歯止めのきかないこの凶暴な憂鬱は
甘美的な渦を巻いてコーヒーの湯気を舞い上がらせる
組んだ足はちょうど真夏の沙羅のようにすらりと弧を描く
害なんてない
あるのは陶酔
陶器の床はたくさんの靴跡が刻まれて
アンテーィクのマホガニーのテーブルはなんだか収まりが悪い
彼女はタバコを消すのが嫌い
向こうでジャニスが歌っている
ピアノ・マンは彼女に熱い視線を贈る
ここはどこ?と彼女は問う
男は「ここは駅さ」と答える
ベルが鳴ると
そんな人たちは忘れられて
時計の振り子が最後の往復を始める
歯止めのきかないこの凶暴な憂鬱は
甘美的な渦を巻いてコーヒーの湯気を舞い上がらせる
組んだ足はちょうど真夏の沙羅のようにすらりと弧を描く
害なんてない
あるのは陶酔
陶器の床はたくさんの靴跡が刻まれて
アンテーィクのマホガニーのテーブルはなんだか収まりが悪い
彼女はタバコを消すのが嫌い
向こうでジャニスが歌っている
ピアノ・マンは彼女に熱い視線を贈る
ここはどこ?と彼女は問う
男は「ここは駅さ」と答える
ベルが鳴ると
そんな人たちは忘れられて
時計の振り子が最後の往復を始める
すばらしく晴れた春の空のような顔
大きな大きな腫瘍
指に穴が開いて
何か旋律のようなものがそこからなだれ込む
雪が降る
景色の見えない夜
私はなにか
複雑な回廊の中にいて
ぐるぐるぐるぐるぐるぐると
あの人のシャツの裾を探して
ひやりとするぬれた壁を伝ってようやく歩いていく
苦しくて苦しくて
それ以上に
何も感じない心というものの不可解さにとまどったまま
誰かに助けを求めて
声のない叫び声を上げて倒れ込んだり
また立ち上がったり
前髪が目に覆い被さり
景色がぼやけて前が見えない
つらくてつらくて
ふと描きたくなった景色は
山吹色の銀杏の葉が敷き詰められたおかしな公園で
浮かび上がるように光るつややかな血痕がいろどる不可思議な夢の世界で
大きな鎌を持った醜い女から鍵を受け取って
古い大きな扉をがちゃりとあける
重いまぶたは覆い被さって
やはり視界は晴れないまま
春色のワンピースだけ悲しくなびいて
扉の橋から私は落ちていく
あぁ世界とはなんて大きいのだろうって
真っ黒な空からつり下げられているような星たちの間を縫って
燃え尽きたオレンジ色の流れ星は
充血した目をつぶすには十分な重さで
瞳から体内に入り込んで
耐えきれない苦痛の悪夢を見せつける
大きな皮の靴を引きずって履いていたあのちいさな少女の口から流れ出た足の多いムシ
どうしたってあの不気味な顔が頭から離れずに
私は今日もこんな夢をみて泣きながら目を覚ます
彼女にはお気に入りのシガレットケースがある
くすんだ銀のケースで
オレンジ色の植物のツタが絡まったような装飾がされている
深い瑪瑙のガラスがはめ込まれ
ふたを閉じるボタンは蛾の体裁をしていた
安っぽいベージュのマニキュアが塗られた指で
そのふたを開けるとき
彼女はたいてい泣いている
「私は蝶になるより蛾になりたい。昼に無邪気に花に惹かれて淡い蜜を吸うよりも、夜にネオンに引き寄せられて体を焼かれる方がよっぽど魅力的」
そう言っていつだってそのしなやかな指先でマッチを擦るとき
彼女はたいてい泣いている
ぼろぼろになったフィオナが家にやってきたのはちょうど午前2時をすぎた頃だった。
前触れ無くフィオナがチャイムを鳴らすのは良くあることだったので
たいして驚くこともなくドアを開けた。
彼女は両腕に異様なモノを抱いていた。
それは黒と茶が入り交じった、異常にぐったり、というかべとりとしたもので、まるでフィオナの体の中から吐露したモノのようだった。
「ねぇ、これ、埋めてあげて」
涙と汗でぐしょぐしょになった顔をゆがめて、彼女は立っていた。
「ねぇ、」
「ちょっとまって。」
僕は大きなゴミ袋とタオルと、滑稽なことに包丁とをひっつかんで、むさ苦しい外へでていった。
フィオナの体は水をかぶったみたいに濡れていた。
僕はタオルを彼女に渡してやり、包丁をゴミ袋にくるんでアパートの階段を下りた。
彼女は鼻をすすることも顔を拭くこともせずに、こつこつと靴音だけをならして僕の後をついてきた。
家の近くの神社の、木の茂る境内の裏に、僕は包丁で丁寧に穴を掘った。
フィオナは僕の1メートルくらい後ろで立ったままさめざめと泣いていた。
タオルを頭からかぶって、うなだれていた。小学生の頃と変わらない。
僕が掘った墓穴の隣には、ずっと昔、金魚を埋めた墓があるはずだった。
包丁はかりかりと音を立てて地面を削った。
刃がこぼれ、刀身は曇った。
「ここにいれて」
とゴミ袋を手渡そうとしたら、彼女は首を振って、
「だめよ。地面に帰らないもの」
と言った。
僕が掘った大きな穴に、猫はおさまった。
僕はなるべく顔を見ないようにとしていたが、
ちらりと、飛び出した眼球が目に入ってしまった。
猫から引き剥がされた彼女は、なんだか不完全な生き物のようになってしまった。
両の腕の間には、何もなかった。
彼女は、空っぽの両手で土をすくって、猫の上にかけてやった。
彼女は何かささやいていた。
そうして彼女はは両手で一度に土をかけてしまった。僕は刃の欠けた包丁を持ったまま、しゃがみ込んでいるフィオナの背中を眺めていた。
月が細く輪を描くように光を投げかけていた。彼女の体から、すこしタバコの臭いがした。
僕らはただしばらくそうしてそこにたたずんでいた。
読者は居ない
と 仮定して
今は
ちょっとだけ
誰にも見えないところへ
美しい自分だけを残して
初雪の日の空のような心になるまで
そのほっそりした指で塞いだ眼にはどんなモノが出入りするのやら
そのあばずれがストッキングを履き直したのは午前4時
震える足を必死に率いてもつれるように裏口から道路へでた
顔の輪郭を浮き上がらせる感傷のようなネオンの光がちらつき
彼女は嘔吐する
げぇえ、げぇえ、
そしていくつか建前の咳をしてしまうと
指に絡めた黒いエナメルのハンドバックの紐を手から引き剥がし
乱雑にとめられたブラウスの胸元をハズし、
黒のタイトスカートをすそからびりびりと破り上げ
ブラのホックをはずし
ショー ツを丁寧に剥ぎ取った
そして彼女はすっかり綺麗になった
始まりは風のような誘惑
匂い立つような鮮やかな旋律
彼女は、最初は、何か仕掛けがあると思っていた。
でなければ、こんなにも順序よく不幸がやってくるなんて説明できないから。
今朝、彼女は近所の猫の死体を見た。
茶色と黒が混ざったべたりとした毛皮をくっきりと切り裂いたタイヤの跡が残っているのを、彼女は見た。
猫を轢いた車は、路肩に止まっていた。
車の窓を開けた男が、彼女を見た。
男は吸っていたタバコを窓の外に投げ捨てて、不快そうな顔でアクセルを踏んで、去った。
排気ガスが、彼女の顔にも、猫の死体にも降りかかり、彼女はその場で体の血が凍ってしまったように感じた。
夏の炎天下の中、体が凍った彼女は、気がつくとさっきの男の車の中にいた。
ようやく溶けだした体の循環は、だらだらと彼女の体の上を流れる様に這い回り、頬に張り付いた髪の毛と、タバコの臭いが染みついた男の臭いが、彼女の脳をかき乱し、両の足はがくがくと震え、猫の死体と、迫り上がる太陽と、粘つく臭い、腐敗、懺悔、炎天下の車、くっきりと切り裂いたタイヤの
会いたい人がいる
会って抱きしめて母親のようにキスしたい人がいる
涙が止まらないのは病気かしら?
何かの前兆かしら?
必要なだけの時間を切り取りたい。
細胞で埋まったこの皮膚 吸い付くような皮膚
これは煙ではなく灰だ
すべては粉でできた骨董品
感情だけが新調で
ハイハットが命を刻む
分かったような口を利くのが好きな彼女は、
今日も靴をかたかた言わせて仕事場の階段を上る。
天井に張り巡らされたクリスマスツリーの飾りのような ランプが、混沌としたオフィスを浮かび上がらせる。
どこからかオーナーが集めてきた色とりどりのイスが所狭しとおかれ、
コーヒーメーカーのおいてある少し背の高いテーブルはその場違いな空間で平静を保っていた。
「チーズバーガーとコーラ、フィレオフィッシュとミルク、これでよかった?」
「ありがとうフィオナ」
たくさんのコイルが巻き付いたような頭に、左下が欠けた眼鏡のJ。
すっぽりと黒いトレーナーに顔をうずめて画面を凝視しているスウェイ。
フィオナはJにチーズバーガーとコーラを手渡してから、スウェイのそばへ歩み寄った。
「ありがとうは、スウェイ?」
フィオナは大きな黄緑色のビッグ・ソールを履いた左足を軽く前に出し、
人差し指でもみあげのカールをなでつけた。
スウェイが仕事に熱中すると、周りが見えなくなってしまうのはいつものことなので、フィオナはそれ以上何もせずに、空色の丸イスを見つけて座った。
フィオナはタバコに火をつけて、オレンジ色のワンピースの上の白い切り替え線を指でなぞった。
私はこれ以上彼らに用はない