以前のブログにて歩き方の私なりの工夫を上げています。

この歩き方を意識していると、臍下丹田というか、スワーディシュターナチャクラに重心が行きます。

そうすると、頭部や肩に力が入っていたところが、抜けてきます。

もともと肩に古傷をもっている自分としては、いかに、肩から肩甲骨周りが張っていることが如実にわかり、なるべくそこから力や緊張が無いように心がけます。

 

緊張をゆるめてくると、反対側の反射区となる筋肉にも力が入ってたことがわかり、そちらも緩めていく必要があると感じられます。

 

身体は自然とバランスを取ろうとしているんですね。

 

でも、均整がとれるように緊張感が作れるかというとそうではなく、若干ずれたりしますので、そこは背骨のずれとなってしまうようです。

 

そして、そのズレを直そうとして、他の筋肉に緊張が走る。

 

また、別の部位に緊張が走る。

 

このように、連鎖して、緊張が全身にいく。

 

一か所を直すと、バランスがまた変わるので、また、違うところが固くなったり。。

 

なかなか、一遍に治すことは難しい。

 

とくに放置していたものはムズイ感じがある。

 

ただ、一つ一つ、丹念に解しながら、いまの身体のベストを探すべく、わかる範囲で筋肉の緊張をほぐしていく。

 

これを繰り返していくと、徐々に本来の骨の位置に戻るし、不要な筋肉の緊張は取れてきて、身体が軽くなってくる。

 

すぐには難しいが、段々によくなっていくことが実感できれば、継続は可能。

 

いまは、肩周りの筋肉のほぐしが、かなりできるようになってきています。

 

それにより、背骨の位置の感覚や、そのズレがよくわかるようになってきた感じで売S。

 

で、首の凝りが、気になってきた。。

また頭蓋骨の位置が変わってきたみたいで、支える首回りの筋肉の使い方がよくわからない。。(首が凝っていたことが判明)

 

もう少ししたら、首の位置の変化が安定し、筋肉もそれに合わせて調整されるものと思います。

 

より、背骨の状況が感じられるようになると、スシュムナー管もさらに明確にわかるようになることを期待しています。

 
次から次へと、筋肉の緊張を発見するのではあるが、それをほぐし進めると、身体は軽く感じられてくるので、そこに期待をしながら、継続しています。
 
最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

瞑想する時間を毎日取ることに心掛けています。

 

朝、4時くらいから6時の間の1時間から1時間半程度。

(本当は決まった時間に始めるのがよいようですが、、)

 

瞑想は、なかなか安定しないものです。

(修行が足りません。泣)

 

自分自身の感覚で、今日は出来た!今日は注意が散漫で、上手くいかなかったということがあります。

 

要因は何でしょう?

 

それがわかれば、常にいい感じで安定して瞑想ができるものかもしれません。

 

まぁ、なにが良い、なにが悪いというのも、おかしな話かもしれませんが。。

 

自分の中では、

思考を停止する(あれやこれやと考えない、、)

もしくは

チャクラの位置を感じ、そこに集中できている

ということを目指しています。

 

チャクラも身体の中に7つもありますので、日によって集中しやすい箇所や、集中できない箇所があったり、、

チャクラ間の繋がりが、うまくいったり、行かなかったり。

 

なかなか安定しないものです。

 

凡そ、前日に起こったことや、今日しなければならないことが浮かび、反省と整理に当ててしまうことになってしまう。。

(これはこれで生活する上で必要かもしれませんが。。)

 

本来目指している方向とは違うので、ややストレスw

 

なので、増やしてみました。

 

寝る前に30分から1時間程度

 

こちらに、今日の出来事の整理と明日の段取りを考える。

 

そして、翌日寝起きは、本来の目指す瞑想状態に集中!

 

それはそれでも雑念出てきますが、すでに整理がついているんで、それに気づいて、

 

「はい、おしまい! 本来に戻りまーす」

 

と宣言し、集中開始。

 

という感じで、、

 

一つの方法ですが、これで朝の瞑想タイムは以前より質が向上したかと思っています。

 

おまけ

 

最近、世の中が明るく、楽しいものに見えてきました。

(世界情勢や治安のよくないニュースが頻繁に流れますが、、)

 

自分の中の心の変化でしょうか?

 

別に仕事や家族のなかでの問題が解消している訳ではないですけど、

四六時中、悩みや不安にさいなまれることがなくなりました。

(これって、無限ループに入って、気が滅入ってきますね)

 

それが開放された感じ、正確にいうと、そういううだうだしている時間が極端に減りました。

 

そうすると周りが見えてきます。

 

いまはツツジが綺麗ですね。

 

東京の街路にはツツジがいっぱい植えられており、鮮やかなピンク、赤の花をつけています。

新緑が目にまぶしく、植物のこれから大きく一杯葉っぱを広げるぞ!っていう気持ちが伝わってきます。

 

行きかう人々の動きも、、それぞれいろいろな人生を背負っていきているんだなぁと思ったりして、

思い詰めている人、、一所懸命に歩いている人、、楽しそうに歩いている人、

身体の一部に故障を抱えている人(歩いている姿で大体どこが悪そうか見えたりしてw)

様々です。

ただ、おせっかいはできないできないし、するべきではないかと思っていますので、何も言いません。

 

鳥のさえずりも、、聞こえてきます。

(最近烏がうるさいですけどw)

 

なんか、なんやかやとあっても、それぞれ響きあって、動いているんじゃないかと思えたりします(調和してる?)。

 

私も以前は、しかめ面して歩いていたんでしょうね。。。

 

今は、ニコニコしてあるくことにしてます。

だって、楽しいというか、歩くだけでも幸せでしょ。

この時間は何物にも代えられない。

子供と一緒にあるくにせよ。

一人であるくにせよ。その時間は、その時間なんです。

悩みや不安を感じる必要がないんです。

 

ウクライナやパレスチナではないです。

(ほんと日本は平和だと思います。ウクライナ、パレスチナに平和が訪れますように!)

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

地球と喧嘩しないようにするには?と大それた話をしましたが、

意識はそれでも、実際物理的には地面と反発するような動作になってしまいます。

なんば歩きは、それでもなるべく反発しない歩き方だと思います。

前のプログを出した後、しらべるとなんば歩きでもいろいろな歩き方があり、、

どれがいいんだろう?本当なのか?

って疑問になったりしてwww

 

情報がありすぎるのも、迷わせる話にもなるんですね。

 

実際、いろいろ試してみています。

 

いまだに、歩き方は定まっていませんがw

 

以前は、ふくらはぎとアキレスけんをつかって地面を蹴ってあるく感じでした。

 

いまは、太ももに意識をもっていき、太ももからあるく、ふくらはぎに力を入れないようにしながらあるくことを念頭にしています。

そして、仙骨をゆるめて、仙骨、太ももで歩く感じです。

 

これだと、足裏全体で地面に接地し、それを水平移動していく感じでしょうか?

じゃっかん足裏がキャタピラーになった感じかな?

 

足首が固くならず、スムースに移動できる感じかします。

ただ、いままでふくらはぎ、アキレスけんを使ってたぶん、違和感が半端ない。

不安定な気もするのですが、

太ももからあるくことで、下丹田にも意識があり、安定している気もします。

 

しばらくこちらほ歩行で慣れるか見ています。

 

他の人から見るとやや変な歩き方に見えるかも。。

 

でも、本来の日本人の歩き方なら、それでもいいかとw

 

また、変化があればブログで発信しますね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

ちょっと前に、、

 

 

で、姿勢が変わったことによって脚や股関節の使い方に違和感がでてきた話をしました。どのような歩き型が良いのか、いろいろ試してみています。

 

ポイントとしているのは、

 

楽な歩きができること。

重心(意識)が下にあること。

地面と喧嘩をしないこと。

 

です。

 

楽な歩きであることは、、

歩いて疲れないこと。無理な力がかかると、それは筋肉に緊張が入り、疲れが早くなります。なるべく力をいれず、軽やかに歩けることを目指します。

 

重心が下にあることは、、

よく言われる臍下丹田のところに意識をもっておくと、身体が安定して、ぶれにくいことがあります。また頭に重心(意識)があると、だいたいフラフラした動きとなり、咄嗟の動きもできなくなります。むしろ倒れたり、転んだりしやすいといえます。

 

地面と喧嘩しないことは、、

ノイキャンのイヤホンをして気づいたように、思った以上に歩いているときに地面をがんがん踏んでいます。

 

踵を地面に着けるたびに、ガンと頭まで響きます。

神経を繊細にみると、踵の響きが、踝にきて、踝周りの筋肉、筋を緊張させています。それが、膝関節にきて、また膝関節周りに緊張が来ます。そして、股関節に来ます。股関節まわりが固まってくるんです。すると尾骶骨にきて、背骨、肩、首、頭骸骨と、響きが伝わり、全身が緊張します。

 

そこで思ったのは、「いかに人間は地面と喧嘩してあるいているのか。」ということ。

 

マザーアースといいながら、地面を大切に思っているのか?

 

地球と触れているのはまさしく地面。

 

その接地面から感じ取るものがないわけがない。

 

喧嘩していたら、地球と繋がらないのではないでしょうか?

 

まぁ、アスファルトやコンクリートですと、自然に足(脚)は硬直してしまうかもしれませんね。

人間の創造物は時として地球を感じることを遮断してしまうものかもしれませんが、、

でも所詮、量子力学的にいえは、量子の交換なり、振動は伝えられるし、伝わるものでしょう。

 

いかに地面にやさしく接することができるをテーマにして歩き方を工夫してきています。

 

その確認はノイキャンイヤホンでできますのでwww

 

重心(想いの中心)が上にあるより下にあるほうが、振動は頭に来ません。

踵を置くときはなるべく優しく接するように、、

 

 

で、、いまよさげな歩き方を模索しているなか。。

たどり着いたのが、

 

なんば歩き

 

なんば歩きも、、ネットでもいろいろあるんで迷いますがww

昔ながらの動きを維持しているのは、、能の歩き方かな?と

 

 

 

古武術系でも

甲野さんがいいかな?

 

 

 

いまは、能ベースのなんば歩きを実践中。

まだ、こなれていないんで、ふくらはぎとか筋肉痛にww

 

現代人の歩き方からするとちと不格好にみえるかな?

でも、自分にとって、地球にやさしくあるくにはこれがいいのではないかと思っています。

腹が座りますし、上下運動がない分、安定してスーッと移動する感じです。

何しろ大地と繋がっている感じもありますので、、

 

 

また変化があれば、アップしますね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

KanenoriによるPixabayからの画像

 

いつも拝読しているブログです。

私の心を見透かされている気がして、心を律して。。。。

 

 

今回は、かなーり刺さりました。

スピ系のブログはいろいろございます。お手軽なものから、重たいもの。。

このブログは一線を画していると思っています。

 

 

 

自分の想ったストーリで課題が出てくるわけではないんですよね。

今、現実として目の前にある事象。それを課題として認識し、いかにグランディングしていくのか、、

その心構えなり、その処し方をいろいろな表現を駆使して言葉に紡いでくださる。

 

ときどき、挫けそうになる自分に照らす灯台のようなブログです。

 

おすすめいたします。