「関東の連れ小便」としてよく知られておりますように、
豊臣秀吉は小田原攻めに際して「関八州は家康殿に」と
徳川旧領の駿遠三や信濃、甲斐からさりげなく(?)国替えを命じておりますな。
結果的にこれを受け入れた家康、どこに城を構えるかと思えば、何と江戸!であると…。
当時の江戸は(日比谷図書文化館 のミュージアム常設展示にも見られますように)
今と比べて海からの入江が深く入り込んだ低湿地だったわけで、住まう人とて少ない寒村。
そんな所に城を築き、城下町を造るとは「なんと無茶な…」と誰しもが考えたのではなかろかと。
ですが、その後に成ったことはまさしく「家康、江戸を建てる」ということで、
江戸は後には世界の大都市に匹敵(凌駕)するほどの殷賑を極めるに至るわけですが、
そうした町の基盤造りが家康によって行われたことを描く本が「家康、江戸を建てる」という
タイトルであって、まあ、何の不思議もないということになりましょうね。
最初はやさしめに研究成果を示す類いの本でもあるかと思っていたのですけれど、
上の画像の腰巻に「直木賞候補作」にもなった(この画像を見るまで知りませんでしたが)とは
やはり小説、いわゆる「江戸」の町、機構などのさまざまな面が出来上がっていくようすを描いた
5つの物語を並べた連作小説なのでありました。
最初のお話は「流れを変える」というタイトル。
これは想像に難くない利根川東遷事業 でありまして、
江戸に水害をもたらす川の流れを曲げてしまおうというお話ですな。
お次は意外にも?「金貨(きん)を延べる」というもので、
秀吉の手前、関東の地域通貨を造るという名目で実は
秀吉の通貨政策を関東から覆してやろうということが伺える通貨戦争のお話。
今まであまり知る機会のなかった話だけに「ほぉ~」と思いましたですよ。
続いては「飲み水を引く」、人影まばらなところへどんどん人口流入してくるのですから、
当然に水の確保(周りは海水だらけですし)が必要になりますねえ。
そこで「玉川上水」の開削が思い浮かぶんですが、話はもそっと昔の「神田上水」を造るお話。
「水道橋」なんつう地名が今に残るようすが(知ってはいたものの)よおく分かります。
さらには「石垣を積む」、「天守を起こす」と城造りの話が続きますけれど、
本書の個性的なところは「石垣を積む」ではもっぱら石に関わる職人の話だというですね。
これまたあまり知ることがないので新鮮でもあるような。
江戸城に天守が無いことは、明暦の大火で焼失したのち、
将軍家光の異母弟である保科正之が「戦国の世でもないのに天守は必要ない」として
町の復興を優先したという話が知られていますので、それから考えると江戸の町造りと
城に天守がないのは大いに関わりとなりますが、「家康、江戸を建てる」というには後の話。
ここではどお~んと天守を構えたい家康に対し、秀忠が不要論を展開する…てはことでもあって、
これまた目新しい話でもありましたですね。
江戸の町造りを支えたあまり知られない人たちの活躍が詰まった連作であったような。
このときに直木賞は受賞してませんし、小説らしくないようにも思える印象もありますけれど、
かなり興味深い内容ではありましたですなあ。