この間、大衆演劇 を見たという話をいたしましたですが、

その際第2部に舞踊ショーがあって…と言いました。

基本的には歌謡曲というか、演歌というか、そういう類いの曲が流れる中で

座員の方々が舞い踊るといった具合なのですけれど、その中でひとつ、

これは舞踊というよりいわば「当て振り」だなと思えるものがあったのですね。


歌詞から聴き取れたところによりますれば、忠臣蔵に関わる俵星玄蕃のことを歌っている。

実在の人物ではないのでしょうけれど、浪士のひとり、杉野十平次との関わりで

昔から巷ではよく知られた人物ですな。


本懐を遂げようとする赤穂浪士の心意気に肩入れして、

討ち入りの晩には上杉家中の乱入を阻止せんとしたか、

両国橋に仁王立ちという逸話が実に有名でありますねえ。


ところでこの俵星玄蕃の活躍を当て振りするのに使われた曲ですけれど、

どうも聞いたところでは三波春夫の歌声ではなかろうかと思ったわけでして、

よもや自ら三波春夫の歌に興味を抱く日が来ようとはかつて考えたこともなかったものの、

近くの図書館のCDコーナーを見てみれば、あるんですなあ。


と、「チャンチキおけさ」や「世界の国からこんにちは」ばかりでなく、

どうやら三波春夫の本領は歴史を歌い語る「長篇歌謡浪曲」にありとも知ったことから、

CDを借りてきて、聴いてみたのでありますよ。


三波春夫長篇歌謡浪曲 全曲集

CDの収録時間が74分余であるところで、収録曲が何と8曲。

あたかもクラシック音楽の小品集のような体ですが、単純計算で1曲あたり9~10分とは

確かに「長篇」ではありますなあ。


曲名が登場人物自身や歴史をそのままに語るタイトルになっていますので、

収録曲のタイトルをちと列記してみるといたしましょう。

  • 信長
  • 元禄名槍譜 俵星玄蕃
  • 曽我の討入り
  • 瞼の母
  • 豪商一代 紀伊国屋文左衛門
  • 決闘高田の馬場
  • 天竜二俣城
  • 元禄花の兄弟 赤垣源蔵

史実というよりは歌舞伎、講談の類いで有名な話がずらりといった印象でしょうか。

こうしたお話を9~10分で「一席、お付き合いください」よろしく歌い、唸り、語るのですなあ。


かねて三波春夫は元浪曲師とは耳にした記憶がありながら、

実際には浪曲とのストレートな結びつきをイメージできないでいたところがあるものの、

歌の部分と浪曲の部分、それに「啖呵」と言われるらしい講談を思わせる語りの部分とを

巧みに配して全体を構成して見せてくれるその芸は、あたかもひとり大衆演劇でもあろうかと

思ったりもするものなのでありました。


どの部分も実に達者で、節回しや語り口がツボにはまった感あるところなど、

聴いていて思わずにんまりしてしまったりもするのでありますよ。

(例えば「俵星玄蕃」で赤穂浪士が雪を踏み拉いて進む場面などですね)

いやあ、大したエンターティナーだな、この人との思いを新たにしたのでありますよ。


しかも、加えて各局の作詞・構成を担当する人物として北村桃児という名前が

CDにもクレジットされているのですが、これがまた三波のペンネームなのだそうな。

まあ、浪曲師は話の構成を自ら作るのでしょうから、その延長といえばそれまでですが。


そんなふうに思いのほか違和感なく聴き入ることのできた三波春夫ですけれど、

まあ、これまでに講談や浪曲にも接してきたバックグラウンドが活きて?

むしろ楽しんだとも言えますけれど、講談や浪曲の人気の斜陽化とともに

聴き手は少なくなっていったことは想像に難くありませんですね。


ですが、講談や浪曲が消え去ってしまったわけではないように、

三波が残した長篇歌謡浪曲という芸の形は今でもわずかながらに

若い演歌歌手が受け継いで、残されてもいるようで。

(ちょいとYoutubeを覗いてみましたが、三波の芸域にはまだまだですなあ…)


とまれ、芸能にはこういうバリエーションもあったということが残るといいですなあ。

三波春夫もあのにっこり顔で見守っているのではありませんでしょうか。