引き続きDVDでグラナダTV版「シャーロック・ホームズ」を見ているのですけれど、
シャーロキアンからすれば「ご無体な?!」と言われそうな順不同で…という実状、
短編としては最初の作品となる「ボヘミアの醜聞」がようやく出番となりましたですよ。


シャーロック・ホームズの冒険 DVD BOOK vol.2 (宝島MOOK)/宝島社


この作品はかのアイリーン・アドラーが登場することで有名ですので、
どうしてもそっちの方ばかりが気になってしまうところ。


ホームズの口から出たと思えないほど(ワトソンもびっくり!)に

アイリーンの美しさが語られたりするものですから、
そしてホームズを出し抜くということも考えればどれほどの才色兼備の人物かと

想像をたくましくするわけです。

でもって、映像では当然に人として姿形を現すとなれば、

どれどれ、どんな人?と思いますですね。


ちなみに最近のロバート・ダウニー・ジュニアがホームズを演じている映画シリーズでは、
アイリーンがどうにも峰不二子のようなふうに描かれて、

そう考えるとレイチェル・マクアダムスというキャスティングはぴったりとも思えますが、
TVシリーズ版に登場したアイリーンはゲイリー・ハニカットという女優さん。


年齢的にはちと高めかと思わないではないですが、

ジェレミー・ブレットが演じているホームズを思えば
なるほどなぁと思わなくもない。かなりいい線だとは思われます。


と、アイリーン・アドラーを確認して「ふむふむ」と思ったところで、

今度は違った面に目を向けてみようかと。


コナン・ドイルによる原作が書かれたのは1892年、作中の年代は1888年とされているようです。
(ただ3月20日とまではっきり書かれながら、示唆される曜日が合わないことから年号違いの指摘のあるようで)


「ボヘミアの醜聞」と言われるスキャンダルの対象はボヘミア国王なんですが、

1888年頃のボヘミアは一応王国ではあっても、

オーストリア帝国内でフランツ・ヨーゼフ帝が国王を兼ねていたというのが実態。


では「この人はいったい?」と、

架空の物語であることは承知の上でモデル探しが何かと喧しいことにもなるようです。


話の中では「カッセル・フェルシュタイン大公、ボヘミア国王ヴィルヘルム」ということになっていて、

本人の語るところから年令が30歳であることが示されます。


ヴィルヘルムという名前からして

ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世(1888年6月即位)ではないかという説もあるようですが、
ヴィルヘルム2世は欧州にありがちな複雑な婚姻事情の結果として

ヴィクトリア女王の孫という関係ですので、
モデルに使ったとなるとちと差し障りが出たのではないですかね。


そこで、ボヘミアがオーストリア帝国の一部であることからしてハプスブルク家に目を移せば、
時のボヘミア王であるフランツ・ヨーゼフ帝の、その息子ルドルフ大公が急浮上しようかと。


1889年にルドルフ大公が恋人と情死を図った「マイヤーリンク事件」は

オーストリアの醜聞とも言えるものでしょうし、1858年生まれの大公は

1888年当時はまさに30歳(ヴィルヘルム2世はひとつ年下)でもありました。
やっぱりヒントになったのではと思ってしまいそうなところですよね。


モデル探しはともかく「ボヘミアの醜聞」のお話ですけれど、
国王はかつて皇太子時代に出会ったアイリーン・アドラーと交際していたが別れ、
このほどスカンディナビア王国(スウェーデンですかね)の王女との婚約が調い、

発表間近という状況。


そこへ国王とのツーショット写真を持っているアイリーンが

「婚約者に写真を送っちゃうぞ」を脅しをかけてきたとして、
ホームズに捜索を依頼してきた…という展開。


表面的にはアイリーンの側が悪いように見えるわけですが、

本当にそうなんでしょうかね…と思うところでもあります。


話の中で、アイリーンは「国王から逃れる」という言い方を二度しています。

そして写真は「保険(保障だったかな)」だとも。


つまりは、王国どうしでの婚約相調ったからには

何とかして過去を抹殺したいヴィルヘルム王としてはまず写真をどうにか取り返して処分し、

その上でアイリーンを亡き者にしようと考えていたのではないかとも思えます。


先走ってアイリーンに手を掛けたところで、

写真が残ってはどこかしらを辿ってスキャンダル再浮上にならないとも限らないですし。

こうした考えは、もしかするとホームズ同様?アイリーンに幻惑されているのかもですが。


ところで、ホームズは自分を出し抜いたアイリーンを特別に意識したことが描かれますが、
(結果オーライ的解決にあたり国王に所望した褒美はアイリーンの写真でしたし)
シャーロキアンの中には空想の膨らませ方のすごい人がいるようで、

後にホームズがライヘンバッハの大滝でモリアーティと格闘し、
数年を経てベーカー街221bに帰還するまでの間、

アイリーンと過ごして、息子もいるのだという見方もあるようです。


ですが、ホームズのちと常人離れしたところからしても、

もそっと違う感情を秘めていたのではないかと想像するわけで、
TV版ではその辺りのヒントと言いますか、

想像を巡らす材料が提示されていると考えてもいいかもですね。


同じシリーズで少し前に見た「入院患者 」では

ヨアヒムが弾くベートーヴェンのコンチェルトの話が出てきましたし、
別の回ではサラサーテの演奏会場にいるホームズが映し出されたりもしました。


確かにホームズはヴァイオリンを弾くという設定ながら、

TV版での音楽要素の挿入は原作以上なのではないかなと。


そしてこの「ボヘミアの醜聞」では、事件解決までの日数が少ないとされる中で
さらに「チャイコフスキーの演奏会がある」ことを理由に

そそくさと捜査にかかる様子が描かれているのですよ。


では、ここで出てくるのがなぜチャイコフスキー(1840-93)なのかと考えてみるわけですが、
事件の当時としては1888年3月と1889年4月、チャイコフスキー自身がイギリスにも

演奏旅行で来ていたのだと言いますから、かなりリアリティのある挿話になっているだけでなく、

やはりここでもフォン・メック夫人のことを思い出すわけです。


チャイコフスキーとフォン・メック夫人の間柄 というのは、

単なるパトロン関係とも強いプラトニックなものともいろいろ想像されるところですけれど、

他人の理解を超えた「何かしら」の関係を思わせるところがあるわけで、
その他人の理解を超えた「何かしら」の関係というのが、

ホームズとアイリーンを結ぶ線なのではと思うところです。


とまあ、想像のたくましさにかけては

先に触れたシャーロキアンに及ばずとも引けを取らないものであったかもですが、
TV版で見る楽しみというのも確かにあるなとは思うところでありますよ。