クリス・ミラー 著者
量子コンピューターやAI等、これからも半導体の需要は増えることはあっても減ることはないだろう。
この本は、半導体の過去・現在・未来について、
1.包括的な解説: 技術的な進歩だけでなく、それを巡る政治、軍事、経済といった多角的な側面から半導体の歴史と現在を網羅的に解説している。
2.取材に基づくリアリティ: 100人を超える科学者、技術者、CEO、政府官僚へのインタビューに基づいており、緊迫した交渉や技術開発の裏側が描かれている。
3. 世界的ベストセラー: ニューヨーク・タイムズのベストセラーであり、フィナンシャル・タイムズビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2022を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている。
*ミラーの見方は、この「半導体戦争」は世界構造そのものを変える長期戦であり、最終的な結末は、アメリカとその同盟国が最先端の技術優位性を維持できるか、あるいは中国が既存のサプライチェーンを乗り越えるブレイクスルーを実現できるかにかかっている、と結論としてまとめている。
更に、この本では、台湾とその中でも特に鍵となる企業の一つ、TSMC(台湾積体電路製造)が世界経済にどれほど重要かについて、特に丁寧に解説している。
*半導体戦争における台湾
ミラーの見解、および現在の国際情勢の分析から見ると、TSMCに代表される台湾の半導体の優位性は、技術面ではしばらく継続するものの、地政学的な要因によりその独占的な地位は揺らぎ始めるとされている。
この優位性の将来は、主に以下の3つの相反する力によって形作られると見られている。
1. 地政学的リスクによる「製造拠点の分散」
台湾の優位性を今後最も揺るがすのは、地政学的なリスク(台湾有事の懸念)。これは、世界の主要国が「台湾依存」から脱却しようとする動きにつながっている。
「シリコンの盾」の限界:
TSMCの存在は、中国による台湾侵攻を抑止する「シリコンの盾」として機能してきたが、このリスク自体が、逆にアメリカやEU、日本などの顧客国・地域に国内での製造能力確保(オンショアリング)を強く促す動機となっている。
国家による支援と工場建設:
米国(アリゾナ): TSMCは巨額の補助金(CHIPS法)を受けて、アリゾナ州に最先端の工場を建設中であり、2020年代後半には製造拠点が分散される。
日本(熊本): 日本でもソニーやデンソーとの合弁会社(JASM)を通じて、主に車載や産業向けの半導体製造が進められている。
短期的な影響は限定的:
ただし、米国のアリゾナ工場はコスト高や文化摩擦、人材不足などの課題に直面しており、すぐに台湾の生産能力を代替できるわけではない。当面、最先端技術の開発・量産の中心地は台湾に留まると見られている。
2. 技術面・人材面での「強固な優位性」の維持
台湾、特にTSMCは、依然として半導体製造技術において圧倒的なリーダーであり続ける。
最先端技術の独走:
TSMCは現在、3nmプロセスの量産を進め、2nm、さらには1.6nmなどの次世代技術の開発を先導しており、技術ロードマップにおいて競合他社(サムスン、インテル)に対して優位性を保っている。
人材とエコシステムの集中:
長年の集積により、台湾には熟練した技術者が豊富におり、製造に必要なサプライチェーン(材料、装置、関連企業)が極めてコンパクトに集中している。この高度に最適化されたエコシステムは、簡単に他国で再現できるものではない。TSMC自身も、海外拠点に比べ、台湾国内に大規模なR&Dセンターを保持し続けることで、技術開発の中核を守るとしている。
3. 台湾の「世界に対する影響力」の変化
台湾の半導体優位性が、「絶対的な独占」から「戦略的な分散の一部」へと変化していく可能性が高い。
経済的な依存度の高まり:
台湾の輸出に占める集積回路の割合は高まっており(情報源によっては4割に迫る)、経済全体が半導体産業にますます依存している。これは、産業の成功を示す一方で、特定産業への依存度が高すぎるという脆弱性も示している。
「台湾リスク」の取引材料化:
台湾の優位性は、地政学的なリスクと表裏一体であるため、台湾はこれを外交・安全保障上の重要な交渉材料として利用し続ける。海外工場を建設しつつも、最先端技術は台湾に留めるという戦略によって、台湾が国際社会で無視できない存在である地位は維持される。
結論
、著者ミラーの視点では、台湾の優位性は「世界最重要テクノロジーの開発をリードし続ける能力」として今後も維持される。しかし、地政学的リスクによる製造拠点の分散(デリスキング)は避けられず、台湾は製造能力の「絶対的なシェア」ではなく、「最先端技術における独占的なリーダーシップ」を通じてその重要性を保つことになると言える。
*韓国、アメリカ、日本、
台湾のTSMCが持つ最先端の半導体製造技術(3nmや2nmといった微細化プロセス)は、世界の他の地域でもその能力を獲得・確立しようと、熾烈な競争と国家的な投資が行われている。
現時点で、台湾以外で最先端の半導体を製造する能力を持つ、あるいは最も近い将来に可能にすると考えられる国は以下の通り。
1位:韓国 (Samsung Electronics)
台湾のTSMCに最も肉薄し、技術的にも競争関係にあるのが韓国のSamsung Electronics(サムスン電子)。
現在の技術水準: サムスンは、TSMCに次いで世界で2番目に早く3nmプロセスの量産を開始したと発表している(2022年)。技術的にはTSMCとほぼ並ぶ、唯一の競合相手。
製造拠点: 主な生産拠点は韓国国内(華城、平澤など)に集積している。また、米国のテキサス州オースティンにも製造拠点を持ち、さらにはテキサス州テイラー市に巨額の投資をして新工場を建設中。
特徴: サムスンは、メモリ半導体(DRAM、NAND)では世界トップシェアだが、ロジック半導体のファウンドリ(受託製造)事業でもTSMCを追い上げている。
2位:アメリカ (Intel / TSMCの進出)
アメリカは半導体の設計(ファブレス企業)で圧倒的な優位性を持っているが、製造(ファウンドリ)能力を国家戦略として急速に再構築している。
Intelの再興: かつて製造も設計も世界トップだったIntel(インテル)が、ファウンドリ事業を本格的に強化している。2025年までにTSMCやサムスンに匹敵する「Intel 18A」(実質1.8nm相当)の技術を確立することを目指している。
製造拠点: アメリカ国内のオレゴン州やアリゾナ州、そしてオハイオ州などで大規模な新工場を建設中。
TSMCの進出: 地政学的なリスク分散のため、TSMC自身が米国政府からの補助金(CHIPS法)を得て、アリゾナ州に最先端の工場を建設しており、将来的に3nmクラスのチップを製造する予定。
3位:日本 (Rapidus / TSMCの進出)
日本は現在、最先端の製造能力では台湾や韓国に大きく遅れをとっているが、国家的なプロジェクトとしてその復活を目指している。
Rapidus(ラピダス): トヨタ、ソニー、ソフトバンクなどが出資し、政府が支援する新会社で、2020年代後半に2nm相当の先端半導体を量産するという極めて野心的な目標を掲げている。
技術提携: 米国IBMからの技術導入や、ベルギーのimec(アイメック)との連携を通じて、技術開発を急いでいる。
製造拠点: 北海道の千歳に大規模な工場を建設中。
TSMCの進出 (JASM): TSMCが熊本に建設中の第1・第2工場は、主に20nmから6nmクラス(現時点での最先端とまでは言えないが、高性能な技術)の半導体製造を担い、日本の自動車産業や産業機器に不可欠なチップを供給。
*そして、中国、
「半導体戦争」において、中国は「外部の技術に依存しない、自律的な製造能力」の獲得を最大の目標としている。
現時点では、最先端技術の製造能力は、規制により韓国やアメリカに比べて遅れをとっているが、国家の意志として巨額を投じ続けているため、その技術的なギャップをどこまで埋められるか、または規制をかいくぐる技術的なブレイクスルーを起こせるかが、今後の国際情勢の大きな焦点となっている。
中国が今後、先端半導体の製造能力を外部に頼らずに確立するために、特に力を入れているのが「製造装置の国産化」だ。
中国の現在の技術水準と課題
1. 技術的な位置付け:数年程度の遅れ中国最大の半導体受託製造(ファウンドリ)企業であるSMIC(中芯国際集成電路製造)は、技術的なキャッチアップを急速に進めているが、最先端技術では台湾や韓国に数年程度の遅れがあるのが現状。
到達技術: SMICは、アメリカの輸出規制が本格化する前に輸入した旧世代の製造装置(DUVリソグラフィ装置)を駆使し、7nmクラスのチップ製造に成功したとされている。これは台湾・韓国の約4~5年遅れに相当。
歩留まりとコスト: DUV装置で7nmやそれ以上の微細化(5nm相当への挑戦も報じられている)を実現するには、「多重露光」という非常に複雑な工程が必要になり、歩留まり(良品率)が低く、製造コストが非常に高くなるという問題に直面している。
2. 最も大きな障壁:製造装置の規制 中国が台湾や韓国と肩を並べる最先端技術(5nm以下)を量産するためには、EUV(極端紫外線)リソグラフィ装置が不可欠だが、これが最も大きな壁となっている。EUVの入手不可: EUV装置はオランダのASMLが独占的に製造しており、アメリカ政府の要請により、この最先端装置は中国への輸出が厳しく制限されている。
日米蘭の協調: 製造装置や高性能チップ設計に必要なソフトウェア(EDAツール)について、アメリカ、日本、オランダの3ヶ国が連携して中国への輸出規制を強化しており、これが中国の先端技術開発を強く制約している。
中国の国家戦略 中国は、この外部からの制約を打破し、半導体を完全に自給することを目指し、国家的なプロジェクトとして巨額の投資を続けている。
「中国製造2025」: 2025年までに半導体の自給率を70%に引き上げるという野心的な目標を掲げ(現状は大幅に未達)、政府主導で国内企業への補助金や支援を行っている。
「二重循環」: 国際社会からの供給が途絶した場合に備え、国内で完結できる「内なるサプライチェーン(国産化)」の構築を最優先課題としている。
レガシーノードへの注力: 一方で、規制がかかりにくい成熟した技術(28nm~90nm)の半導体(自動車、家電、一般的な産業用チップなどに使用)の製造能力は急速に伸ばしており、この分野では世界的なシェアを高めつつある。
今、話題になっている台湾有事についても、各国の半導体の技術製造の帰趨が大きく関係してくる。