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前チームの仲良しママさんとバッタリスーパーであって、近況報告がとても盛り上がりそうだったのでランチの約束をし、
パートを休みランチへ行ってきた‼️
このママさんはホントに人が良くて可愛くて大好きで、子どもたちも人懐こくて大好きで、パパさんも癒し系で大好きで。
前チームを去る時にも1番悲しんでくれて涙目になったり、さよならプレゼントをくれたり、このチームに入って1番良かったことは、母チャンと会えたことだよ!!と、嬉しいこと言ってくれたりした。
数日前にいつもは行かないスーパーに立ち寄ったら、ミンチのコーナーでえ?と言われ、え?と言って、えー!!となり感動の再会。ラインは時々してるけど!!
そしてランチへ行き、(この年になるとランチのお付き合いもめっきり減って、かなりお誘いも断る事が多いけど、今回は自分から時間ない?!と誘った!!)
それですごく良い時間を過ごせた。
息子くんの悩み、成長、近況報告だけで、こんなに嬉しい時間が過ごせるなんて。
ランチを終えて、良いご縁に恵まれたなぁと、感謝。
このママさんの何がこんなに好きなのか、なんで会うと元気が出るのか、また会いたいのか。
考えてみた。
多分、戦友のような気持ち(前チームの酷い状況を共に耐え抜いた。笑)なのだろうか、、、
母チャンと話すと元気でるわー!気持ちが上向きになるわー!!と、喜んでもらえた。
そう、母はスーパーポジティブなので、よくコレ言われる。が、いつもはエネルギーを吸い取られたように疲れるんだけど、昨日は大丈夫だった!!
前職場でも、空気清浄機と呼ばれていたし。笑
ニコニコ、挨拶、気遣い、、、
全て仏教の修行項目だ!!
和顔愛語。
誰でも今から簡単にできる。
ニッコリ笑って
ありがとう、おかげさまで、
そういう気持ちで。
なんでも、ありがとうと思ったり言ったりすると、脳が勝手にありがたい理由を探すらしい。
以下チャットGPT補足↓
脳には 「認知的一貫性を保ちたい」 という性質があり、口にした言葉と実際の感情や状況がズレていると、そのズレを埋めようとします。
「ありがとう」と言うと、脳は「自分は感謝しているはずだ」と解釈して、その理由を探しにいきます。
これは心理学では 認知的不協和の解消 や セルフ・パーセプション理論(自己知覚理論) で説明されます。
また、ポジティブ心理学の研究でも「感謝日記」や「ありがとうを意識して言う」ことが、幸福感やストレス軽減につながると実証されています。
つまり
「ありがとう」と言葉にする → 脳がその理由を探す → 実際にありがたさを感じやすくなる
という流れが起こりやすい、ということです。
だ、そうです!!
仏教では感情的に一喜一憂することも、ちょっと待ってをかける。笑
以下、また補足。
仏教で「一喜一憂しない方がよい」とされるのには、いくつか深い理由があります。
1. 無常の真理
仏教の根本には「すべては無常」という考えがあります。
喜びも悲しみも、ずっとは続かない。
外の出来事や人の評価に振り回されると、心は常に上下して安定しない。
だから「喜んでもいいけれど、執着しない」「悲しんでもいいけれど、そこに沈まない」という態度が智慧とされます。
2. 心の自由を保つため
一喜一憂は、心が外部の条件に依存してしまう状態です。
褒められたら舞い上がる
けなされたら落ち込む
これでは「自分の心を自分でコントロールできない」ことになります。仏教では、外の状況に左右されずに 平常心(しんの安らぎ) を持つことが悟りに近づく道だと考えます。
3. 中道の実践
ブッダは「快楽主義」と「苦行主義」の両極端を捨てて 中道 を歩みました。
「一喜一憂しない」というのは、この中道の実践そのものです。
過度に喜びに執着せず
過度に悲しみに沈まない
その真ん中にいることが、心をもっとも健やかに保つ方法とされています。
4. 苦を減らす智慧
強い喜びは「失う不安」や「もっと欲しい」という執着を生みやすい。
強い憂いは「嫌悪」や「逃避心」を生みやすい。
どちらも「苦しみの原因」になるので、心を平らに保つことが苦を減らす智慧になるんです。
🔹つまり仏教が説くのは「喜ぶな、悲しむな」ではなくて、
「喜んでも悲しんでも、それに溺れず、心の中心を保つ」 ということなんですね。

↓イチオシの本。何回も自戒を込めて読んでます。

