正確にはアイルライドというべきかもですが。
そうしたことからCDのカバーにはブルターニュで制作にあたったゴーギャンの絵が配されているわけですけれど、
そんなケルティックな雰囲気とはまた別に、「これに日本語の歌詞で歌っている?」というくらいに
日本の合唱曲を聴いているような気もしてくる。それだけ普遍的に「きれいな」曲であるとも言えましょうか。
「音楽に垣根は無い」とはよく言われることながら、こうしたときに実感する、
そんなことも感じられたロパルツの音楽なのでありましたよ。


