と、先に映画「空軍大戦略」 をまくらにして書こうと思っていたことを改めて。


第二次世界大戦で敵対した勢力として、

片方を「持てる国」、片方を「持たざる国」という言い方がありましたですな。

どこから出てきた用語かは知りませんけれど、

英語に「the haves and the have-nots」という言い回しがあるようで、

直訳すれば「持てる国」「持たざる国」となりますですなあ。


ところでこの「持てる国」の持っているいるモノと言いますのは、

第二次大戦前夜においては(単純には言えないかもしれませんが)、

要するに「天然資源」を指してもいるのではなかろうかと。

もっとも「持てる国」の実態として、本来的な自国の中に天然資源を有しているというよりも

植民地領土からの上がりを含めてということになりましょうかね。


で、それを「持たざる国」が「持てる国」に対して

「お前らばかり得してんじゃあねえよ」とばかり既得権益の切り崩しにかかった。

ところが、その矛先は「持てる国」ではない第三国であったわけですから、

第三国の側にすれば大きなとばっちりとも言えましょうか。


まあ、ここで第二次大戦の開戦をなぞるつもりはないのでして、

ここではちと別の方向に発想を広げてみようかと思ったのでありますよ。


例えば(という言い方もありませんですが)日本は「持たざる国」の側であった。

で、これは明治維新でもって何もかもに欧米風を取り入れていく中で、

その立場になってしまったのですよね。


江戸の時代までも、大陸や朝鮮半島との交易はあったにせよ、

それは舶来の珍重されるものがわずかに入ってくるのであって

生活必需品を交易に頼ることはなく過ごしてきていたのだと思うわけです。

つまり、もっぱら国内での自給自足的な生活でもって何百年もしのいできたのではと。


自給自足という言い方をしますと、庶民レベルの話のようにも思えるところながら、

例えばですが、法隆寺の大伽藍は(珍重すべき仏像は渡来ものであるにしても)

おそらく国産の木材を使って造られたのではなかろうかと。

また、東大寺の大仏というあんなに大きなものも国内産の材料で造り上げたことでしょう。


国内で手に入るものでなんとか必要なものを作り出すという技術を培ってきたわけですな。

それが(今日的な言い方をすれば)いかにガラパゴス的進化であったとしても、

その進化は大事にされるべきものでもあったことでしょう。


話の流れからして、昔は良かったとか江戸時代に戻ればいいとかいう展開を

想像されるかもしれませんですが、必ずしもそうではない。


かといって夢物語的発想ではないと言い切ることもできませんけれど、

要するに「持たざる国」ということになる理由としては

欧米スタンダードに合わせんがためであったと言えないこともないのですよね。


日用品も食糧も巨大な建物も、明治維新前には(他国との比較はともかく)

なんとかかんとか国内調達してきたことでしょうから。


ですから、歴史の流れといったものをすこんと取り払って考えてみると、

なんとかかんとかやりくりして、また在来素材の加工技術もさらに進んだとして、

そのままにガラパゴス的進化を遂げていった可能性がないではない。

もちろん時の移り変わりとともに他国の「よいもの」を多少なりとも取り入れはするとしても。


そうなりますと、もしかしての話以外のなにものでもありませんが、

日本では木材による(ある程度の)高層建築物が建てられ、

多くの人が農業に携わって米を主食にさまざまな副菜を食していたりするのかも。


まあ、仮定の話にばかりなってはいるものの、

また日本を例にはしましたが日本の話に限ったことではないとして、

何を「持たざる」かを考えるよりも何を「持てる」のかを考えた方がいいのではと。


物流の発達によってどこからでもどんなものでもという時代ではありますけれど、

(だからといって、何もかも自国内でだけ調達できるものでしのぐ想定ではもちろんないですが)

ちと立ち止まって考えてみることも必要かなと、そんなふうに思ったのでありました。




…というところでこの週末は両親が訪ねてくるものですから、

接待?にこれ努めるべくお休みを頂戴いたします。


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