ちょいと前に、体調管理のために自粛対象外になっているご近所散歩で
国立市内の公園に「東京のへそ」として設置された敷石のようなものを目にしたですが、
そのときからすでにして「確か国分寺市にも同じようなのがあったのでは…」と思い出していたのでして。
うっすらした記憶ながら「ブラタモリ」の国分寺編で紹介していたような気がして、
検索してみれば「ああ、やっぱり」と。
ですので、こたびは近接したご近所の国分寺市の方を歩いて、
もうひとつの「東京のへそ」を訪ねたのでありました。
で、何とも唐突に住宅街の写真ですが、ここです、ここ。このあたりが「東京のへそ」なのだそうでありますよ。
東京都国分寺市富士本3丁目のあたり…なのですが、これだけではあんまりだと思うのが人情でして、
近所の公園に解説板が立っておりましたよ。
東京のへそ=東京の中心ということですが、ここの場合は東京の重心であるということなのですな。
国分寺市の公式HPにはわざわざ「国分寺市は東京の『重心』です」なんつうページまで作って、
こんなふうに記されてありました。
東京都(東京都島しょ部を除く)を厚さが一様な一枚の板とした場合,その重さのバランスが取れる点(重心)が国分寺市内の富士本3丁目の位置にあたります。 重心の算出は財団法人日本数学検定協会によってなされ,その証として富士本3丁目に所在する国分寺市立富士本90度公園には,このことを示す看板が設置されています。
結局のところ、先に国立市の公園で見たものとは算定根拠といいますか、
違った方法で求めて求めていたのですから、見解の違いというわけでもなく複数分かれてあっても、
まあ仕方のないところですかね。
ただ、こちらの重心の求め方ですけれど、「厚さが一様な一枚の板とした場合」という前提条件の付け方に
疑義を持つ人もいることでしょうなあ。例えば人口による比重でみるべきとか、
高地は重いはずだから標高を加味した方がいいのではとか。
ところで、先の国分寺市公式HPの説明に出てきた「東京の重心」看板の設置場所ですけれど、
富士本90度公園とはそこここでよく見かける児童遊園のなかでは珍しいネーミングであるような。
公園そのものが90度曲がった土地であることからと言われる一方で、
公園内に90度井戸と呼ばれる井戸があって、ポンプが据え付けてあるからとも。
されどこのポンプ、昔のポンプらしいポンプとは似ても似つかぬ姿かたち。
昔のポンプらしいポンプと言ってもイメージに個人差があるでしょうけれど、
それはともかく結構軽くレバーを押し下げられるようになっておりまして、
試みぐいっとすると「なるほど水が出た…」となりますから、
きっと子供にも扱えるようになっているのでありましょうかね。
というふうに訪ねた「東京の重心」ですけれど、そこに重さの中心があるてなイメージからすると、
周辺に比べてすり鉢状にへこんでいるとか、そんなふうな地形だったら「おおおお!」と思うような気もしますが、
このあたりの地形?はこのような感じでありまして。
同じ方向を向いた長い通りがいくつも走っているのがご覧になれるかと思いますけれど、
これみんな昔々の新田開発の結果できて区割りのようでありますなあ。
この近辺を巡って歩いてなんかちょこちょこと神社に出くわすなあと思いましたら、
開発区画ごとにお社が勧請された結果なのかもしれませんですね。
神社の御由緒書き(見当たらないところもありましたが)によりますと、
やはり8代将軍吉宗の時代、大いに新田開発が進められ、その際に建てられた…ことが記されておりました。
と、そんなぶらり歩きの途中で、気になった建物がひとつ。
もはや明らかに廃業しているとは思いますが、きっと醸造業を営んでいたのであろうなあと思われまして。
気になりついでに検索してみたところ、なかなかにその素性が知れないものの、
国分寺崖線をたどって歩いておられる方々の探訪記録によりますと、中藤家醤油醸造所跡と。
位置的にはまさに国分寺崖線の坂道の途中にありますので、
おそらくは仕込みにきれいなハケの水を使っていたことでありましょう。
操業が続いていればご近所の醤油を試してみたかったことですが、
なかなかに中小の醸造所の運営は厳しいものがあったのでありましょうね。
とまあ、そんなあれこれを思い巡らしつつたどった「東京の重心」散歩の行き帰りでありました。
そうそう、歩いている途中で、「国分寺エール飯」(国分寺市内飲食店応援プロジェクト)を掲げた
キッチンカーを見かけましたので、ちょうどよく昼飯を調達するのことに。
散歩にも出ないと、こうした頑張れ地元の応援もできませんなあ…。