先に「佐伯祐三とパリ」展@静岡県立美術館 のことを書きましたときに、
実は同時に展示されるサントリー・コレクションのポスターの数々を楽しみとしつつも、
ちと点数も少なくて…てなことだけでポスター関連のことはお終いにしてしまってました。


しかしながら、確かに(展示替えが予定されている故に)少ない展示の中でも
「これは!」というものはあるわけでして、そのひとつがカッサンドルの「北方急行」という作品。
インパクトの強さは他を圧しており、思わず目が釘付けと言ってもよろしいかと。


カッサンドル「北方急行」(部分)


ただひと目で、グラナダTV版「名探偵ポワロ 」のオープニングを思い出させたことが
強く印象に残る源でもあったとろうとは思いますが。

もっとも似ているという点では、一度「北方急行」用に描いたものの、
そのやや横長の版形の故にクライアントからボツにされ、
翌1928年にL.M.S.ベストウェイのために転用した作品の方がさらに似ているな…

とは後からのお話。


TVシリーズ「名探偵ポワロ」オープニングより カッサンドル「L.M.Sベストウェイ」(部分)


とまれ、エルキュール・ポワロの活躍時期はだいたい1920年代、30年代でしょうから、
カッサンドルが「北方急行」のポスターを制作した頃の時代の空気に近いこともありましょう。
そして、その時代の空気感を示すひとつの要素がアール・デコとなりましょうか。


余り詳しくないのでポスターというと、
(ポスターが告知する内容にはいろいろあったろうものの)やはり思い付きやすいのは
劇場公演の告知ポスターであって、まずはロートレックを思い出し、次にはミュシャかなと。


特にミュシャは主演女優の立ち姿を取り巻く長い髪と、
それに同期する植物の茎などが柔らかく弧を描ような表されている、
つまりはアール・ヌーヴォーに繋がるものでありますね。


これがカッサンドルになりますと、
「北方急行」は端的な例ですけれど、非常に鋭角的な線になっています。
円弧を使用するケースもありますけれど、これもどちらかと言えば

不安定なハンドライティングというより分度器の半円部分を当ててかっちり引いたかのような線で、つまり幾何学的なのですね。


しかもポスターによる告知物のバリエーションが増えていった結果、
そこに描かれているものは(当然に硬質な)機械、ここでは機関車だったりするわけで、
幾何学的な描線とはぴったりマッチするものが対象だったりもするという。


とはいえ、カッサンドルがこうした「硬い」ものばかりを対象に
ポスター作りをしていたわけではないのですけれど、告知するモノがなんであろうと
カッサンドル作品が商品の話題性を高め、またポスター・デザインの現場に与えた影響も

極めて大きいそうな。

弟子でもあったサヴィニャックがこんなことを言ったそうです。

私が制作したいくつかのポスターはカッサンドルの亜流の作品にすぎない。彼はけっして他人に影響を及ぼそうとはしなかったが、そのパワーはあまりにも大きいので私は無意識のうちに彼を模倣していた。

そうはいっても、サヴィニャックの方が優っているなと思うところもありますね。
「ユーモアのセンス」という点では、カッサンドルにまるでないわけではないものの、
サヴィニャックの方が自然に備わったものとしてあるように思います。


これは、元々絵描きを目指していたカッサンドルの、

(たまたま応募したポスター・コンクールに入賞してポスター作家になったのですが)
関心がシュルレアリスム に近いところにあったのではと思われることにも通ずるような。


カッサンドル「ギリシア」(部分)


ポスター作品でもシュルレアリスムっぽさを醸すものがありますけれど、

アメリカに滞在した際に交流を深めたのが
ジョルジョ・デ・キリコ、マン・レイ、サルヴァドール・ダリといった人たちであったというのもやはり
同調する要素があったのではないかと思うところです。


そして、アメリカに滞在したのと同時期にバルテュスとの出会いがあって、
改めてタブロー制作に向かうことになったようですけれど、
自らの家族を描いた一枚などは見るからにバルテュスっぽいと言いましょうか。


人物や背景を写実的に描いていながら、どこか妙、何か変と感じさせるあたり、
バルテュス的というか、ざっくり言えばシュルレアリスム的というか。


今や知る人ぞ知るになってしまった(自分が知らなかっただけかもですが)カッサンドル。
ポスター、タブロー以外にも舞台装飾(プーランクのバレエ「オーバード」のモンテカルロ公演等)や
LPジャケットのデザイン(1950年代後半頃)などを手掛け、さらにはタイポグラファーという面も。


ちなみにイヴ・サンローランの、

ちょっと傾いだ細身のロゴと頭文字三文字(YSL)を重ねたデザインは
カッサンドルの手になるものだそうです。


折しもバルテュスの方は(唐突に?)回顧展が開かれたりしてますが、
今でもそのデザイン性は新しく感じられるカッサンドルも

ちょっと先ですが没後50年の2017年に回顧展なんつうのはどうでしょうかね。

(後の注記:没後50年は2018年のようですね…)