就職が決まって髪を切りにいったのは「いちご白書をもう一度
」の登場人物でありますが、
個人的に思い出すのは入社日までに事前の研修として英文タイプライター教室に通うのなら、
費用を一部補助しますよという内定先からのお達しでありまして。
当時、ワードプロセッサ(要するにワープロ専用機)は登場してはいましたが、
決して一般化はしておらず、英文の書類作成にはタイプライターが使われていたのですね。
就職先は旅行会社でありましたけれど、渡航先各国の査証申請書や添付書類を作成する際には
とにかくタイプライターは必須アイテムだったわけです。
で、会社の方としても予めタイプライターに慣れてもらって、
ブラインド・タッチはできるくらいになっていてもらいたいものと考えていたのでしょうね。
もっともそれ以前からドイツ語に対応したウムラウトの打てる(ちと変わった配列の)タイプライターを
入手して何くれとなく打ってみて遊んでいた者にすれば、実にやさしい講習で、
いくらかタイプ打ちが速くなったかなという効果はありましたですが。
とまれ、いざ職場に入り込んでみると、なかなかに凄い世界が展開しているなと思いましたですね。
おそらくは「習うより慣れろ」的に身につけた人だったのでしょうけれど、
その人の人差し指だけで打つタイプの速いこと、速いこと…。
と、やおら思い出話で始まったのは、映画「タイピスト!」を見たからなのでして。
年代としては1950年代くらいでしょうか、
パリ近郊(当時は今より断然田舎感があったのでしょう)の村から出て、
都会で秘書(華やかな職業と考えられていたのですなあ)の採用に応募してきた
一人の女性の物語であります。
主人公ローズはいかにも田舎出の地味さ(垢抜けなさ?)からあわや不採用となりかけますが、
「タイプは得意です」とやおらタイプライターを打ってみせようとする。
保険エージェントの雇い主ルイはその速さと正確さに感心するものの、
いかんせん使っているのは人差し指だけでありました(と、ようやく前振りの思い出話とのつながりが…)。
いささか興味本位で?採用されたとしか思えないところですけれど、
ともかく晴れて秘書の仕事についたローズ。
仕事振りにはルイも頭を抱える場面にでくわしますが、タイプがとりえとしながらも、
所詮は井の中の蛙で世間知らずのローズに指を全部使って打つように求めるのですね。
とまどいながらも、指全部の方が速く打てることに闘争心を掻き立てられたか、
やがてルイとローズは二人三脚でタイプ早打ちコンテストに挑戦するようになっていくという…。
と、見ながら「待てよ」と思いましたのは、
「これって、『マイ・フェア・レディー』でないの?」ということ。
石の中に埋もれていた女性の姿が掘り出され、磨きを掛けられて輝く。
その輝きに、掘り出し、磨きを掛けたの当人が眩惑されてしまうのでありますなあ。
こうした見方をしますと、このピグマリオンに連なる話というのは
非常に男性目線でできてるなあ…ということに改めて気付かされますですね。
この「タイピスト!」にしても、ざっくりどんな話といえば、
いわゆるロマンティック・コメディーということになりましょうけれど、
もしかすると女性と男性では受け止め方が違うのかもという気がしないでもない…。
ところで、タイプ早打ちコンテストの場面はすごいですなぁ。もはや格闘技の世界でもあろうかと。
ご存知のように英文タイプライターのキー配列(QWERETY…というやつですな)は
打ち込む指の速さにキーのメカニズムが追いつけなくなくので、わざわざ打ちにくくしているというか、
打ちにくさを加減して作られているというか、そうしたものなわけですけれど、
コンテストの場面で猛然と叩き続けられた挙句にアームがひっからまってしまったのは一度だけ。
そこからルイがアームを排したゴルフボール状の活字システムを思いつく…というのは、
タイプライター進化の歴史の一端を扱って、「こう来たか」と思うところ。
実際には1961年にIBMが出した電動タイプライターが嚆矢であるようですが。
とまあ、例によってあれこれ言いましたですが、
ピグマリオンがタイプライターを打ちまくって、その結末は…。
誰の予想も裏切らない「やっぱりぃ」と落ち着く点では
同工異曲との気付きもまた楽しからずやでありましょうか。