最近机に向かっていることが多いせいか
人と接する機会が減っている。
そのせいなのか分からないけど
人との接し方が若干ずれてきてるのを感じる。
例えば
「ここまで言ったら失礼だけど、ここまでは愛嬌だ」
とか
「ここまでやったら怒らせるけど、ここまでなら度胸だ」
とか
何事も細かい境界があると思うけど
その感覚が若干ずれてきてるのを感じる。
目に見えて問題が起きているわけでもないんだけど
少し違和感を感じ始めている。
皆さんもそんなことはありませんか?
何でこんなことを言い始めたのかというと
今、自分の感性の状態を疑い始めているからだ。
昔、師匠から言われたことで
心に刻まれていることがある。
それは「現状維持は退化だ」ということ。
矛盾してるようだけど、よくよく考えるとそうなのだと
痛切に感じる。
人や世の中は日々変動していて
時間というものが右肩あがりの
グラフを描くとしたら、
並行の線を描く現状維持グラフは
たちまち時間軸に置いてかれてしまう。
そして老いて枯れてしまうのだ。(なんちゃって)
その理論上のグラフはこうだ。
このグラフから上記の理屈と
私がいかに数学が不得意であったかが
お分かりいただけると思うが
つまりこういうことなのである。
20歳くらいの頃は
「早く自分を確立させたい」と
躍起になっていたけど
30を少し前にして今、思うのは
「常に自分を壊し続けないと進化できない」
ということ。
ここでようやく今日の造形の話ですが
最近、人体の構造が少し分かってきたのか
造形作業が
こなれてきた
感じがしてます。
これはいいことのようで非常に危険なことだと思う。
今、僕はある意味安定飛行の
現状維持飛行態勢に入りつつあるのではないかと
ひしひしと感じるのです。
一度退化してしまった感性はそうやすやすと
取り戻せない。
昔の売れていたころのイメージにしがみつく歌手のようには
なりたくない。
長渕剛のように自分を壊し続けて
進化しなければいけない。
ということで次作から造形への、人体解釈への
アプローチを変えてみようと計画中です。
今までは実は貧弱な自分でポーズをとって写真を撮り
体の流れや骨格をつかんで
あとは資料を見ながら理想の体にふくらましていく
という作業を続けていましたが
これは想像の余地が大きすぎる。
その想像で作る部分がくせになってしまって
こなれてきたと感じているのかもしれない。
というわけでまずは素晴らしい筋肉を持っている
人に撮影させてもらうことから始めようと思います。
人体をもう一回本腰を入れて
勉強しなおさないといけないと思っています。
やっぱフィギュアを作る上では本物をを理解したうえで
アレンジや解釈をすべきで
その本物にまずは早く辿りつかないといけない。
つねに
「果たして本当にそうなのか?」
「それが最善なのか?」
模索し続けなければダメなんですね。
今の自分にできること。
まずはもがくことしかない!!



























