これまた何気なくでありますが、
「ロング・ライダーズ」という映画を見たのでありまして。
いわゆる西部劇
となりましょうか。
ただ抒情的なふうでなく、かといってガン・ファイトで見せるアクションものというでなく、
DVDカバーにはスローモーションを多用したバイオレンス云々てなことが
書かれてた気もしますが、さほどでもなく。
登場人物がジェシー・ジェームズという、
西部開拓時代きっての無法者として有名な人物なだけに、実録ものと言えなくもないですね。
(ただし、話が全て実話かどうかは分かりませんけれど)
ところで、タイトルの「ロング・ライダーズ」とは
ジェシー・ジェームズが率いた強盗団のことでありまして、
何でも銀行強盗というのはこの一党が世界で初めてやったことなのだとか。
実際、映画の中でも銀行を襲い、列車を襲い…と悪事に勤しむ彼らでありますが、
そうした面とは違う人間味と言いましょうか、ジェシー自身の結婚がエピソードとして
入れ込まれていたりする。
もちろん悪党だって結婚することはありましょうけれど、
これが至って堅気の、ごく普通の女の人で決して誑し込まれて云々といったところもない。
そればかりでなく、ジェシー一党をピンカートン探偵社の連中が追いかけるわけですが、
彼らの取り巻きは(みな堅気の普通の人っぽいのに)ジェシー一党に肩入れしているのですね。
おそらくは一部の人々にとっては義賊的側面を持っていたのかもと思いつつも、
決め手はやはり、途中で分かってくるようにジェシー一党は南軍だったというあたりかと。
結果的には北軍の勝利で終わる南北戦争
で、
南軍側に残されたものは恨み辛み心の傷だったかもですね。
経済的にも黒人労働力を頼るプランテーション経営に駄目出しされることにもなりましたし。
特に南軍兵士として戦った者たちは何が与えられるわけでもなく、
尾羽打ち枯らして食い詰め、ついにはジェシー・ジェームズのように
北軍側の!銀行を襲撃するような挙に出るものも現れることになってしまったのでしょう。
強盗を働くことが不届きなのは分かっていても、
それが北軍側とあっては、周囲でもむしろ快哉を叫びたいような壮挙に映ったかもしれません。
そうしたジェシーに仲間ができ、祀り上げられていくのもまたありそうなことと言えましょうか。
と、ここまで来て唐突に思い出すのは、西郷隆盛であります。
ジェシー・ジェームズとの関連で引き合いに出されては西郷さんもびっくりでしょうけど、
戊辰戦争で(こちらは勝ち組であったにも関わらず)世の中はひっくり返り、
それまでの侍の待遇は四民平等(実が伴うのは後々にせよ)で地に落ちた感がある士族が
いたわけですね。
彼らの憤懣やる難し。
西郷さんとしては、新しい日本を作るためには致し方なしと思ってはいても、
大久保利通ほど冷徹にはなれないばかりか、度量が広いだけに
彼らの思いがよおく分かってしまう。
結局のところ担ぎあげられるままに、
西南戦争の大将ということになってしまうわけですが、
そうしたことでもないと収まりのつかない状態だったのでしょうね。
「おはんらの気持ちはよっく分かる。おいが全部引き受けるじゃっで、忍んでくいやんせ」
ええかげんな薩摩弁を弄して恐縮ですが、そんな心中ではなかったかと。
同じように並べてしまうのはどうかと思いますが、
太平洋戦争の敗戦に際して割腹自殺を遂げた時の陸軍大臣・阿南惟幾も
似たような思いがあったのかもしれんと思ったりします。
現実はともかく「日本が負けるわけがない」といきり立つ軍人たちを抑えるといったことは
全く触れずに、「一死大罪を謝し奉る」との言葉だけを残して。
こうなってきますと、ある程度の地位というか、立場にある人には
(当然なのかもですが)自身の個人的な思いとは全く裏腹なことであっても
時にはさもそれを信奉しているかのように振舞わざるを得ないのでありましょう。
先日見たMETライブ「イーゴリ公 」では、主人公のイーゴリ公が
自らの意識はそこまで追いついていなかったことに気付かされる場面が終幕に出てきます。
ポロヴェツ人の襲撃を撃退すべく出撃したものの、自軍は壊滅し、
多くの兵士を失いながも自らは捕虜として生き長らえてしまった。
機を見て敵陣からの脱走を図り、領地に戻ってきたものの、
破壊の限りを尽くされた町を見て、自分だけが何ゆえおめおめと…。
悲嘆にくれるイーゴリ公でしたが、町の者たちは公の帰還を諸手を挙げて喜び、
町の再生、またあわよくばポロヴェツ軍に対する勝利の予感を見出して、
打ち沈んだ町が、人々がいくばくかの活気を取り戻すわけです。
イーゴリ公自身がどう思おうと、
自分は生きていかねばならないと思わされたのではないでしょうか。
と、ここで最後にもう一人、思い出したのは乃木希典であります。
日露戦争 で第三軍を率い、旅順要塞攻略に携わるも、どうにもこうにも落とせない。
死傷者ばかりが増え続ける中、結果的には総軍の参謀総長であった児玉源太郎が
(同じ長州出身でもあり、見るに見かねたか)作戦に加担して、
ようやっと陥落させることができた…。
乃木もまた、イーゴリ公のように
多くの兵士を死に至らしめてしまったことに対して自責の念を持ち続けていたわけですが、
乃木の最期はご存知のように明治天皇崩御に殉じて自決するという形。
これは、夏目漱石 が「こころ」の中で「明治の精神」の終焉と結び付けていたりして、
そうした側面が無いとはもちろんいえないのでしょうけれど、
乃木個人にしてみれば、常に死に時を考えていて、このタイミングをおいて無いというが
本音であったかもしれません。
後世、乃木神社に祀られて神様化されるなんて、
当人にとってはそんなそんな!と思惑違いに顔を顰めておられるやも。
ですが、「日露戦争の英雄(!?)」の自死が激動の明治の終わりを告げるものと
衆人に受け止められてしまうあたり、乃木希典もまた
個人の思い通りではない生涯であったことを引き受けなければならない立場にいたと、
そういうことなんではないかと思うのありました。
アメリカ大西部も荒くれ者の話からとりとめもないことになってしまいましたけれど。