日本一の名探偵!と言ってしまっていいかは分かりませんけれど、

日本一知名度の高い名探偵となれば、やはり明智小五郎でありましょうかね。

 

小説「怪盗ジバコ 」には、フランス代表でアルセーヌ・ルパン、

イギリス代表でジェームズ・ボンドが登場するのに並んで、日本からは明智小五郎が登場。

(映画版では明智少五郎という警視庁警部となって、ハナ肇がやってましたが…)

 

その明智小五郎の生みの親が江戸川乱歩であって、

先に山梨市の横溝正史館 で見たように横溝正史のデビューとその後にも大きく力を貸したのが

江戸川乱歩である…となことになってくると、ここらでひとつ江戸川乱歩作品をということに。

 

気付いてみれば、今年2015年は乱歩の没後50年だということですので、

折もよし!てなことになりましょうか。

 

で、何を読むかということですが、

「少年探偵団」シリーズを手にとって懐かしがってみるというのも捨てがたくはあるんですが、

ここは「江戸川乱歩傑作選」と銘打った新潮文庫版の短編集を。

表紙カバーが大日影トンネル を思い出させることもありまして。

 


ちなみに、この傑作選に収録された短編は9編。タイトルとしてはかなり知られたもの、

読んだことはなくても「あの話ね」的にモティーフは知っていたりするのが多いのではないかと。

  • 二銭銅貨
  • 二癈人
  • D坂の殺人事件
  • 心理試験
  • 赤い部屋
  • 屋根裏の散歩者
  • 人間椅子
  • 鏡地獄
  • 芋虫

最初の「二銭銅貨」が1923年の処女作であることを始め、比較的初期の短編がずらり。

日本ならではの「探偵小説」(当時はそう言っていたのですな)の創造に意欲を燃やした乱歩の、

海外作品や評論の研究成果、そしてそれを元に苦吟の末生み出した作品の数々といったら

いいでしょうか。

 

「二銭銅貨」は暗号もので、とにもかくにも暗号の謎こそが全ての作品。

ですので、全体のストーリーにまではちと力が廻りかねたのかもしれません。

しかしまあ「南無阿弥陀仏」の6文字を暗号のキーにするあたり、

日本の独自性を強く意識していたことが偲ばれますですね。

 

「D坂の殺人事件」は一転、密室ものでありまして、

木と紙で造られた日本の家にがちっとした密室を求めるのは不可能と

言われていたことへの挑戦であったとか。

 

ところで、この「D坂の殺人事件」からこんな一節を引いておこうかと。

そして彼は人と話しているあいだにも、指でそのモジャモジャになっている髪の毛を、さらにモジャモジャにするためのように引っ掻き廻すのが癖だ。服装などは一向に構わぬ方らしく、いつも木綿の着物によれよれの兵児帯を締めている。

これは乱歩が創造した名探偵の初出シーンの一部でありまして、

冒頭で触れた明智小五郎の若き日の姿…だというのですが、

こりゃあ、どうしたって横溝正史描くところの金田一耕助ではありますまいか。

 

映像で見る「明智くん」は、例えば2時間ドラマで北大路欣也あたりが

スーツにばりっと身を固めて颯爽と登場!てな気がしてしまうところながら、

乱歩が作り出した姿はこうだったのですな。

そして、確実に横溝・金田一に影響を与えている。

 

と、それはともかく、日本家屋で密室を作り出すことの難しさに対するひとつの方法として

(ネタばれに敏感な方には申し訳ないながら)心理トリックを呈してみせたのが本作でしょうか。

 

元来、乱歩はこの心理の面、それが昂じて?猟奇的な方向へ、倒錯的な方向へと向かう

作品がまま登場することになるんでしょうけれど、その辺りが「赤い部屋」以降に

色濃く反映されておりますね。

 

人間の心の闇といいますか、そうした面が無いとはいいませんが、

あまりそうした部分を深く抉る方向性は、個人的には遠慮しておきたいところでして、

続けて読んでいるのが少々精神安定上に不均衡を及ぼすと言いますか。

見方によっては、それだけ良く出来ているということでもあるのでしょうけれど。

 

ミステリーの手法という点で「心理試験」は

(当時海外でも珍しかったとされる)倒叙推理への挑戦だったそうですが、

作品作りには明らかにドストエフスキー「罪と罰」 のエッセンスが落としこまれていましょうし、

当時の海外探偵小説に限らず、膨大な読書量があって乱歩の作品が生み出されるという気が。

この短編集の中でミステリーとしては、いちばん面白かったかもしれないですね。

 

ところで、全くの余談になりますが、「赤い部屋」の中にあった一節です。

この線は、私の計画には最も便利な山の中を通っているばかりでなく、列車が顚覆した場合にも、中央線には日頃から事故が多いのですから、ああまたかというくらいで、他の線ほど目立たない利益があったのです。

話の脈絡としては何のことやらでしょうけれど、ここでの注目は「中央線」(現JR中央線)のこと。

「赤い部屋」が発表されたのは1925年だそうですから、今から90年も前なわけですが、

そこ頃からしてすでに「日頃から事故が多い」のが中央線であったとは?!いやはやです。

 

と、余談はともあれ、

江戸川乱歩が日本の探偵小説黎明期に果たした役割は大変なものであったろうと偲ぶに

十二分の「傑作選」であったように思うのでありました。