「パリ・リトグラフ工房idemから」 | Thinking every day, every night

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夢想家"上智まさはる"が人生のさまざまについてうわごとのように語る

1月末の平日に、東京駅の東京ステーションギャラリーで開催された展覧会「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。」(副題:「パリ・リトグラフ工房idemから -現代アーティスト20人の叫びと囁き」)に行ってきました。

 

すでに終了してしまっていて恐縮ですが、足跡を残す意味で簡単にご報告しておきます。

 

・名称  :君が叫んだ

      その場所こそが

      ほんとの世界の

      真ん中なのだ。

      パリ・リトグラフ工房idemから

        -現代アーティスト20人の叫びと囁き  
・会場  :東京ステーションギャラリー
・会期  :2015年12月5日(土)―2016年2月7日(月) 
・開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)

      金曜日は20:00まで
・休館日 :1/11を除く月曜日、12/28-1/1、1/12
・料金  :一般 1000円 高校・大学生 800円

      中学生以下 無料 

 

 

やたら長いタイトルがついていますが、これは本展が原田マハの小説『ロマンシエ』と連動する形になっていて、その小説の中でキーとなる登場人物が発した言葉からとったようです。

 

リトグラフについて、事前知識としては「版画の手法の一種」くらいしか知らなかったので、入門という意味でちょうどいい機会を得ました。

 

◆リトグラフとは

リトグラフは18世紀末にドイツで石灰石に書き記したメモを酸で処理したあと、石鹸で消そうとしたことがヒントになって生まれた技法。

 

その手法をごく簡単に言うと、リトクレヨンや解墨など油脂分が多い描画材で描画した石版石(石灰岩)を化学処理して、油性インクを引き付ける描画部分と、水分を保ちインクを弾く非描画部分に分離し、水と油の反発作用を利用して、描画部分に乗った油性インクだけを専用のプレス機によって紙に転写する版画手法です。

版面に直接描いた絵を、ほぼそのまま紙に刷り取れるのが特徴。

 

もっと詳しい手順については、以下のサイトなどを参考にしてみてください。

MAU造形ファイル・リトグラフ

Wikipedia

 

なお、元来、リトグラフの版には、ドイツのゾルンホーフェン石切場で採掘される石灰石を使用していましたが、版画の大型化や物理的な要因に伴って、金属板(アルミ板)を用いることが多くなっているそうです。
さらには、化学処理された木板を使い、専用の用具で描画する「木版リトグラフ」と呼ばれるものや、シリコンで非描画部分をマスキングして製版を行うことで水を使用しない「ウォーターレス・リトグラフ」などの新たな材料や方法も開発されているそうです。

 

◆パリ・リトグラフ工房 Idem Parisについて

Idem Parisは元は「ムルロー工房」という名で、あのピカソやマティス、シャガール、ミロといった芸術家が1940年代半ばから70年代にかけて数々の名作を生みだす舞台となった工房として知られています。

このブログでつい最近紹介したシャガールの『ダフニスとクロエ』もここで制作されたものです。

 

Idemでは当時のプレス機が今も大切に使われ、アーティストとIdemの協同、あるいはアーティスト同志のコラボレーションの場として重要な役割を果たしているようです。

 

◆展覧会の感想

本展は、Idem Parisの磁力に引き寄せられた気鋭の現代アーティストr20名がIdemで制作した約130点のリトグラフから構成されていました。

 

最初に述べたとおり、私はこれまでリトグラフを意識して見たことがなかったので、こうやって一気に鑑賞する機会を得て、また世界が少し広がった気がします。

 

中でも一番驚いたのは、あの『エレファント・マン』『ツイン・ピークス』『砂の惑星』などで有名な鬼才の映画監督デヴィッド・リンチがリトグラフを制作していること。

あとでネットで調べてみると、彼はもともと画家を志していて、ワシントン美術大学、ボストン美術館付属美術学校、ペンシルベニア芸術科学アカデミーなどで学んでいたんですね。

 

その作品は…たしかにいかにも「彼らしい」ですね。

この展覧会で私が個人的に一番気に入ったのも彼の一連の作品でした。

 

 

デヴィッド・リンチ《頭の修理》 2010年 © Item éditions

 

 

デヴィッド・リンチ《ザムトグ理論実験》 2009年 © Item éditions

 

デヴィッド・リンチ《家にいる虫の家族》 2008年 © Item éditions

 

 

デヴィッド・リンチ《傷だらけの腕》 2007年 © Item éditions

 

また、デヴィッド・リンチは、Idem Parisを紹介するビデオまで制作していて、本展の中でも上映していました。全部で8分。

見る前はリトグラフの入門ビデオかと思いましたが、これを見てもリトグラフの何なのかは分かりません。

ただ実際にどんなプレス機でどんな感じで作家が作品を制作しているかがよく分かります。

まさに「工房」、いや「工場」ですね。

 

Youtubeに転がっていたので埋め込んでおきますね。

どうぞ↓

 

 

JRというアーテイストの下の作品は、本展のパンフレットに起用されているので、おそらくIdemで制作された作品の代表格とみなされているのでしょう。

 

JRはもちろんJapan Railwayではありません。

略歴を見てみると、フランスの写真家であり、ストリート・アーティストであり、2011年に弱冠27歳でTEDが主催するTED賞を受賞しています。

当時、異例の受賞として物議をかもしたようです。

 

JR《「テーブルに寄りかかる男」(1915-1916)の前の自画像、パブロ・ピカソ、パリ、フランス》©JR-ART.NET

 

この作品。

全体がまさに工房Idemの作業場の写真ですね。

中央にあるのが印刷のプレス機でしょうか?

そして中央の壁にある点描のようなもの。よく見ると人の眼です。

これ、パブロ・ピカソの眼を拡大したものなのだそうです。

そしてそのピカソがこの同じ工房で20世紀のはじめに実際にリトグラフ制作に汗を流していた。

そんなこんなに思いを馳せさせてくれる作品です。

 

 

日本人アーティストも何人も工房Idemでリトグラフを制作しているようです。

今回の出品アーティストとしては、南川史門、森山大道、岡部昌生、辰野登恵子、やなぎみわの5名。

 

森山大道《下高井戸のタイツⅠ》 2015年 © Item éditions

 

 

辰野登恵子《AIWIP-8》 2011年 個人蔵

 

 

やなぎみわ《無題Ⅱ》 2015年 ©Miwa Yanagi 2015

 

やなぎみわは1967年生まれ。

2009年に第53回「ヴェネツィア・ビエンナーレ」美術展日本館出展。2012年から京都造形芸術大学美術工芸学科教授。

50になろうとする大家にして初めてのIdemでのリトグラフ制作への飽くなき挑戦。頭が下がります。

 

 

その他、いかにも石版画といえるような質感のものから、商用ポスターのようなもの、抽象画のようなものなど、さまざまな作品が飾られていましたので、ここにいくつか紹介しておきます。

 

キャロル・ベンザケン《伝道の書7章24節, Ⅷ》 2007年 © Item éditions

 

キャロル・ベンザケン《マグノリア》 2015年 © Item éditions

 

キャロル・ベンザケンは、フランスの革新的な現代アーティストに送られるマルセル・デュシャン賞を2004年に受賞した気鋭の作家。

今回は過去の作品とともに和紙を使った最新作を展示。

この「マグノリア」で使用した和紙は世界一薄いとされる「土佐典具帖紙」。

3枚の積層からなり、赤、緑、黒であらわされるマグノリア(モクレン)の花と枝が、互いに透けて重なりあっています。

一番奥の紙のうっすらと透けてみえる黒は、実は一番手前の和紙に印刷された黒を逆さにしたものだそうです。

 


フランソワーズ・ペトロヴィッチ《姉妹》 2014年 © Item éditions

 

フランソワーズ・ペトロヴィッチは「怖かわいい」少女画や人形が特徴的な1964年生まれのフランスのアーティスト。

このリトグラフ作品でも少女や思春期の秘められた脆弱さや危うさを伴う精神性を見事にあらわしていると思います。

 

 

ジャン=ミシェル・アルベロナ《大いなる矛盾Ⅱ みんなで知恵を出しあう》 2012年 © Item éditions

 

 

ピエール・ラ・ポリス 《夜に光る君の巨大なステッカー》 2007年 © Item éditions

 

 

東京ステーションギャラリーは東京駅の歴史の重みを感じさせる赤レンガの壁が独特の雰囲気を醸し出す美術館なのですが、これまでもその特徴をうまく活かすような企画展を次々に打ち出していますね。

 

最近だと「ジャン・フォートリエ展」、「鴨居玲展」などがなかなか雰囲気があって強烈な印象を受けました。

 

そしてこのリトグラフにも赤レンガの壁はよくマッチしていました。

 

以上です。