来週2週間は、地獄のように忙しくなりそうだ。それは、自分がやりたいことを全部やろうとしているから。基本的に忙しい環境が好きな俺には、そんなに苦ではない。しかも、自分がやりたいことで予定がいっぱいというのは、なんて幸せなことなのだろうと思う。


とはいえ、現実は「幸せだ」なんて思ってられないのが「忙しい」ということなのだろう。

しかも、今回の場合はいつも以上に「忙しい」と自覚しているから、それなりの対策をしていかないと、自分のやりたいことができなくなってしまうだろう。


さて、対策なんだけど、、、

自分の中で「忙しい」という言葉の定義は、

「24時間という限られた時間の中で、普段自分がやるべき予定に対して必要な平均的な消費時間よりも、消費時間が多い状態」だと思っている。

つまり、「予定」が多いか少ないかはあまり問題ではない。たった1つの予定に対して、自分が莫大な時間を使う必要があるのであれば、それは間違いなく「忙しい」状態になるであろう。(来年、卒論がこれに当てはまると思う)


で、今回はというと、「やることも多いし、1つ1つに対して割り当てたい時間も多い」状態なので、多少困っていまっているのだ。

だから、今回はまず、「時間利用の最大効率化」は必須条件。

そして、それでも足りないので、「やるべきことの序列」をつけて、それを順々にやっていくことが求められると思うのだが、、、


これが死ぬほど難しいのだ。というか、序列づけなんてできない。したくない。すべてが1位。。。


だから今回は「最大効率化」と「体力」を武器に華麗に乗り切ってみせたいと思っているんだが、まだ多少の不安があるかな。


いずれにせよ、今回の2週間で自分のキャパシティがまた増えることは間違いないので、それを目指して、さらなる成長をしていこう。

世の中全部偶然だ、なんて本を読んでいる。(こんな乱暴な書き方はしてないけど)


認知バイアス:基本的に悪なもの、という条件の下、



世界=偶然の出来事+人間の認知バイアス



が成立する、という前提を証明した後に(この証明が全く納得がいかなかったのだが)、「じゃあ、世界の有識者が科学的手段で世界から認知バイアスを排除することに成功したら世界はどうなるのであろうか」と必死に問うている本だ。結論からいうと、残る世界は偶然によって構成された不確実性の塊の世界であるということ。だから人間は、その不確実、偶然な世界を理論ではなく確率的に分析し、高確率な現象に対して対策を講じ続ける以外に「成功」する方法はない、という。


この本の主題である、「確率的に物事を分析する」ことは、最初はあまりに説得力のないものだったが、これが二元論、結果論への言及へと続いたとき、面白さを感じた。


成功するときほど、自分が認知バイアスを装備する瞬間はない。



自分も、成功した時ほどゼロベースな脳をしていたいものだ。

まずは、失敗から成功を学ぶことの方が重要だけど。

たしか将棋でこういう戦法を使ってる友達がいた。


その名の通り、常識をすべて無視して、速攻で突撃してくる「戦法」である。これが上手く行く時は派手でかっこいいのだが、失敗したときの負け様はひどいものだ。


さて、自分の活動は「無理攻め」になってないか。自分の弱い部分、一番大切な部分を守らずに、得意な部分だけを頼りに攻めてるだけではないか。最近の自分の行動を見ていてそう感じることが多い。自分の攻撃力を過信している。これでは、本当の「強さ」は身に付かない。自分の弱点を「強み」に変えないまでも、しっかりとした「囲い」を作って守っておきたいものだ。


羽生善治は、どの戦法が得意なのかわからない。すべてが強い。攻めも強いし守りも強い。そして「羽生マジック」と呼ばれる自分にしか持っていない強みがある。しかし、3割の確率で負ける。完璧な強さを持ち、「天才」と呼ばれる人間ですらそうなのだ。


イチローの打率は今季.350だ。世界1,2を争う好成績である。なのにも関わらず.650の確率で敗北する。


彼らは「勝利」のために人の何百倍もの努力をしている。なのに敗北する。しかし、敗北の原因を突き止める作業をしているために、これ以上「敗北率」があがることはない。毎年同じ「敗北率」をキープしている。


今まだ凡人の俺が「勝利」するには何が足りないのか。

敗北の原因を突き止める力か。

敗北を繰り返さないように努力する力か。

「攻め」を強化する力か。


答えは努力だ。自分の中で明確すぎて悔しい。

もっと自分を囲う努力をしなければならない。

そして、いろいろな「囲い」をマスターしなければならない。囲いには相手に応じて適応しうるさまざまな定跡があるからだ。

今日、髪を切ってきた。


美容師さんとあ会っていつも思うのだけど、美容師さんの会話術はどうなってるのだろうと思う。

話すのが好きなお客さんもいれば、嫌いなお客さんもいるし、話す内容にしても人によって全然ちがうはず。そして何よりも思うのは、同じく話すを職業としている水商売の仕事と比べて、美容師は「話すのが嫌いな人」の相手もしなければならないということ。

俺は髪を切っている間は会話するのが好きじゃないから、静かにしておいてほしいタイプなので、今日の美容師さんの落ち着いた雰囲気は助かった。


ただ、美容師さんは、いつ俺が「髪を切っている間話すのが嫌い」と判断したんだろう。雰囲気?オーラ?


美容師さんは必ず「今日どんな感じななさいますか。」

と聞いてくるけれども、その返答?


わからない程、人の繊細な部分の観察が必要になってくるなぁと実感した。


これは接客だけに当てはまることじゃないはずだ。


「財を残すは下、仕事を残すは中、人を残すは上とす。」

野村監督の座右の銘。人を残すためには、このような繊細さが必要なのだろうね。


自分にも繊細さの感度が上がればと思う。常日頃から人に素直に興味を持ち、観察しよう。

自分の所属している劇の通し稽古だった。今回は出演せず、舞台美術を担当することになっている。

今回の題材は、日本で1番有名なラヴコメ。当然、題材作品には日本一の俳優が勢ぞろいしている。


さて、それを普通の学生がやって、はたして意義はあるのか、という問題が今まで散々議論されてきた。

もう少し抽象した言い換えをするならば、「自分たちがわざわざ、この劇をやってお客様を集める意味はなんだ」ということだろうか。


うちの劇の性質上、いつも問題になることなのだけど、今回は痛感する。

特に痛感してしまうのは、個人的な意義だ。就職活動中なのにもかかわらず、裏方として参加し、時間を就職活動以外にあてるまでして参加する意義はなんだろう、と思う。


「劇」をやる意義は、毎回明白だろう。建前としては、演出が何か表現したいものがあり、それを皆で1つになって創り上げることだ。実際演出に表現物がなかったとしても、学生劇、特に我々は、疑似行為をすることで何か毎回得るものがある。それは言葉では表現しづらいものだけど、なにか自分の中にあるやわらかくかたいものものだと思う。とにかく、題材の劇を自分たちのメッセージが伝わるように、自分たちなりにアレンジすることが求められる。


「自分」の意義は、今回はまだ見つけられてない。

ただ「好き」だから?

今回で引退だから?


これでは、何か自分の中でモヤモヤが残る。自分の糧となるための劇ではないじゃないか。


自分なりに課題を持って、「劇参加者の自分」のためではなく「自分」のために何か学ぶものを作りたい。

きっとそのためには自分の弱点を洗い出す作業が必要になってくるんだろうね。

それって、結局就職活動でやる自己分析と一緒なんじゃないかと思う。

就職活動の一環、自己分析の一環としてこの劇に参加してみるのも面白いかな。


まぁ、とにかく自分の中でものすごく明白な意義がない公演は、終わった後悲しいので、今週中に見つけ出したい。

スタート。


基本的に、自分の頭の整理のために書きます。。


まず今日はは最初なので、今週のインフルエンザのことから。


インフルエンザはつらかった。人生で初めてかかったけど、ここまでとは思っていなかった。

しかし今回の病気で印象に残ったことが2つある。

1.病院

2.タミフル


1.について…

病院で長い時間待つのはわかるが、その時の対応は非常に悪かった。あたかも、

「他の人に移ると困りますから、あっち行ってて下さい」と言わんばかりの階段下待機。

ここまではまだ理解ができけど、検査結果を散々待って、往診で

「新型ですね。タミフル渡します」の一言で、診察が一切なかったのは悔しかった。

この言葉のために待ってたのかと思う。

検査なんて、判断方法を教えてもらえれば自分でできるのではないかと思ってしまったりした。

病院はまだまだ「効率」という点で問題があるような気がした。

今度病院の改善しうる点についていろいろ書いてみよかな。


2.について…

効果は絶大!熱もすぐ下がる。

だけどそこからが問題。僕の外出禁止期間は「熱が下がってから2日間」

そしてタミフルを飲む期間が5日間。

タミフルのおかげで熱が下がり、外出可能になったあと、タミフルを飲むって、なんか怖い。



とにかく、病気になって、こんな無駄なことを考えてたわけだ。

もはや、意味のない悪口だね。

これが、「どうすれば病院の効率が上がるだろう」まで実際に考えられたなら、この日記の意義はあると思うんだけど。


でもまぁ兎に角、病気期間中、まともに思考ができなかったから、今日から徐々にまた思考を積み重ねていこうと思う。

どんな些細な日常のことでも、そこから少しでも考えて、自分の糧となるものを育てていこう。