「こうやってこういうところにお前と来るのは最初で最後で在ろう。」

ナイトクラブの薄暗いボックス席で彼は云った。

「ここのK子に頼んでおまえがやってる踊り場に行った。それにお客は金を払って踊っているのだな。

 お前はもうここを出て行った。それなりに暮らしている。ならばだ。」

甘ったるいムード歌謡が流れる。

「お前の言う通りにしよう。どうしてもをどりに参加しなければならないときはお前の言うギャラを払おう。

 しかしだ。ギャラを受け取るならきっちり仕事もしてもらおう。そしてその間だけはオレもオレのイメージを演じるから

 合わせるのだ。芸人ならお手のもんだべ?」

ああ。それならやらせてもらうわ。と答える。

「話は終わった?」同級生だったK子が席に着く。

「悪いがタクシー呼んでくれ。こいつは置いていくから昔話でもしろ。」

タクシーが到着すると彼は店を出て行った。

「あなたのお父さんね。部下を連れてきて30分するとタクシー呼んでくれって言ってみんなのお金払って出ていくのよ。

 なかなか粋だわ。ね?Johnny たった二年前よ。私とあなたは付き合ってたよね?」

嗚呼。でも卒業と同時にお前は名古屋のコスメメーカーに美容部員で就職したじゃないか?

「水が合わなかったのよ。すぐに戻って来たわ。まさか彼があなたのお父さんだったとはね。」

K子 彼はね。お前と付き合うのに大反対したんだよ。で。お気に入りのホステスがお前って笑えないよな。

「ギターもあるから歌ってくれる?もちろんお金はちょっとだけど払うわ。」

いや。あくまでも今日は彼の話を聞きに来ただけで悪いがまたにしてくれないか?

「そうね。今度はいつ来てくれるの?」

思い出したら また来るさ。

1979年7月の風街の思い出

 

 

 

井戸の中から何を掘り出そうとしたのか

そしてそれは誰の喜びであったのか

さあさあ

をどれ

何もかも飲み込んでをどるのだ。

それを消してしまうほどに。

 

 

そこに行くことは誰にも傳えていない。おまえも壹人で來い。宿は・・・」
彼は數囘、さう云つて吾に逢いに來ることがあつた。

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目撃者であり證言者でもある狂女も古老も還りゆき
「まうたくさんだ。」と吾に傳えし男も還つてから久しい。

往來からその哀しき櫓に續く小道は古老の城の瓦礫で行く者を拒んでゐる。
而してその世界に入る空間は歪みその入り口は狹まつていく。
踊り子を失くした櫓からはまう音頭が流れることはないだらう。
それを隱すべく舞臺にかけられた參文オペラ・・いやさ。人情旅芝居も役者も觀客も消えた。
それを知るのは吾だけと云ふことだ。
彼女が望んだ仕舞い人としてすべてを仕舞うのだ。
吾がそれを吹聽しない限りそれは「無い」ことなのだ。
夫ゝが夫ゝの感性で飾つた物語を持つて行けばいい。
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「おまえはそれだけでよくやつた。偉いよ。」海を越えて氣遣つた男は
吾の節目にいつもそつと何を示すでもなく
現れて肩を叩いた。誰にも逢わず傳えず。
けふ 、いつも待ち合わせた路地に偶然云つた。
あの宿は大きなビルに姿を變へ路地も綺麗な道に生まれ變わつていた。
「おお。よく來た。まう數年したら私も來れなくなるからな。」と
吾と聯れ立つて居酒屋に向かう貳人を
吾はそこで見てゐるやうな氣がした。