マーラーの交響曲 | JohnnyClassic

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ロック・ヴォーカリストJohnny が、厳選し紹介する
次世代にも引き継いで行きたいクラシックの名盤選集です
このブログで、クラシックを好きになってもらえると嬉しいですね ♪

いよいよマーラーまできました。シューマンが亡くなった数年後の1860年に生まれ、20世紀の1911年に亡くなりました。オーストリア出身で、38歳にはウィーンフィルを指揮しています。とは言え、これから選盤するもので、ウィーンフィルのものはないのですが(^^;)


クラシックの交響曲でどの曲が好きかと訊かれると、当たり前でベートーヴェンの第九やチャイコフスキーの悲愴を挙げますが、どの交響曲作曲家が好きかと訊かれると、私はマーラーです。九つの長大な交響曲群(+未完成の第10番+大地の歌)。退屈と思える箇所も沢山あるのに、否定する気にならないのが不思議です。この曲はこうでなくてはならない、という必然性と言うか存在感があります。


私がマーラーを好きになったのは、最も多感な中学生のとき。自分の中で第2次クラシック・ブームでした。と言うより、クラシック・ファンの誰もがそういう道を辿っていると思います。まずはモーツァルトやベートーヴェンの親しみやすい曲を幼少の頃に聴き、その後、マーラーを聴いて衝撃を受けるわけです。迫力がありカッコ良くて思索的、ホルモン溢れ悩める若い男性にはピッタリです。


マーラーの交響曲には、悲哀、葬送、天上、慰め、威圧、恐れ、歓喜、そのようなものが混沌としています。また20世紀の作曲家なので沢山のエピソードが残っています。美しく才能溢れ社交的な世紀末のファム・ファタール(運命の女)のアルマを妻に出来たのに、その天真爛漫さに悩み、精神科医に相談するくらい苦しんでいたようです(同じ男としてわかる気も…^^;)。また、ベートーヴェンやブルックナーのように9つの交響曲を書いたら死んじゃうんじゃないかとも悩んでいたようです(しっかりしなはれ!、ハイドンやモッさんは数十曲以上書いてますやん!、シューマンやブラームスはたったの4曲でんがな!)。ですが、ブルックナーのように奇妙奇天烈な感じは受けません、繊細で考え込むタイプだったのだと思います。もちろん、指揮者としての厳しさや曲の素晴らしさからは、相当の自信も窺えます。


そんな人間的なところが、20世紀の世紀末が近付くにつれて人気を博したのか、1980年代~90年代には全世界的にマーラーブームが起こりました。自称・他称問わず、マーラーの専門家、と言われる指揮者も現れました。


まずは実際の弟子だったワルター。優美な演奏は、20世紀末に流行った現代のマーラー解釈とかなり異なった印象を受けます。全集を初めて完成させたバーンスタイン、しかしとにかく遅いです(^^;)。アバドは、シカゴ・ベルリンフィル・ウィーンフィルを活用し全集を完成、超薄味です。ショルティは、手兵シカゴと剛直なマーラーを。インバルはワンマイクのこだわりの録音のマーラー。ベルティーニは、マーラーのグロテスクさを排除し美しく表現しました。


セルやカラヤンは数曲しか録音していませんが、流行った時期ではなかったのと、まあ彼らには合わないかな、という気もします。


マーラーの交響曲は本当に長大です。はっきり言って長過ぎます。9曲中、CDだと2枚組になる曲が何と6曲です! 聴く方には相当の辛抱が要求されます。私ですら最近は、途中で寝てしまったり、そんな時間を確保出来なかったりと、殆ど聴いてませんね(^^;)


さて、今回も私の主観の評点を付けました。やはり1・2・6番がズバ抜けていいと思いますしとっつきやすいですね。第10番と「大地の歌」は、割愛します。


第1番「巨人」:9点

第2番「復活」:10点

第3番:4点

第4番:6点

第5番:6点

第6番「悲劇的」:10点

第7番:7点

第8番:6点

第9番:7点


では、これらの大長編を書く力を蓄えて!から、また第1番から紹介していきましょう。