学校の音楽室の壁に古今の作曲家の肖像画がずらりと貼られていたとすれば、
おそらくその中には紛れ込んでんいるであろうロベルト・シューマン 。
ですが少し数を刈り込む必要があると、おそらくは選外になってしまうかもですなあ。
いささかおでこが勝っていて、子供っぽいかなとも見えるシューマンは
居並ぶ大作曲家の中でやや格落ち感があり、その名を有名にしているのは
「諸君、脱帽したまえ、天才だ」とショパン を紹介した音楽評論の分野であるとか、
埋もれていたシューベルト の交響曲「ザ・グレート 」を世に出したとか、
妻クララとの愛とちらちらするブラームス の陰であるとか…なのかも。
作曲家としての本来の成果である楽曲は、
例えば交響曲では管弦楽法の点でとやかく言われたり、
よくも悪くも「文学的」であることへの言及が多かったり。
何よりの格落ち感の元になっているのかもしれませんですね。
そうした言われように対して「むしろ贔屓にしてやろう」てな心情が起こるのか、
個人的にはシューマンの曲を比較的よく聴く方であるものですから、
こうした一冊もまた読んでみようかと思ったわけでして。
タイトルは「シューマンの結婚 語られなかった真実」というものです。
邦題からすると、シューマンとクララの結婚生活の語られなった部分だったりするのかなと
思ってしまうところながら、原題は「Wieck v. Wieck」となっている。
かつて「Kramer vs. Kramer」(邦題は「クレイマー、クレイマー」という映画がありましたですが、
ここでの「vs.」(本書では「v.」)は裁判における原告対被告の対立関係を表してますね。
同様に本書の原題は「ヴィーク対ヴィーク」の訴訟ということになりまして、
クララ・ヴィークがシューマンとの結婚に許可を与えないのは不合理として
父親に対する訴訟を起こした…その辺りのことを、オランダの弁護士が裁判記録と
周辺証拠書類を丹念に当たって当事者たちの人物像をあぶり出してみせたものなのでありますよ。
読み終えたところで、実は気分的に「しおしおのぱ~」状態になっておりまして、
ロベルト・シューマンとはこういう人だったんかね?!という思い。
どうやらこれまでのシューマンの評伝等で語られるところによれば、
とかくにシューマン側の立場に立って、クララとの結婚に同意を与えないヴィークは
己の利益に固執して相思相愛の若者たちの邪魔ばかりするとんでもない人物とばかり
描かれていたようす。
ところが、本書から見えて来るシューマンの人物像からすれば、
非があるのはシューマンの側だろうとどうしたって思えてくるのでありまして。
訴訟自体はヴィーク対ヴィークとなっているように
娘クララが父親を提訴したものではありますが、父親との関係を壊したくないクララを
説得に説得を重ねて訴訟に持ち込ませたのはシューマンなのですね。
何しろ結婚に関する父親の疑義は、ひとつにはシューマンの経済力であって、
「娘を幸せにできるだけの経済力が無い」と決めてかかっている父ヴィークの言動は
シューマンにとって侮辱以外の何ものでもない…てなわけで。
ところが、若い頃から過度の飲酒癖があり、散財しきりのシューマン。
そのようすをかつてピアノの師であったことのある父ヴィークはよく知っている。
そして、クララを当代一流のピアニストに仕立てた実績のある父ヴィークから見れば、
シューマンのピアノの腕前はどうも今ひとつ。
それに指の動きを滑らかにするべく自ら開発?した機械を手に装着するも、
不具合から指そのままで痛めてしまうという、ひとりよがりな行動に出るシューマンを
父ヴィークは娘を預けるに足らずと見ていたことでありましょう。
では、世に有名な音楽評論ですが、これもどうやら部分的にクローズアップされるため、
シューマンの業績に思われるところながら、あまり長続きしていないようす。
あれやこれやのことが次々に紹介されてみると、ロベルト・シューマンの姿に
先に読んだ「本を愛しすぎた男
」に出て来る古書盗癖があるも自己弁護に終始するギルキーが
だぶってくるような気さえしてきますですね。
盗癖のある者と重ねるのはどうかとしても、
今で言えば発達心理系の問題を抱えた人物であったやに思われるのでありますよ。
まあ、そうした部分があって(「あってこそ」とまでは言えないでしょうけれど)もしかしたら
中途半端な音楽教育しか受けていないにも関わらず、
現代まで消え去ることなくシューマンの曲が残るという天才の片鱗?を
窺わせることになっているのかも…。
芸術の創造者のことを知ることによって、
作品へのアプローチがしやすくなったり、作品理解が深まったりすることはままありますが、
時に知らなくてもよかったのかも…みたいなことにもでくわしますね。
とまれ、結果的に訴訟は雇った弁護士が有能だったこともあったようで、
クララの側(つまりはシューマンの側)が勝訴し、二人が結婚したことは歴史が示している。
ですが、このときにクララは果たして幸せをつかんだのか、逃したのか…。
そんなあたりをも踏まえつつ、
映画「クララ・シューマン 愛の協奏曲」を見たらよかったのかもしれませんですねえ。