他人との関係を意識している人間は、大抵何かを参考に、もしくは誰かの真似をしているだろう。
私がそうだ。体にはいくつもの自分でなかったものの動きが染み付いている。
それを含めて自分と言うことは簡単でも、そう信じることは少し難しい。
今年の終わりを記念して、自己紹介の代わりに、私が私の事をどう思うかを書いてみようと思う。



ナポリタン

カレーライス



物事を考えられる人を尊敬する。格好よく見える。
そして私には格好良くなりたい願望がある。
そうして、いつからか思考できる人間を目指すようになりました。

個人の考えはともかく、多くの人は集団に合わせて考え方まで変えてしまうように思う。久しぶりに会った人が変わってしまっているのは、そんな原因だろう。
悲しいことに私だってそうだ。環境が変わる度に思考が変わる。故郷に帰ると、周波数にズレを感じる。
常に一定でありたいとは思うのですが、難しいみたいです。



もう一つ
自分の考えが捉えにくいとよく思う。周りには優柔不断と言われる。
例えば冬は好きか嫌いかという質問に答えられない。
真剣に考えると、6好きで4嫌いといったところだろう。

私という人格は、個別に考えを持った微小な存在を重ね合わせて出来ている。
好きだと思う私がいて、嫌いだと感じる私がいて、わからないと考える私がいる。
この小さな私達は困ったことに、意見を纏めようとはせず私にダイレクトに意見を主張する。
そうして、一人という群体が出来るのだろう。

私のことが一番わからないというのは言い過ぎだろうが、私以上に私を理解している人はいるのかもしれない。

ああ、ひょっとしたら私は人の考えがわからないだけなのかもしれない

いつからだったか
鈍感なフリをするフリをしている。
鈍いやつには鈍いやつだと思われ、鋭いと思い込んでるやつには鋭いやつだと思われる。
結局のところ、理解されたくないだけなのかもしれない



お茶漬け
味噌バターコーンラーメン
グラタン



バカって言うやつがバカ
そう言うやつも当然バカなのだろう。
政治家ってバカじゃん、なんて言葉を耳にした。
彼は何を言いたかったのだろうか。
好意的に受けとるなら、「なんかイライラする。バカな政治家の悪口でも言って発散だ」とか「政治の話したら俺格好良いかも」というところだろうか。
いずれにしても、悪口しか言わない類いのワイドショーでも見たのだろうと思える話だった。



しかし、少しもバカでない人間はいるのだろうか。恥ずかしいからバカに見えないように努力しているだけに思える。
つまり、考えて話しているのだ。
言い換えてしまえば結局ただの見栄なのだけれど



そういう見栄を何枚も何枚も重ねて、何だかよく分からない塊が出来て、大人になったと納得する。
バカじゃんと言った彼も十年もすると、分からないことは口にしなくなるだろう。



最近、早く大人になりたいと言う子供が少なくなったように思う。
大人になるという言葉に込められた暗い意味を感じているのかもしれない。

まだ大人になりたくないと思いながらも、バカに見られたくない私は、きっと昔とは全然違った大人になっているのだろう。

本当の私を思い出すことは、二度とない。

雪が降る日にテンションが上がるフリを始めた。

テンションが上がると腕の振りが少し大きく、爪先を少し高く上げるように(楽しそうに)歩く

無表情がポイント



お茶漬け
担々麺
フライドポテト



悪い政治家がいることの何が悪い
悪いメディアの方がよっぽど悪い
彼らが誰かを非難するたびに、彼らが諸悪の根元のように見えてしまう。



人前で疲れた嫌だなんて言う人の気が知れない。
こんなに面倒な事をしてやっていると自慢しているのだろうか。それとも、慰めて元気付けて欲しいのだろうか。
暗い部分は暗いから見えないはずなのに、何故わざわざ明るい方へ持ってくるのだろうか。これは明らかなエネルギーロスだ。



税金と心のエネルギー(考えてみる)
どちらの無駄遣いが悪いかと統計を取ったら(イメージ)

最もらしい理由を付けて、税金だと言う人が20%(一番お近づきになりたくない人種だ)

どこかでそう聞いたから、税金だと言う人が35%(これは仕方がない)

一応考えてはみるが、良くわからないので適当に答える人が30%(好感がもてる)

自分なりの意見をまとめて、何らかの結論を出す人が残り(尊敬)



テレビはインチキではないだろうか
多くの人(つまり85%)は、「こんな悪いことをした悪人だ」とニュースで言われると、その通りだと考えてしまう。
なぜか
なんでだろ
テレビの魔力?魅力?