以前、スカパーの無料放送のときに時代劇専門チャンネルで録画した
「大岡越前 」を見た話をしたですが、同じときにもうひとつ、
相当に有名どころながら見たことが無いという時代劇ドラマに気が付いて、お試しで録画してそのままに。
そろそろ見てしまうかと思ったのが、「鬼平犯科帳」でありました。
ご存知の方が多いとは思いますけれど、
「鬼平」とは徳川幕府の火付盗賊改方のトップ(お頭というと、むしろ盗賊みたいで…)に就任した
旗本の長谷川平蔵宣以(のぶため)のことでありましすね。
その辣腕ぶりから「鬼平」との呼び名があった…ともなると、架空の人物かと思ってしまいそうですが、
松平定信が老中として断行した「寛政の改革」期の実在の人物。
で、松平定信の信頼を得て、どうやら捕り物ばかりでない側面でも活躍していたとなると、
あたかも「享保の改革 」期の将軍・吉宗と大岡越前とにも擬えようかと思ってしまいますですね。
実際、鬼平こと長谷川平蔵にちと関心を持ったのは、しばらく前に訪ねた石川島 で
昔々そこにあった人足寄場を犯罪者の更正施設(職業訓練所であり、授産場であり)として
まっとうな仕事をもたせることで悪のスパイラルを断ち切ろうてなことにも関わった人であったと
知ったところからなのでありますよ。
とまあ、かような人物なわけですが、やおらTVの時代劇ドラマで見てしまうと、
すっかり娯楽活劇になってしまっているのかもと考えたところから、
ここはひとつ池波正太郎 の原作にまず当たってみることにしたわけです。
そこで近所の図書館から文春文庫新装版という「鬼平犯科帳1」を借りてきたものの、
これが全24巻に及ぶ超大作であると知ってびっくらこいてしまったという。
まあ、一話完結の話が山ほどあるということだろうと高をくくっていたところが、
読み進むに連れて、単なる短編というよりも明らかに前後の話に連関するところのある連作短編、
それ以上におおきな模造紙を広げて、どんどん人物相関図を書き込んでいきたくなるような気にさせる、
そんな鬼平ワールドの始まりを予感する第1巻だったのですな。
最初からの長編ではなくして、人気があればこそ続いた連作短編24巻ですから、
池波ファン、鬼平ファンという方々がさぞやしたくさんおいでであろうと思います。
確かに「もっと読みたい」と思わせる味がありますですね。
江戸を描いて、他にはない情緒が香り立つふうでありまして、
登場人物たちが市中を動き回るのを読んでいても、古地図かなにかで跡を辿りたくなりますし、
また食通の作者ならではなのか、食べ物にもこだわりが窺えるような。
そして、ひとつひとつの話としては押込み強盗団の暗躍と火付盗賊改方の捕り物が語られて、
殺伐とした殺しの場面などもあるものの、その中に横溢する人情の機微、これがまた魅力でありましょう。
第1作たる「啞の十蔵」、そして「血頭の丹兵衛」といった話はなかなかに染み入るものがありますし、
ときには盗人にも一分の利があるような気にさせられる人間性を垣間見せたりするという。
読みやすくもあってどんどん進むものですから、うっかりすると2巻に手を出しそうになりますけれど、
人物相関図を模造紙に書き込むことは差し当たり老後の楽しみにとっておくことにして、
こうした原作の世界を知った上で、TVドラマ「鬼平犯科帳」を見てみることに。
これまた結構な長寿番組であったようで、主演はいろいろ代替わりしているものの、
一度も見たことのない者にとっても馴染みがあるのは中村吉右衛門。
見たのは第6シリーズの中の一編ですが、十二分にはまり役と言えるのではなかろうかと。
一見したところ、その他のTV時代劇とは異なる雰囲気を湛えておりますね。
例えばナレーションで、「水戸黄門」では芥川隆行の名調子が旅ののほほん感を醸しますが、
鬼平のは実にしぶいというか、地味でまったく目立たない。わざわざこうしているのかなと。
また、流れる音楽の時代劇らしからぬ独特さもまた個性でありましょうか。
何しろエンディングがジプシー・キングスでありますから。
これが原作の持ち味とどうつながるかまでは一編を見ただけで詳らかにはしにくいですけれど、
人情含みの味わいを活かす点では共通性を保って作られているような。
ただ、原作を読んだときに「意外に少ないな」と思ったチャンバラシーンは
やはりTVとなるとそれなりに盛り込む必要があったというべきか。ま、見せ場でしょうし。
とにもかくにも、池波原作本はもとより、TVドラマの方も
想像を上回って惹かれる要素がありましたですなあ。
こうしてどんどん老後にとっておくものばかりが増えていくと、
消化しきれずじまいになってしまうような気もしてきますですよ。