自分の所属している劇の通し稽古だった。今回は出演せず、舞台美術を担当することになっている。
今回の題材は、日本で1番有名なラヴコメ。当然、題材作品には日本一の俳優が勢ぞろいしている。
さて、それを普通の学生がやって、はたして意義はあるのか、という問題が今まで散々議論されてきた。
もう少し抽象した言い換えをするならば、「自分たちがわざわざ、この劇をやってお客様を集める意味はなんだ」ということだろうか。
うちの劇の性質上、いつも問題になることなのだけど、今回は痛感する。
特に痛感してしまうのは、個人的な意義だ。就職活動中なのにもかかわらず、裏方として参加し、時間を就職活動以外にあてるまでして参加する意義はなんだろう、と思う。
「劇」をやる意義は、毎回明白だろう。建前としては、演出が何か表現したいものがあり、それを皆で1つになって創り上げることだ。実際演出に表現物がなかったとしても、学生劇、特に我々は、疑似行為をすることで何か毎回得るものがある。それは言葉では表現しづらいものだけど、なにか自分の中にあるやわらかくかたいものものだと思う。とにかく、題材の劇を自分たちのメッセージが伝わるように、自分たちなりにアレンジすることが求められる。
「自分」の意義は、今回はまだ見つけられてない。
ただ「好き」だから?
今回で引退だから?
これでは、何か自分の中でモヤモヤが残る。自分の糧となるための劇ではないじゃないか。
自分なりに課題を持って、「劇参加者の自分」のためではなく「自分」のために何か学ぶものを作りたい。
きっとそのためには自分の弱点を洗い出す作業が必要になってくるんだろうね。
それって、結局就職活動でやる自己分析と一緒なんじゃないかと思う。
就職活動の一環、自己分析の一環としてこの劇に参加してみるのも面白いかな。
まぁ、とにかく自分の中でものすごく明白な意義がない公演は、終わった後悲しいので、今週中に見つけ出したい。