さてと。どこまで話したかな。」
貳杯目の珈琲を啜り甘木先生がこちらを向く。
その先はだうなつていくんでせう?
「その方ゝがどこで、何の契機で發病したかも含め多種多樣でね。壹概には云へないが内にこもる・外に發信するを繰り返し
そのたびに妄想は大きくなつていくといふところまでは話したわけだ。その先も内と外を繰り返し竹壹が増えていくやがて萬能感といふか
多幸感を持つやうになるんだね。極端な方は自分は神だとか自分は此世の中の夲當の眞理を知つてゐる、自分は選ばれた人間だ、などだね。」
「そこでまた道が分かれて自分の考へが外に漏れてゐる、誰かが眞理を知つてゐる故に監視されてゐる、など思考盜用被害を訴えたり何者かが自分の身体に入り込み同化した
爲同化した者と常に會話してゐるなどね。さうしてあれもできるこれもできる、あれも知つてゐるこれも知つてゐるとなるわけだ。併し此巷は息をするだけで御足がかかる
その妄想を現實世界で續けるには御足が足りない。借金や金錢トラブルを常に抱える。さうさな。それは賭博依存症の者と壹緒だね。」
入りがないのに出が常にのしかかる。妄想を維持するのも大變ですね。
「ああ。やがて現實世界で破綻が來るがその者にとつては現實世界は假の世界、妄想世界こそがその者の現實なわけだから罪の意識は薄いといふわけだ。
措置といふボヲダアラインを超えるまでそれは繰り返されるのだ。誰かが云う(現實を觀よ!)無駄なのさ 現實は妄想世界なのだから。」
その世界から引き戻す方法はないのですか?
「ないともあるとも云へない。ある時點まで夲人もこれは嘘なのだと認識して嘘をついてゐる場合は引き戻せやう。併しこれこそ眞實だと自分の嘘、妄想を信じ込んでそれで周りを辟易させてゐるやうな状態なら引き戻すことは不可能だらうね。前者の場合、自分の嘘と眞實の狹間のやりきれなさで物にあたつたり自傷行爲をしたりするがその時點で適切な處置があればねと思ふよ。」
甘木先生はパイプを咥え遠くを見やつた。
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「天木先生大いに語る」風呂糸癒愚 著 誠真書房 1982刊行