慌しくフライブルク をひと廻りしたのは旅の5日目でありましたですが、
このときは全体で6泊8日という短めの旅程だったものですから、

すでに押し返し点は過ぎており…。


で、最終的にフランクフルト空港へ出ることを想定して、
フライブルクから少々北へ戻っておこうと移動した先はカールスルーエでありました。


では、これからカールスルーエの見聞き話になるかといいますと、
マンハイム に到着しながらシュパイヤー に出かけてしまった如く、
またフライブルクに到着しながらコルマール へと出向いてしまったが如く、
ここでもちょいと脇道へ。フライブルクから移動した翌日ですけれども。


まあ、即座にカールスルーエ見て廻りにならなかった背景としては、
この日が月曜日で美術館などはクローズしていることもあり、、
ヘッセの小説「知と愛」の舞台となったマウルブロン修道院を訪ねることにしていたからでして。


それでは、マウルブロン修道院への行き方は?となりますけれど、
個人旅行で公共交通機関を使ってとなりますと些か行き方が面倒なようでもあり、
自分としては振り返りのつもりで、そしてご覧くださる方にはご参考として
「マウルブロンへの道」を記して置こうと思いまして。


「地球の歩き方」ではシュトゥットガルトからの移動方法が出ていたように思いますが、
カールスルーエからでもさして変わりはないような。
カールスルーエとシュトゥットガルトを結ぶ列車の途中駅でバスに乗り換えるのですから。


カールスルーエ発シュトゥットガルト行き列車


単純往復では面白くありませんので、往路にはミュールアッカー(Mühlacker)駅からバス、
帰路はバスでプフォルツハイム(Pforzheim)駅へ出、Sバーンでカールスルーエへというルートに。


ところで、南西ドイツと言って思い浮かぶのは「Schwalzwald(黒い森)」ではなかろうかと。
フライブルクではその黒い森の端にあたるシュロスベルクに行きましたけれど、
どうやら「黒い森」という言葉から抱いていたイメージが実は違うのだ…と分かってきたのですね。


深く高大な森が平坦なところにぶお~っと広がっているというような印象を勝手に持っていたですが、
実際には木々を繁らせた丘陵地であり、山地が広がっているということだったのですなあ。
マウルブロン修道院への行き来で、いまさらながらそんなふうに思ったのでありますよ。


往路での気付きのひとつとしてですが、山の少ないドイツにあって
カールスルーエからミュールアッカーへ向かう列車が短いながらもトンネルを通過したことでしょうか。


日本の鉄道が「今は山なか今は浜、今は鉄橋渡るとぞ思う間もなくトンネルを…」というような、
めまぐるしく変わる車窓風景でなく、坦々とした麦畑の続くというのが多いドイツですが、
「おお、トンネルだぁ!」と思ったわけでして。


とまれ、里山を抱えたのどかなミュールアッカーの駅前から700番のバスに乗り込むのですが、
曜日と時間によっては修道院まで行ってくれるものもあるようながら、

平日は観光客も少ないと踏んでか、ちょいと手前の停留所(Maulbronn Altes Stadtbad)から

歩くことになるのですなあ。この点、要注意です。

というところで、700番のバスがやってきました。


ミュールアッカー駅から700番のバスに


これに乗って揺られること10分ちょっとで到着するバス停から、
途中でバスは右に曲がっていってしまうところを曲がらずに進んで行けば修道院に到達。
歩きの部分も10分くらい、木立の間から見えてきた、見えてきたと。


マウルブロン修道院に到着!


このルートの残念なところは真正面からでなくって、裏側からのアプローチになることでしょうか。
まあ、裏口らしきところをやり過ごして車道沿いにもそっと進むと正門側に出られますけれど。


と、せっかく到着したのにやおら帰路に飛ぶのも何ですが、ここは交通手段の話ですのでね。
今度は正門側からすぐの車道沿いを、いかにも郊外の小さな町らしい静かな佇まいの中、

しばしぶらり。


何度も言って恐縮ながらこの日もまた大層暑い日でぶらりもそこそこに
最寄りの停留所(Maulbronn Alte Post)で今度はプフォルツハイム行のバスを待つことに。


今度は735番のバスに乗って


やってきた735番のバスでプフォルツハイムまではおよそ45分と往路に比べて乗りでがある。
路線バスは洋の東西を問わず、あちこちで乗客を拾っていくようにルートができてきますから、
小さな町をいくつも通り抜けて終点を目指すのですなあ。
そんな点在する町と町の間の道々をバスの中から撮ってみたのがこちらです。




森があり、抜けると町が点在し、また森があり。これもまた「黒い森」の一部でありましょうか。
ヘッセの「知と愛」 には修道院を抜け出したゴルトムントが
束の間の道連れとなったリーゼと入り込む森の姿が描かれています。
修道院近くでこのようすですから、100年がた前はさぞや鬱蒼としていたのでしょうなあ。

無言でふたりは暗い森を歩いた。ときには、クッションのように柔らかいコケの上を、ときには、あばら骨のような固い根の上を。ときには、高い樹冠の薄くなった間に明るい空が見上げられた。ときには、まっくらやみだった。低木が顔にぶつかったり、キイチゴのつるが着物にかかって彼を引きとめたりした。…

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