早朝の雨が上がり空氣が澄んだ休日。
甘木先生を訪ねる。

「此間の症例話は途中だつたね。珈琲でも飮むかい?」
先生はカツプに珈琲を注ぎ云う。
「さうして内性期間と外性期間を繰り返していく。もちろん最初はすごい人だと人が寄つてくる。
 (めくれに1年)なんてよく云ふがね。現實世界ではやがてその成果を示してくれといふことになる。
 またコストがかかつたり新たな展開への妄想を育てることになる。經驗上、夲人は危險囘避でそこを離れる。
 人間關係もその繰り返し。居場所を1年ごとに變へる旅人となるのだね。前に大ゝ的に發言したそれらのひとつでも
 成果を見せてくれと現實世界は迫るからね。」
甘木先生はパイプの煙をゆつくり吐き出す。
けふ の葉はラタキアのやうだ。
「そのうちに彼らは最大の天敵に出逢うことになる。
萬人が求める「成果披露目」ではなく。
さうキミの好きな太宰の人間失格に出てくる竹壹が現れるのだ。現實世界の竹壹は愚鈍と書かれてゐるが現實世界、商い世界に現れる
竹壹は愚鈍のふりをしてやつてくる。
すれ違ひざまに耳元に小聲で(わざ・・わざぁ)と囁くのだ。
竹壹が壹人なうちはだうにか持ちこたえやう。併し現實世界はどこまでも嚴しい。
竹壹が増殖してくる。
さうすると逆に妄想は太くなり併しその者を内的世界に縛り付ける。
その鎖は他人がかけたものではない。
自らが自らを守らうとかけた鎖なのであるね。
夲格的なカタレプシイだ。
そこで前に得たと思つてゐる(超能力)がますます強くなる。
天からの指示、自分の中に宿り壹體化した神からの此世の眞實の教え、讀心術etc
さうするとまた現實世界に出て妄想に沿つて活動する。
竹壹が増えていく
私も若氣の至りと反省してゐるが(天才繪師)を名乘るクライアントがこれ以上、現實世界と軋轢を生むのは彼と彼の縁者にとつて
良くないと畫材壹式を目の前において(その素晴らしい繪を買い取らせてもらうから壹枚書いてくれなゐか?)とやつたことがあつてね。
結果?・私自身が最大の竹壹になってしまつた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・キミはだう思ふ?まう壹杯 珈琲を淹れやう。」
甘木先生は靜かに部屋を出て行つた。

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1983年 誠真書房刊行 風呂糸 癒愚 著 「天木先生大いに語る」より

 

 

「公衆に迷惑をかけない範圍はたゞの變人で濟むのだがね。さうならないのが哀しい巷。」

甘木先生はトレヱドマアクのパイプをくゆらせゆつくりと窓の外を見やつた。
「彼にとつては彼が生み出した妄想世界が現實で他人がいくら(それは妄想だよ)と云つても無駄でね。
 寧ろ何も知らない哀れな者として彼はますますそれを膨らませていくわけだ。」
初夏
明け放つた窓から草いきれの匂いが風に乘つて部屋をかすめる。
「政治、經濟、科學、神祕學・・・こだわりしそれは間違つたベクトルであらうと眞劍に打ち込むのだ。なにせ彼にとつては(眞理)なのだからね。
 彼の中だけで完結してゐるのなら趣味として何ら問題なからう。併し病とされるのはそれに人を卷き込むからなのだ。さうさな壹番多いケヱスは現實世界で妄想を少しでも
 眞實だと承認欲求を滿たす爲には何が必要だか解るかい?」
さうですねぇ。やはり事を始めるには御足ですか?
「さうだ。併し現實世界でそれを生み出す術を持たぬからまづは親類縁者、さうして友人と金錢トラブルを抱えていくことになる。」
併し、ご家族がいらつしやるなら何かしらブレヱキをかける者もゐるでせう?
「いや。そこまで來ると家族も疲れて自らその妄想の世界に入り込む。なぜなら日常生活に際しそのはうが衝突を生まぬからだ。
 さう。共依存だね。
 中にはそれを病と認識ししかるべく手段を取るご家族もゐるが特例だらう。病は放置されていく。金錢トラブルは大きくなつていく。
 而して逃避行動だ周期的に内省的になり外部との接觸を斷つ。カタレプシイとまでは行かぬが外部遮斷の中で妄想はますます大きくなりまた外部と接觸し
 の繰り返し。やがて(超能力の目覺め)を體感する。人の心が讀める。遠く離れたところに意識を飛ばせる。神ゝしいモノが己の身體に入り込み壹體となつた。
 此状況は統合失調症のあらわれであるな。此段階でも受診すれば良いのだが壹番の強制力を持つ家族がその世界に安住してゐる爲寧ろ妄想を増大させてしまう。
 此病の壹番の問題はそこだらうね。心といふ形のないものに對する對處の難しさだね。けふ はこれくらににしておかう。またいらつしやい。」
甘木先生はカツプに殘つた珈琲をひと息に流し込んだ。

1983年 誠真書房刊行 風呂糸 癒具 著 「天木先生大いに語る」より

 

 

 

1975年 夏
「だうしてもあのコンテストに出たいんだ。今囘だけでいいから力を貸してくれよ。」Sallyが云う。
「ヤツコ 足を折つて當日までの復歸は無理なんだよ。」
祖父からぼろぼろのガツトギタアをもらい適當に彈いていたくらゐなんだがね。
「わかつた。ぢぁあ條件がある。オレはギタアなんぞ買つてもらえないからそれを與えてくれるなら手傳おう。」
さうしたある日 彼はどこからか中古のクリヰム色のテレキヤスタアを調達して吾に渡した。
「曲はこれとこれ・・・」後で知つたが家族のやうに付き合つていたsallyの父親に彼が頼み込んで質屋で買つて來たらしい。

さうやつて始まつたんだ。
なんだかんだでその樂團は續いて行つた。ある日、音樂仲間のたむろする喫茶店に進學校に通うMが「學校祭があつてね。だうしてもキミと壹緒にやつて
謠つてほしい曲があるんでやらないか?而してキミのテレキヤスタアとボクのSGを交換してほしいんだ。」脈絡のないお願ひだが彼はシングルコイルのギタアが欲しかつたらしい。
吾はすぐに交換に應じ學校祭限定のメンバアになる。
さうして壱捌歳
高校生活も最後となり大きなコンサアトを企畫開催すると同級生のIが來て「最後のライブだからキメてくれよ!」
その頃からギタアよりも打樂器に半分足を突つ込んでいたがバンドではサイドギタアと唄をやつていてね。
交換したはいいがだうもSGの太い音は自分にはなじまなくてね。また同じことを云つたのさ。
「ギタアを提供してくれたらやるよ。」金持ちの息子の彼は母親に「Jにギタアを渡したい。だうか投資してくれ」つて云つたらしく母親も粹な方で樂器屋主催の小さなライブを
彼と見に來てその場で「Jちやん。好きなギタアを選びなさひ。」つてね。

手に入れたのはヤマハのストラトキヤスタアでナチユラル塗裝のものだつた。
ストラトに憧れて手にしたがやはり原體驗のテレキヤスタアとシングルコイルのピツクアツプなのだがしつくりこない(笑)
でもね。ありがたくて弐零歳まで使つたよ。でも参つあるピツクアツプのセンタアしか使わないのね。トレヱドマアクにもなつたけどね。
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生意氣にもガキの中ではそこそこ人気バンドでありました。
そんな中よく云はれましたね。「J? あいつはおもらいぢぁないか。全部人に乞うて樂器を得るなんぞ卑しいねぇ」
別に悔しくありませんでしたね。その通りなんですから。
當時、自宅から南方向に地元大企業が宅地造成する爲に原野に土を持つて大きな山が出來てゐまして吾らは山の裏にテントを張つたり
なんぞしてたまり場にしてゐましてね。その日もIの母親に飼つてもらつたギタアをぶら下げ練習後そこに行つたのです。

またにぎやかな音とイカ燒きや燒き鳥の匂いがしまして。
いつもの場所より山の東側に音につられて吸い込まれました。
「おお!土師の出の坊やぢぁないか!大きくなつたな。まあこつちに來て座れよ、」猫の目の町がそこに在りました。
みんなあの頃とちつとも變わらず歳をとつておりません。
「おお。おお。それでいい。ギタアを買つてくれるぐらゐ應援されてゐるつてこつた。所詮、藝者は河原乞食。腹を立てたりしないなんぞちよつと
見ない間にお前さんもこなれたねえ。」向かうからあの老人がやつてきた。
「久しぶりぢぁな。話は聞いておつたよ。下らんものは出自をぬぐおうとしてどれだけ持つたか・支配したかの尺度で自分はまうそこから拔け出したと
 自己滿足するがその行爲自體が抜け出していない所作でな。さうして自分より哀れな者を探して似非な御涙頂戴をしてまた滿足するんぢぁ。
 お前さんもやつと新たな航路を見つけたやうぢぁ。これから樂しみぢぁの。まあゆつくり遊んでいきなさひ。」
食べて歌つて笑つて 氣が付くと21:00
「久しぶりに來れて嬉しかつたです。ぢぁあ歸ります。」挨拶をしたら老親が云つた。
「前に來た時におまえさんの世話を燒いた女がけふ はいなかつたらう?」「ええ。元氣になさつてますか?」
「ああ。今はここにはいない。」老人は目を細めて笑い而して行つた。
「數年後に彼女はおまえさんの前に現れるだらう。その時を樂しみにするんぢぁな。」
さうして歩を薦めまた振り返る
手を振る人ゝの目はあの頃のやうに
 猫の目であつた。