『バーフバリ 王の凱旋』 | ジョニー暴れん坊デップのA部屋

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eiga.com 作品情報 『バーフバリ 王の凱旋』
■解説:伝説の戦士バーフバリの壮絶な愛と復讐の物語を描いてインド映画史上歴代最高興収を達成し、日本でもロングランヒットを記録したアクション「バーフバリ 伝説誕生」の完結編となる第2作。蛮族カーラケーヤとの戦争に勝利してマヒシュマティ王国の王に指名されたアマレンドラ・バーフバリは、クンタラ王国の王女デーバセーナと恋に落ちる。しかし王位継承争いに敗れた従兄弟バラーラデーバは邪悪な策略で彼の王座を奪い、バーフバリだけでなく生まれたばかりの息子の命まで奪おうとする。25年後、自らが伝説の王バーフバリの息子であることを知った若者シブドゥは、マヘンドラ・バーフバリとして暴君バラーラデーバに戦いを挑む。監督・脚本のS・S・ラージャマウリや主演のプラバースをはじめ、前作のスタッフやキャストが再結集。
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■スタッフ:/監督 S・S・ラージャマウリ /製作 ショーブ・ヤーララガッダ プラサード・デービネーニ /原案 V・ビジャエーンドラ・プラサード /脚本 S・S・ラージャマウリ /撮影 K・K・センティル・クマール美術サブ・シリル衣装ラーマ・ラージャマウリ プラシャーンティ・トリピルネーニ /編集 コータギリ・ベンカテーシュワラ・ラーウ タミンラージュ バンサン・タベロン /音楽 M・M・キーラバーニ
■キャスト:プラバース(シヴドゥ/バーフバリ) アヌシュカ・シェッティ(デーヴァセーナ) ラーナー・ダッグバーティ(パラーラデーヴァ) ラムヤ・クリシュナ(シヴァガミ) ナーサル(ビッジャラデーヴァ) サティヤラージ(カッタッパ) タマンナー(アヴァンティカ)
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■作品データ:/原題 Baahubali 2: The Conclusion /製作年 2017年 /製作国 インド /配給 ツイン /上映時間 141分 /映倫区分 G
オフィシャルサイト
※なるほど、途中でパート1の映画の冒頭に繋がるシーンが登場して、「そういう
ことか!」と手を打ちたくなるような展開が待っている。

●「バーフバリ 王の凱旋」大ヒット御礼予告編

※とにかく規模がデカい。人海戦術、ここに極まれり!の一言。

リアルサウンド デーヴァセーナ、踊る! 26分の未公開シーンを追加した『バーフバリ 王の凱旋』完全版上映決定
『昨年末に公開されたインド映画「バーフバリ 王の凱旋」に26分間の未公開シーンを追加した「バーフバリ 王の凱旋」≪完全版【オリジナル・テルグ語版】≫が公開されることが決まった。
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2015年に公開された「バーフバリ 伝説誕生」の続編であり完結編となる本作は、遥か遠い昔インドに栄えたマヒシュマティ王国を舞台に、国王に指名されたアマレンドラ・バーフバリ(プラバース)の人生と、その息子シヴドゥ(プラバース)の復讐を描いた物語。/現在上映されているのは141分インターナショナル版で、今回公開が決まったのが製作会社ARKAメディアワークスおよびS・S・ラージャマウリ監督が認定している167分の完全版。ヒロインのデーヴァセーナ(アヌシュカ・シェッティ)が歌い踊る楽曲「かわいいクリシュナ神よ」をはじめ26分の未公開シーンが追加されている。ちなみに、ネット上にある完全版171分説はインド国内審査前のデータを基にしたもので実在せず、167分が完全版となる。
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■公開情報:『バーフバリ 王の凱旋』≪完全版【オリジナル・テルグ語版】≫6月1日(金)より新宿ピカデリーほか、全国順次ロードショー /監督・脚本 S・S・ラージャマウリ /撮影 K・K・センディル・クマール /音 M・M・キーラヴァーニ/出演 プラバース/ラーナー・ダッグバーティ、アヌシュカ・シェッティ、サティヤラージ、ラムヤ・クリシュナ、タマンナー/ナーサル /配給 ツイン』
※途中からは、まったく尺の長さを感じさせなかった。これなら、完全版も
インターミッションなしで一気見できそうかもーーー。

(怒りの以下略) 小説、グラフィックノベル、音楽、グッズ……「バーフバリ」プロジェクトをさらに楽しむためのアレコレ
『既にあちこちで言われていますが、「伝説誕生」を観ずに「王の凱旋」から観ても全く問題ないです(最初の数分間でバッチリとフォローがなされます)。ただ、「王の凱旋」でカッタッパが幾分かコメディリリーフになったり、強い国母シヴァガミの振る舞いに翳りが見えたり、二部作を通すとモチーフ含めてまるで円環のようにストーリーが閉じる構成になっているというのは、「伝説誕生」を観ていてこそ味わえる醍醐味だとも思います。余裕があればぜひ「伝説誕生」からどうぞ。
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本編の語りどころは多々あれど、個人的に気に入っているのは、アマレンドラ・バーフバリのライオンパンチとマヘンドラ・バーフバリのチェーンパンチですね。バーフバリ親子二代にわたるストロングな血筋を感じたのだけど、一方で、バラーラデーヴァがチェーンパンチでブン殴られるのは、母デーヴァセーナを25年間鎖に繋いでいたことへの因果にも感じたので、そういう意味でもバラーラデーヴァは完膚なきまでに打ち負かされているよなと思いましたね。』

★女性陣の魅力爆裂!!
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※国母シヴァガミ様の驚きの演技。嫁姑のぶつかり合いで何度も見られた。

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※愛するデーバセーナも無双の強さ!

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※表情は、ところどころ長澤まさみタンっぽいとこも見せる。。。

飛石連休 藤井ペイジ オフィシャル公式HP
『ストーリーの軸は、親子ゲンカ・兄弟ゲンカからの殺し合いという昔の神話とか王室話とかでありがちなやつなのですが。それぞれの感情の揺らぎが、それぞれの演者さんの迫真のお芝居によって、ものすごく深みのあるものになっておりました。
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しっかりしてるんですよね。ストーリーが。ビジュアルの派手さだけではなく、人間ドラマが骨太で、見応えがあって。特に、絶対君主的存在である国母シヴァガミに、真っ向から意見する、バーフバリの嫁デーヴァセーナ。この女同士の迫力のやり取りは、その後の展開へのドキドキとワクワクを、さらに増し増しにしてくれました。
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約2時間半ある、最近では長い部類の映画なんですが、親子孫3代に渡る愛憎がたっぷり詰まっていて、あっという間で。見終わった後、ちょっとグッタリしてしまいました。ただ、固有名詞を覚えるのは大変ですから、覚悟しなはれや。笑 /全然関係ないですけど、もし漫画「キングダム」を実写化するなら、インドに、この監督にやってもらいたいなあと、ふと思いました。』
※「あっという間やった」のに「グッタリした」って、どっちやねーーーん!w

爆音映画祭 in MOIX堺
『☆今はなき吉祥寺バウスシアターを拠点に、2004年に産声を上げた爆音上映とはライヴ用の音響システムを使い、大音響の中で映画を観、聴く試み。
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その爆音によって視覚までもが変容して映画そのものも違って見える。大音響でなければ聴こえてこない密かな音を聴くという、大胆かつ繊細な上映。その画期的な面白さが広がり、08年からは映画祭として始動。現在は全国の映画館、公共施設、ライブハウスなどにて爆音上映&爆音映画祭をboldで企画制作している。』
※4月5~8日の4日間限定で行われた模様。盛り上がったろうなぁー。

●『バーフバリ 伝説誕生』ダイジェスト映像



miyoko.dosukoi#バーフバリ王の凱旋 観て来た!
サイリウムとタンバリン持って#絶叫
1人で観に行かなくて良かった!観た後絶対誰かと話したくなる!
#面白すぎた
#バーフバリかっこ良すぎる
#バーフバリ強すぎる
#バーフバリ
kaoru_dinahこれ、何ですか?????
miyoko.dosukoi@kaoru_dinah インド映画です*\(^o^)/*
kaoru_dinah@miyoko.dosukoi あ!これ、誰かテレビで言ってましたね💦?それですね?!興味沸いて来ました^_^💕ありがとうございます😊
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dosuei私も観てました!バーフバリ!バーフバリ!!
miyoko.dosukoi@dosuei バーフバリ!バーフバリ!バーフバリ!会えなかったねー(◞‸◟;)
miyoko.dosukoi@kaoru_dinah じわじわと人気出てきてこの絶叫上映はチケット5分で即完したそうです(゚o゚;;ぜひ誰かと観に行くのをオススメします*\(^o^)/*
kaoru_dinah@miyoko.dosukoi ありがとうございます❤️ 誰かと一緒に…というのがポイントなのも了解しました🤣頑張ってみますね✊😊
dosuei@miyoko.dosukoi 会いたかったです(><;)これは大興奮でした!今度話しましょ!!笑
miyoko.dosukoi@dosuei だね!今度バーフバリトークしてからの相撲稽古しよう!
dosuei@miyoko.dosukoi バーフバリなんか観てません。
miyoko.dosukoi@dosuei おい!観ただろ!!!
※一人で行っても、バーフバリ仲間(バフ友とでも呼ぼうか・・・)が出来そうな
イヴェントのようですじゃ~。

映画ナタリー マンガ版でも王を称えよ!「バーフバリ」コミカライズ決定、深谷陽が作画担当
『インド映画「バーフバリ」シリーズのコミカライズ版が発売されることが決定した。S・S・ラージャマウリが監督、プラバースが主演を務めた「バーフバリ 伝説誕生」と、その続編「バーフバリ 王の凱旋」。2017年12月29日に封切られた「バーフバリ 王の凱旋」は現在もロングラン上映が続き、2018年3月末時点で日本国内の興行収入が1億3千万円、動員数が10万人を超えた。
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コミック版は、バリ島を舞台にした「ティガチャンティック」などで知られるマンガ家・深谷陽が作画を担当。幻冬舎コミックスより6月に発売予定だ。』

キネマアイランド
『3分の2くらいは父アマレンドラの話なので、息子マヘンドラの話が若干駆け足な気もするし、前作ヒロインのアヴァンティカがほとんどお付きの人みたいになってたりしますが、前作と合わせてみればそれほど気にならないです。何より父親の噴死を知って王の帰還を宣言するマヘンドラが熱い(ここの字幕が「王の帰還」なのでサブタイトル間違えそうになりますね)。そしてついに対決するバーフとバラー。バラーにしてみれば自分を苦しめた男が再び現れたという恐怖もあったでしょうが、自らの手で葬ることができるという喜びの方が大きいんですね。牛を素手で止める男なので、バーフがちょっとピンチになるのがまたハラハラですよ。
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しかしデーヴァセーナを縛っていた鎖を「幸せ」と言ったバラーに対して、バーフはその鎖を拳に巻いてブチのめすわけです。ここまでアクションの極みを見せてきたためどのように倒すのかと思いきや、母デーヴァセーナの恨みを込めた渾身のチェーン・ナックル。そこには父アマレンドラの悔いという親子二代の思いも込められていたでしょう。これ以上ない決着です。無表情でバラーに火をつけるデーヴァセーナも凄まじい。バラーの父や側近は生き残りますがむしろ生き地獄でしょうね。最後に川を流れて滝を落ちる黄金像の首が、滝の下から這い上がってきたバーフバリと対称となっているというところまで、実に細部まで気が行き届いています。
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オープニングの人形風味な3D映像が伝説を映像化したような見せ方であるのからしてそうですが、これはもう神話なんですよね。君だってヒーローになれる、という類いではなく、皆が求め恋い焦がれる英雄のお話であり、生まれながらの王が見せる王たる由縁が語られるわけです。だからどれだけド派手だろうが、どれだけ超人的な活躍を見せようが「バーフバリだから」で納得してしまう。もちろん演じるプラバースの存在感と、スケールの大きさを感じる画作りに壮大な人間ドラマ、加えていくらでも語れるディティールなどがあるからこそ。監督は『マハーバーラタ』にインスピレーションを得たとのことですが、まさに現代の新たな神話として語り継がれるべき大作。エンドロールがあっという間に終わる(本当にあっという間)のが惜しいくらい。素晴らしかったです。』
※評判はすこぶる良いので、ハードルを上げすぎてDVD鑑賞すると、
ちょっと肩透かしを食う人も出てきそうだ。劇場へ行ってれば、さら
に応援上映会などに行っておけば、間違いなくバーフバリ信者になれ
るんだろうがー。

フィギュアもあるでよー
『日本の皆さまへ!バーフバリが日本でも大人気となったことを大変嬉しく思います。フィギュアをお求めになりたい場合、こちらから注文できます。下のリンクをクリックしてください。(PayPalでのお支払いになります)/在庫に限りがありますのでお急ぎください!』

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※象徴的な弓矢のツープラトン攻撃シーンは、個人的にはあまり
胸に響かず。。。やや狙いすぎ?な気がしてしまった。

●インドの劇場ってばこんな感じ。





☆書籍「元気が出る言葉」&サライ「日めくり漱石」をお届け♪

(詳細は、1月2日の日記を参照のこと!)

☆さ~~て、本日4月15日(日)の、「元気が出る言葉」は~?

『牛乳を飲む人より、牛乳を配る人のほうが よっぽど丈夫だ。』
出展:「君ならできる」(幻冬舎)
発言者:小出義雄 (マラソン指導者 1939年4月15日~)
『解説:「君ならできる」は小出義雄が、高橋尚子のシドニー五輪金メダル獲得前に刊行した体験的指導本だ。高橋といえば社会人になるまで無名選手だったが、小出と出会い、練習に明け暮れた。楽して(飲んで)力をつけるのではなく、体を酷使して(配って)力をつける。これこそ本物となる。いま、芽が出ていない人も、明日を信じて人知れず牛乳の配達をしよう!』

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◎関連書籍、楽曲、映画(ドラマ)などなど・・・

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※オフィシャルブログは8年前から休止。その後、ツイッターからフェイスブックへと、SNSは進化を遂げている模様・・・。

オフィシャルブログ 「君ならできる」2010年06月10日 高地トレーニング
『みんな元気に走っているかな?もうすぐサッカーのワールドカップだね。日本代表もスイスで高地トレーニングをしたんだってね。だから今日は高地トレーニングについてちょっと説明するね。一概に高地トレーニングと言っても高地トレーニングと高地順化トレーニングがあるんです。
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高地トレーニングは酸素の薄いところで練習して、ヘモグロビンの値を高め、酸素摂取量を増やすものです。効果が出るには最低3週間、僕は2ヶ月かけています。今回の日本代表は1週間ほどとのことなので、これだけでは高地トレーニングとしての成果は出ないと思います。だから、日本代表は高地トレーニングのためにスイスに行ったのではなくて、高地での試合に慣れるために行ったんだと思うよ。だから、これは高地順化トレーニングにあたるね。聞いたら日本は1400〜1500mのところで試合をするんだってね。空気が薄いから疲れ方や、ボールの飛び方が違う。その条件に慣れておくのはとても大事なことですよ。/高いところから低いところへ戻った時も、3週間以上高地にいたなら6〜7日ぐらいで疲れが一度出るけど、高地滞在が1週間くらいなら疲れも出ない。だから、今回の日本代表の練習日程は丁度いいと思いますよ。日本代表にはがんばって欲しいね。僕も応援するよ。』

●小出義雄監督 マラソンで自己記録を更新する方法


Smart FLASH 高橋尚子マラソンを始めたキッカケは小出監督の「365日の囁き」
『シドニーオリンピック金メダリストの高橋尚子が、12月16日放送の『サワコの朝』(TBS系)に出演した。高橋が陸上を始めたのは中学生から。もともと中距離の選手だった高橋は、「そんなに強い選手ではなかった。私はずっと800メートルを中心にしていたのですが、100メートルも、200メートルも400メートルも。リレーも全部やりました」と発言。/司会の阿川佐和子が「一番いい成績は?」と質問すると、「中学生のときで、(岐阜の)県大会で1回だけ1番になったことがあります」と回答していた。阿川に「十分強いじゃないですか」と言われた高橋は、「ただ、全国に出て行くと(ダメで)。都道府県対抗女子駅伝という駅伝があって、各県で中学生から実業団までで選ばれた9人で襷をつなぐんです。高校2年のときに初めて出て、47人中、45番だったんですよ。後ろから3番目で。最初の1キロで10人抜いて、最後の3キロで20何人かに抜かれましたね」と明かす。
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高橋は「スタートは800メートルの選手だったので、ポーンと行けるんですけど、(区間は)4キロあって。後半はみんなに抜かれるだけ抜かれて。泣きました。もう大泣きして『岐阜県に帰れない~』って言ったのを覚えています」と振り返った。ちなみに、高橋はその後、同じ大会に8回出ており、最後はエース区間で、区間賞を獲得したというからさすがである。/高橋は「徐々に徐々にです。なので距離も少しずつ伸びていって、実業団に入ってから初めてマラソンにチャレンジしましたね」と説明。実業団に入った当初も、マラソン選手になるつもりは「全然なかった」という高橋だが、マラソンを始めたきっかけはなんだったのか。
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「小出監督が、いい意味で言えば根気強く、悪い意味で言えばしつこいくらい『お前はマラソン走ったら世界一になるぞ』って囁くんです。最初は、励ますためのお世辞だと思ったんですけど、365日言われ続けると、人間その気になるもんなんですね」/ここで阿川に「最初はマラソン選手になるつもりはなかった人が、何年間で2000年のシドニーを迎えたんですか?」と聞かれると。「マラソン始めて3年半ですね。早いんですが、1回目のマラソンは7位っていう記録で。次の年の名古屋マラソンで初めて踏み出したという感じです。それを考えると、ちゃんと自分が手応えを持てるようになってからだと2年半ですね」/陸上競技で日本人女子初となる金メダルを獲得した高橋は、現在、解説者・スポーツキャスターとして活躍中だ。番組では阿川に、「なんて面白い解説だ、と感動した」と絶賛されていた。これからも、テレビの世界でその才能を発揮していくことだろう。』

☆本日の、『日めくり漱石』は・・・
サライ 「夏目漱石」の記事一覧

“寿命は自分のきめるものでないから、もとより予測はできない(『点頭録』より)”

【1912年4月15日の漱石】貧しくも才あふれる若き歌人・石川啄木に永遠の別れを告げる

明治45年(1912)4月15日、つまり今から104年前の今日、45歳の漱石は若くしてこの世を去った才能ある歌人に今生の別れを告げるべく、東京・早稲田南町の自宅から浅草へと向かった。その歌人とは、石川啄木であった。/啄木が26年と2か月という短い生涯を閉じたのは、この2日前の4月13日だった。啄木は3年前から東京朝日新聞の校正係をつとめており、長与胃腸病院に入院中の漱石を見舞ってくれ、漱石の側からも啄木にいろいろとアドバイスを与えたこともあった。啄木の胸奥にもこの時の印象は深く刻まれ、明治44年(1911)の啄木の日記帳の冒頭には、「前年中重要記事」として、《夏目氏を知りたると、二葉亭全集の事を以て内田貢氏としばしば会見したるとは記すべし》との書き込みがなされている。

明治43年の啄木は、朝日新聞社から発行の『二葉亭四迷全集』の校正と編集事務に精力的に取り組んでいた。評論家で丸善顧問、ロシア文学の翻訳も手がけていた内田貢(内田魯庵)は、生前の二葉亭四迷(1864~1909)とも交流が深く、啄木はこの仕事を進めるに当たって、繰り返し魯庵に会っていろいろと助言をもらった。啄木がこれを「重要記事」ととらえるのは当たり前のことなのだが、漱石の知遇を得たこと(知りたる)は、それに優先して記されるほど、嬉しく価値の高い出来事だったのである。

この頃、新聞社社員としての啄木が詠んだ一首。《京橋の滝山町の新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな》
東京朝日新聞社は、当時、京橋区滝山町(現・銀座6丁目)にあった。21世紀のいま、そぞろ歩きに銀座を散策すれば、この啄木の短歌と啄木の肖像を刻んだ歌碑を、銀座並木通り沿いに見ることができる。啄木が体調を崩しはじめたのは、前年(明治44年)の2月頃だった。当初は腹膜炎と診断され、病院で手術を受けた。だが、退院後、自宅療養する中で病は肺結核へと移行し、寝たきりの状態となってしまった。

同じ頃、啄木の母親も喀血し、もともと苦しい石川家の経済は、やがて薬代もままならぬような窮状に陥っていった。当時の啄木の日記から。《母の薬代や私の薬代が一日約四十銭弱の割合でかかった。質屋から出して仕立直さした袷(あわせ)と下着とは、たった一晩おいただけでまた質屋へやられた。その金も尽きて妻の帯も同じ運命になった。医者は薬価の月末払を承諾してくれなかった》/薬代も払えぬほど貧しい啄木のために、漱石夫妻は門弟の森田草平を通じて2度にわたって見舞い金を届けていた。明治45年1月22日の啄木の日記には、こんな記述が読める。《午(ひる)頃になって森田君が来てくれた。外(ほか)に工夫はなかったから夏目さんの奥さんへ行って十円もらって来たといって、それを出した。私は全く恐縮した。まだ夏目さんの奥さんにはお目にかかった事もないのである》

啄木の葬儀は、親しくしていた歌人の若山牧水や同郷の言語学者・金田一京助らの世話により、浅草の等光寺で行なわれた。漱石のほかに、漱石の弟子・森田草平や東京朝日新聞の社員10数人、歌人仲間の佐佐木信綱(ささき・のぶつな)、北原白秋(きたはら・はくしゅう)、相馬御風(そうま・ぎょふう)、木下杢太郎(きのした・もくたろう)らも列席していた。遺族は次女を身ごもっていた妻・節子と幼い長女。啄木の母親は、ひと月前に死去していた。/啄木の次女と第2歌集『悲しき玩具』が世に産み落とされるのは、それから2か月後のことだった。『悲しき玩具』には、こんな短歌も載せられていた。

《買ひおきし 薬つきたる朝に来し 友のなさけの為替(かわせ)のかなしさ》

《新しき明日の来(きた)るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど--》

 漱石はこの短歌をどんな感懐を抱いて読んだだろうか。

細かすぎて伝わらない関連動画など

(「石川啄木」「寿命」で動画検索してみました!!)

●高橋一生 「清貧・親孝行・不遇の苦労人??」石川啄木を演じる「トライ・エイジ~三世代の挑戦


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●トリビアの泉 石川啄木はHな日記を妻に読まれては困るため・・・


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ジョニーAのつぶやき:読まれたくない部分に暗号を使うというのは余もやったことあるゾヨw