はけの森美術館@小金井市 で始まった「模写-西洋絵画の輝き」展を見て来たのでありますよ。


ヨーロッパの大きな美術館では、

名画の前にイーゼルを立てて模写している画学生の姿を見かけますが、
これは先人の技法を知り、その上に自己の表現を展開するための、

いわば修業でもあろうかと。


ですが、今回の模写展に展示された作品の制作者は

画家というより、修復の専門家であるらしい。


古くなっていろいろと難ありという状態になってきた作品を色鮮やかに蘇らせる修復士の方々。
修復自体は昔から行われてきたものの、そのときによかれという修復が後に反って
状態を悪くしてしまうといったことも行われてきたわけですけれど、
今ではどうしたら制作当時の姿そのままに近づけることができるかに

心を砕いていることでありましょう。


今では忘れ去られた技法に迫るには、古い作品を一から作ってみる、つまりは模写する。
そうした意味での模写の技術を見る展覧会であったというべきでありますかね。


「模写―西洋絵画の輝き」展@はけの森美術館

展示作品にはテンペラ画が多くありましたけれど、制作プロセスはなかなかに大変ですな。
まずもって描くための板が必要で、例えばどこの教会のどこに飾られるかを

想定した大きさと形に板を切りそろえないといけませんね。


そのあと、表面を平らにして布を張り、下地として白塗りにし、その表面もまた滑らかにする。
テンペラ画は時代的にその多くが宗教画ですから、荘厳さを出すための金箔は欠かせない。
背景その他装飾品にあたる部分に金箔を圧すわけですが、下地の白の上に金箔を貼っても
色味がよろしくなく、箔を圧す部分には予め赤を塗っておくのだそうです。

ちなみに銀箔の場合には下に黒を塗っておくのだとか。


残った部分に彩色していく一方で、箔には型押しで模様を付けていったり、
薄く刳り貫いて下地を活かしたり…と、こんなプロセスの話をしておりますと
いかにも職人技という気がしてきますな。


ですが、それに加えた芸術性があってこそ作品は後世に残るというもの。
フライヤーにあるフラ・アンジェリコの祭壇画」のように。


ところでいささか余談めきますが、テンペラの技法はやがて油彩に取って代わられますな。
もちろん色彩表現の点などで油彩の優位性はあったものとはいえ、
結構肝心なのが絵具が長持ちするかどうかということでもあったそうな。


ご存知のようにテンペラは顔料を卵で溶いて使いますから、
長く持たせるどころか放置しておくと腐ってしまうというわけです。
必要なときに必要なだけ絵具を作らなければ無駄になるというのが欠点でもあったと。


ただ、顔料を卵で溶くといっても、卵白を使うのか、卵黄を使うのか、
その違いが生み出す発色などでも、テンペラは画家の腕の見せ所であったりしたようですから、
冷蔵庫のある現代ではいくらか絵具の保存も効くようになり、
あえてテンペラで描く画家もいるようですね。
そうした画家のひとりとして、アンドリュー・ワイエスの作品(の模写)も展示されていました。


一方で、テンペラから油彩への移行にあたり、板ではなくてキャンバスに描くということにも
なってきましたですね。キャンバスは布ですから、大きいものから小さいものまで
板に比べて作るのに苦労が少ないのは大きな利点です。


が、キャンバス利用への移行はヴェネツィアやネーデルラントといった港町で

進んでいったそうな。フィレンツェなど内陸ではなくして。


これは大きな帆を張った船が活躍する大航海時代と

タイミングが重なっていたことが関わっていて、
航海のたびに傷んだ帆を張り替える、そのリサイクル先が絵画のキャンバスであったのだとか。


とまあ、模写の話から外れてしまいましたですが、
今回の模写作品が見せてくれた何層にもわたる制作プロセスを知ったことで
古い宗教画に注ぐ目が少しばかり深いところに見入るようになったものと思うのでありました。