高音質CDと書かれているのに高音質ではないCD。巷には、そんなCDが並んでいる。
よく売れた名盤、名演奏の録音は後になって、音の再ミックスや調整が加えられ、再販される。
それが高音質CDだ。
往々にして、高音質CDは初版よりも平均音量が大きく仕上げてある。つまり、音がデカい。
この手のCDで初版よりも6dBくらい大きい音にしてあるなどはザラだ。酷いものは割れんばかりの音量に仕上げてある。
普通の人は、A、B比較視聴して、音が大きいほうがいい音だと思うものなのだ。だから、レコード会社は音量を上げて高音質盤として売り出す。
楽音の音量を上げて吹き込むとどうなるか?
当然だが、曲の盛り上がりの部分で音が大きくなりすぎて、音が割れる。だから、盛り上がりの部分で音が割れないように、音が上がりきらないように特殊な加工をする。これがリミッターと呼ばれるエフェクトである。
小さな音は大きく、大きな音は小さくする加工する。この装置をコンプレッサーと呼ぶ。これをかけると、音がデカくて起伏のないCDが出来る。
当然、そのようなCDで聞く音楽は、盛り上がりに欠ける。
これが音の悪い高音質CDの正体だ。
そして、困ったことに、粗末な再生装置では、このように潰された音のほうが良い音に聞こえる。
なぜなら、音がつぶされずに録音されたものを、低級な装置で再生すると、アンプやスピーカーのほうで音が歪んでしまうからだ。
リミッターのように音声のピークで音量が小さくなるのではなく、そこで歪んだ音が出てしまう。
だから、リスナーが音が悪いと感じてしまう。
また、リミッターの施されていない録音は音量が小さく、粗末な装置で聞くとノイズが浮いてくる。
本来の意味で高音質の録音とは、装置が高級になるにしたがって、音質が良く聞こえるはずだが、近年ではその逆の現象がおきている。
実際の生の音は、音の大小がきわめて広い。この音の大小をダイナミックレンジというが、それは、マイクロフォンを通ることによって縮小され、更に、アンプなどの増幅装置を通ることで縮小され、録音される段階でまた縮小される。
最終的にスピーカーから出てきた音。その音は、生で聞くより随分と音の大小が潰されているものだ。オーディオの悲しみはそこにある。
それを更に潰して吹き込んだものが、最近、高音質CDとして売られている。
それをハイエンド(最上級)の高級オーディオマニアが買いあさっている。
次第に、彼らは音楽を聴いてどう感じたかということより、どれだけ元気な音が出たかという事ばかりに心を奪われるようになる。
そして、音響メーカーは、そのような「潰された録音のCDがいかによく聞こえるか」ということに、日々奮闘しているわけだ。
悲しいのは、このような録音技術の変遷によって、音の強弱について鈍感なプレイヤーが多くなってしまった事だ。
こんなことを書くと、僕がコンプレッサーやリミッターを敵視しているように思われるかもしれないが、僕はむしろコンプレッサーやリミッターについては肯定派だ。おおいに音を潰すべきだ。
一般的な家庭における音響装置で、最もよく聞こえるようにCDを作る。それ自体はとても良いことだ。
ただ、僕が危惧しているのは、本当に良い音のする装置やCDが、この世から存在しなくなることだ。そして、本当に良いプレイヤーが潰されていく今の業界システムに対して、釈然としない思いを抱いている。
しかし、このような時代もいつかは終わるだろう。
おそらく、未来のオーディオ装置では、レコードから平均音量を導き出し、自動で音量を設定する音響機器が現れると思われる。
そして、機械のパネルには「平均レベル」というツマミが付くのだろう。
それが20年後か100年後かはわからない。
さらにその先は、リミッターやコンプレッサーを再生装置側が掛ける時代が来る。
そうなると、今日の音響の常識はいっぺんにひっくり返る。今の高級装置は見向きもされなくなる。そんな時代を見てみたいものだ。
最後におさらいすると
・CDを比較視聴した場合、音量が小さいほうが高級な音質である。
・CDを比較視聴して、音量が大きいほうが音が良いと感じた場合は再生装置が粗末である。
今では非常識なこの理論が、未来では常識になるときがくる。
むろん、これは原則的な話だ。各種条件によって結果は異なる。しかし、原則としてはこの理論が通る時代が必ずくると信じている。
しかし、せっかくだから、今は潰れた音の全盛期を満喫するのも悪くない。