(この記事は、9月号会報掲載の記事を、スタッフが代理で投稿しています)
この3年間、整体(指導)を継続的に受けてきたことによって、
「今回の人生では決して変えられないと思ったところが
氷解してしまった!」
という実感を何度も味わった。
そのため以前に巻頭言に掲げた「氣道創始」の文章より抜粋したい。
(少々長いですがご寛容の程)
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お稽古事としての【個人指導】(整体)
髪が伸びれば、散髪に行かざるを得ないのに、
なぜ体のほうは整えようとしないのだろうか。
この事、改めて真剣に考える必要があろう。
散髪は仕方ない、体は乱れているかどうかが自覚できないから…
果たしてそれだけだろうか。
口では「健康が第一」と言いながら、
私たちは心(や体)のことをおろそかにしているのではないだろうか。
ピアノやダンス等々、興味を持ったものなら稽古するのに、
何故、何より大事な、一生用いてゆく道具である
体や心の遣い方を稽古しようと思わないのだろうか?
そして、症状や悩みを抱え、心身に異常を感じた時に初めて慌てる。
その上、自分自身の身心であるのに病院や心理療法にお任せする。
この事があまりに可笑しい事、
中学生でも少し考えれば分かるのではないだろうか。
然して、心身を整え、育んでゆく稽古の場が
限りなく少ないのも事実である。
我田引水となってしまうが、
ここに氣道そして当会の存在意義があろう。
とりわけ個人指導(【整体】)はその代表である。
なお、体(潜在意識)を整える「稽古」という意味で、
巷の整体とは技術も全く異にする。
(それは当会の源流である野口整体同様、愉氣を基礎とする。
他の整体がだんだんと強い刺激でないと感じなくなるのと異なり、
愉氣は受ける毎に心身が敏感になる。
かつ依存も全く無い。)
個人指導(整体)は、身心を育む『究極のお稽古事』であろう。
しかも受けるだけで稽古になる。
この点は、大いに特筆すべき事であろう。
つまり、受動的なお稽古事であり、しかも快ちよい。
お稽古事と言えば、
ピアノのレッスンでも最初は先生が模範を呈するように、
個人指導(整体)は治療的な文脈から始まる事が多い。
そうして段々と潜在体力、潜在能力を発揮してゆく段階になる。
こうした流れはピアノに限らず、他のいかなる分野のお稽古事と同様である。
そしてピアノもそうだが、他の分野では、
プロになっても必ず稽古(指導)を受ける。
そのように、「受けるだけで心身を整え、自然に育むお稽古事」として
個人指導(整体)を活用して戴きたく思っている。
そのため、裡に潜在する能力や体力を十全に発揮されたい方や、
ますます楽々悠々と自然に生きることを望む方には、
ぜひ継続的に活用して戴くことをお薦めしたい。
体を育むこの稽古は、必ずや、
人生に安心と活気をもたらす文字通りの基礎となるだろう。
なお、中には毎週どころか連日で受けられる方もいらっしゃるが、
ごく短期間での体質改善、潜在意識改善を望む方は別として、
自覚症状なく通常の健康状態の方ならば
月に1、2度で充分である事も付記しておく。
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11月より、その整体法を習得する。”集中コース”が行われる。
講座&レッスン | 氣道協会
今年最後の整体法を学ぶ機会。
多くの方々のためにご活用頂きたい。
淨潤

