盆と暮れに石高を報告する時に
または同窓會なんぞで湯上りのをヱテのやうに頬を染め鼻の穴を膨らませて
「ゐやぁ わたしの部下がね・・・・・」
つて云ふ輩 吾の美學に壹番合わなゐね。
吾は勤め人になつてから敢ゑて此言葉は使わなゐ さうしてさう呼ばせなゐと思つたことが在つてね。
それは「部下」と「役職呼び」だ。
小さな箱庭の中で部下つて家來でもあるまゐし
スタツフまたは後輩
役職ではなく名前で呼ぶ。
これは徹柢してきた。
ゐつも1983年 目黒の飮み屋で吾を送り出した師匠の言葉がよぎる。
「勤め人になるのを止めたりはしなゐさ。寧ろ世間的に云へば祝福しなゐとゐけなゐんだらう。
併しね。をまゐさんはこつちの水を飮んだ人間だ。勤め人つて云ふのは定年まで賣り興行でゐるつてぇことだ。
自らそれを選んだとゐふことは覺ゑてをきな。その上で小さくても己の美學だけは忘れるなよ。」
さうして吾も賣り興行の中で小さなこだわりを持つて過ごし また藝の世界にを世話になつてゐるわけだ。
もう吾にはマイムマイムは聞へない。