Thinking every day, every night

Thinking every day, every night

夢想家"上智まさはる"が人生のさまざまについてうわごとのように語る


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日本とスウェーデンの外交関係樹立150周年を記念して、サカリ・オラモ指揮 ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の特別演奏会が、9/2(日)〜9/4(火)の3日間連続で公演されたので、その初日に行ってきました。
 

 

 

 9月2日(日) 14:00-

 特別演奏会Ⅰ《辻井伸行との競演》

     ムンクテル:交響的絵画《砕ける波》

     ベートーベンピアノ協奏曲第5番《皇帝》  

     チャイコフスキー交響曲第5番

 

 9月3日(月) 19:00-

 特別演奏会Ⅱ《オーケストラの醍醐味》

     ベートーベン交響曲第5番《運命》

     マーラー交響曲第1番《巨人》

 

 9月4日(火) 19:00-

 特別演奏会Ⅲ《祝祭コンサート》

     ノーベル賞組曲

     ベートーベン交響曲第9番「合唱付」

 


 

私の行った初日は、今や日本を代表する盲目のピアニスト辻井伸行との「共演」ならぬ「競演」が目玉!

 

辻井伸行の生演奏はこれが初めて!

死ぬまでにぜひ一度は生・辻井を拝みたい(笑)と思っていたので、今回はそれだけでも感激でした!

 

辻井人気が相まってか、初日はほぼ満席でした。

 

 

■ムンクテル:交響的絵画《砕ける波》

 

最初の演目は、ムンクテルの《砕ける波》。

辻井伸行の出番はありません。

 

ムンクテルという作曲家は全く知らなかったのですが、スウェーデンでは著名な18世紀後半から19世紀初頭にかけて活躍した女性の作曲家とのこと。音楽史的には後期ロマン派音楽に属するようです。

 

この《砕ける波》は、「交響的絵画」という言葉が示すとおり、北欧の荒波を、ロマン主義的なダイナミックな音のうねりと、細かい音の粒を積み上げた印象派風の描写を融合させ、いかにも絵画を見るかのように表現したもので、作曲家の趣向と才気が感じられる作品でした。

 

ロマン派音楽というと、演奏家の巧拙に依存するとは思いますが、ややもすると聞き苦しいほどにヒステリックな感情・感動の押しつけがましさや音の歪みが気になることがありますが、今回の演奏でそういう鬱陶しさを感じることがなかったのは、作品の優秀さもさることながら、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の出す、とても落ち着いた、静謐でふくよかで濁りのない心地よい響きが大きく寄与していると感じました。

 

私はフィンランドの国民的作曲家シベリウスが大のお気に入りなのですが、ムンクテルのこの作品とロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の奏でる音楽には、同じ「北欧の管弦楽的嗜好」が確実に流れていると実感できました。

 

この心地よく安定した音色は、もちろん、各パートひとりひとりの演奏家としての技量の高さが裏打ちしているのは言うまでもないでしょう。

 

 

■ベートーベンピアノ協奏曲第5番《皇帝》

 

辻井伸行が介添人に手をとられて登場すると、

ひときわ大きな拍手の渦。

四方の聴衆に対して子供のような仕草でお辞儀をしたあと、

手でピアノの位置を確かめて慎重に着席すると、

聞き耳をたてた聴衆の沈黙が会場内を一瞬にして支配します。

 

そしておもむろに弾き始めた指から溢れ出たのは、

まさにCDで聞き慣れたあの音どもでした。

 

ひとつひとつの音が主役を与えられ、

透明感とキラキラ光る光沢を身に纏って、

生の肯定を高らかに謳い上げるあの音の粒たち。

 

それがベートーベン《皇帝》にフィットしていたかどうかは正直分かりませんが、この日のプログラムを楽しみにしてきた聴衆にとってはなんとも「贅沢」な「競演」であることに間違いありません!

 

ここでも、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団が実に心地よい音を紡ぎ出してくれていました。

個人的には特にホルンを中心とした金管低音部の抑制の効いた、そして包み込むような柔らかい音色が印象的でしたが、《皇帝》全般を通して主役となる弦楽の無理に出しゃばろうとしない実直で正確な、そして何より耳に心地よい演奏も好感が持てました。

 

あと、これは本質的な話ではありませんが、辻井伸行が自パートの演奏がない部分でも、終始、上体を少しねじれ気味に大きく前後(上下)に屈伸しながらリズムをとっている姿が印象的でした。

 

これだけの長い時間、屈伸運動を繰り返すだけでも結構な体力の消耗になるんだろうな、辻井くん大変だろうなあと、余計なお世話の心配をしてしまいました。

 

 

◆アンコール曲:

 ベートーベン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」

 

アンコール曲は、辻井伸行のピアノ独奏で、ベートーベン:ピアノ・ソナタ第14番「月光」第1楽章

《皇帝》から一転して、もの悲しい「静」の世界を切々と歌い上げ、涙腺を刺激してくれました。

う〜ん、もう1曲、別のテイスト(明)のピアノ独奏も聴きたいと思ったのは私だけではないでしょう。

 

演奏後、拍手が鳴り止まず、何度も何度も付き添いに手を取られて舞台裏から戻ってきて四方にお辞儀をしてはまた舞台裏に引っ込むというのを繰り返し、うれしいだろうけど大変だろうなと少し申し訳ない気持ちにもなりました。

 

 

■チャイコフスキー交響曲第5番

 

私の中では、

チャイコフスキーの音楽はあくまで典型的な西欧音楽の系譜に属するもので、シベリウスグリーグなどのいわゆる北欧音楽とは一線を画すものとの認識がありましたが、今回、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を聞いて感じたことは、「あっ、チャイコフスキー(ロシア)と北欧はやはり地理的にも感性的にも繋がっているんだな」ということ。

 

逆に言うと、チャイコフスキーの音楽を見事に北欧風に演奏したということなのかもしれません。

 

やはりロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の弦楽の柔らかく耳に心地よい響きと、ホルン、ファゴット、クラリネット、そしてトロンボーンなど木管・金管楽器の抑制のきいた深みのある音色がとても印象的な演奏でした。

 

 

◆アンコール曲:

 ブラームス:ハンガリー舞曲 第4番

 

鳴り止まぬ拍手のなか、舞台にハープが置かれ、サカリ・オラモ自身が「Hungarian dance!」と演目紹介。

おなじみヨハネス・ブラームスハンガリー舞曲第4番

アンコール曲にふさわしい、賑やかな花のある演目ですね。

 

やはり歪みの感じられない弦楽の演奏はお見事!

弦楽、木管、金管楽器に負けず劣らず、パーカッションも自己アピールし、もちろん華やかで弾ける曲想なのですが、高音に上滑りすることなく、落ち着いた暖かな演奏が特徴的でした!

 

 

■最後に

 

サカリ・オラモロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団も今回初めての体験でしたが、北欧音楽に親近感を持つ私にとって、安心して聞ける、とても好感の持てる楽団だということが分かったのは大きな収穫でした。

 

また、生・辻井を(個人リサイタルではなく)こんな形で初体験できたのも大きな収穫でした。

 

 

以上です。


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7月期ドラマもほぼ折り返し点に差し掛かり、ほぼ内容が見えてきましたね。まだ録画したままのものもあるのですが、ここらで私の現時点での感想を述べたいと思います。

 

◆毎週欠かさず楽しみ

◎『グッド・ドクター』(木22 フジ)

◎『透明なゆりかご』(金22 NHK総合)

◎『この世界の片隅に』(日21 TBS)

◎『義母と娘のブルース』(火22 TBS)

◎『健康で文化的な最低限度の生活』(火21 フジ)

 

◆毎週楽しみだが当面は様子見

◎『高嶺の花』(水22 日テレ)

◎『青と僕』(月25 フジ)

◎『チア★ダン』(金22 TBS)

 

◆とりあえず様子見

◎『dele』(金23:15 テレ朝)

◎『サバイバル・ウェディング』(土22 日テレ)

◎『絶対零度 未然犯罪潜入捜査』(月21 フジ)

◎『パフェちっく』(水25 フジ)

◎『ヒモメン』(土23:15 テレ朝)

 

◆録画したまま。これから視聴予定

◎『ハゲタカ』(木21 テレ朝)

◎『ラストチャンス 再生請負人』(月22 テレ東)

◎『いつかこの雨がやむ日まで』(土23:40 フジ)

◎『恋のツキ』(水25 テレ東)

 

◆早々と脱落

上記以外の多数

 

 

■ドラマ・ピックアップ&寸評

 

◎『グッド・ドクター』(木22 フジ)

 →公式サイト

 

手垢の染み付いた「ドクターもの」と思いきや、主人公の研修医自身が自閉症でサヴァン症候群という新鮮な設定。

 

空気を読まずただひたすら患者本位にドクターとしての使命を果たそうとする主人公を、日々の業務に忙殺されるドクターたちは煙たがり、厄介者扱いし、ドクター失格の烙印を押そうとしますが、それでも患者に寄り添うことを諦めない主人公の姿を見て、次第に忘れかけていたドクターとしての原点を思い出していきます。

 

主役の山崎賢人が想像以上にハマり役でサヴァン症候群の研修医を実にリアルに演じています。(私自身サヴァン症候群の方々を現実世界で見たことがないので「リアル」というよりも「生き生きと」の方が適切かもしれませんが)

 

また、研修医の教育係に任命された先輩女医を演じる上野樹里が、これまたとても魅力的で、ある意味もうひとりの主役ともいえる存在として光り輝いています。

上野樹里は一時期、「のだめ」のイメージがあまりにも強すぎて、何を演じても「のだめ」のようと評されることもありましたが、いい意味で「大人になった」印象。

 

 

◎『透明なゆりかご』(金22 NHK総合)

 →公式サイト

 

沖田×華 原作の医療ものコミック『透明なゆりかご 産婦人科医院 看護師見習い日記』のドラマ化です。

町の小さな産婦人科医院で起きる生と死の日常。

この手のドラマにかけては、NHKはさすがですね!

ドラマ初主演の清原果耶が、自信も勇気もなく将来の展望もまだ見えない、迷いだらけ挫折感だらけの見習い看護師を等身大に演じていて、ついどっぷり感情移入しちゃいます!

 

 

◎『この世界の片隅に』(日21 TBS)

 →公式サイト

 

アニメや映画、単発ドラマにもなっている同名コミックの連続TVドラマ化ですが、脚本の岡田惠和、演出の土井裕泰らの手になる王道のファミリーもの&戦争もの&女性の魂の成長物語として、落ち着いて見ていられる安定感があります。

キャスティングも主演の松本穂香松坂桃李伊藤蘭尾野真千子二階堂ふみら円熟の俳優陣が支え、期待するに十分。

 

 

◎『義母と娘のブルース』(火22 TBS)

 →公式サイト

 

設定が違和感半端ないのですが、それを差し引いても、つい見てしまうドラマです。

 

バリバリのビジネスウーマンがある日突然、義母になるという設定ですが、そもそも綾瀬はるか演じるこのビジネスウーマン、現実世界で考えるとぜんぜん優秀なビジネスウーマンとは思えないところが、最初から引っかかりっぱなしの部分です。

接待の宴席での腹芸とか、地面に穴を掘ってまで平身低頭する土下座とか…到底優秀なビジネスパーソンとは思えません。あまりにも滑稽。

 

もちろん、そのへんも織り込み済みで敢えて笑いを獲りに行こうとしているのは分かりますが、いやいやあまりにも現実とかけ離れていて笑えませんよ!

 

それでも毎週楽しみにして見ているのは、上記のような阻害要因を考慮に入れてもなお、綾瀬はるかの義母役があまりにハマっているということがもちろん大きな要因ですが、それよりもっと大きな成功要因は、私たちが家庭を持ったときに直面する数々の「常識」が本当に常識として妥当なものなのかをこの主人公が改めて問いかけてくれているところ、私たちが内心「何だかなあ…」と思いながらも「常識人」として惰性的に行っている慣習について問題提起してくれているところにあるのだと思います。

 

そういう意味で、このドラマは『逃げるは恥だが役に立つ』に通じるところがあるますね!

どちらも旧来の凝り固まった画一的な夫婦像や家族観を解体し、いろいろな形があっていいんだということを提示したところが視聴者の共感を生んだという意味で。

 

なお、ドラマの第5話の時点で2009年が舞台ですが、ナレーションが娘の回想形式になっているので、ドラマ後半は9年後の2018年が舞台になるもよう。この義母と娘が決して短くない9年もの年月を経てどのような関係になっているか興味津々です。

 


 

◎『健康で文化的な最低限度の生活』(火21 フジ)

 →公式サイト

 

柏木ハルコの同名のコミックのドラマ化。

区役所の新人ケースワーカーが生活保護の担当になり、さまざまなケースに直面するお話。

始まる前は、生活保護の現実を教条的にくどくど解説する内容になっているのではないか?とか、社会のどうしようもない暗部を描くことで重苦しい内容にならないか心配でしたが、演出のさじ加減がなかなか上手くて、正統的な社会派ドラマながら、比較的気楽に見ることができるドラマに仕上がっています。

 

主演の吉岡里帆は、これまでどちらかというと心が壊れていたりキョドっていたりする役が多かったと思いますが、このドラマではまだ何ものにも染まっていない新人社会人をうまく演じていますし、周りの同僚も川栄李奈山田裕貴ら、同年代の俳優陣で固め、先輩ケースワーカーの井浦新、上司の田中圭らも柔らかい雰囲気を醸し出しています。

 

 

◎『高嶺の花』(水22 日テレ)

 →公式サイト

 

これは正直、微妙…。

華道の浮世離れした世界の跡取り娘と、俗世間にまみれたモテない男の恋の物語といえますが、正直、視聴者がどこに連れて行かれようとしているのか、いまひとつ分からないといった感じ…。

それが脚本家の狙いなのか?

 

石原さとみ演じる華道家元の長女が、結婚式の場で婚約者に逃げられ、それが長女を華道に縛り付けたい父親(小日向文世)の陰謀であることが分かりますが、失意のなか偶然出逢った峯田和伸演じる自転車屋の男への恋が純粋なものなのか、父への当てつけなのか、主人公の行動がいまいち理解できません。

というか、そもそもこの主人公がこの男を好きになること自体があり得ないと肌で感じる自分がいます。

あくまで感覚的なものですが、視聴者にそう思われてしまったら…

 

それでも私がこのドラマを見続けているのは、もしかしたらこのドラマが、創造を宿命づけられて世俗から隔絶して生きることを課された小説家や芸術家と俗世間との断絶と融和を描く哲学小説的な試みなのではないかという淡い期待があるからですが…なんだか第6話の予告を見ていたらそんな期待は脆くも崩れ去りそうな予感が…。


 

◎『青と僕』(月25 フジ)

 →公式サイト

 

全く期待しないで見始めましたが、結構はまっています!

画家を目指していた高校時代の同級生の親友が、その後数年経って謎の自殺を遂げる。

その後、その死んだはずの友人から「お前が殺した」というSNSでメッセージが届くようになり…。

主人公には友人を自殺に追い込んだ覚えはありませんが、当時は気がついていなかった様々なことが次第に明らかになっていきます。

自殺の真相は何か? 自分は気がつかないところで何をしてしまっていたのか? 

 

 

◎『チア★ダン』(金22 TBS)

 →公式サイト

 

この手のドラマは掛け値なしに応援したくなります。

「ありきたりの青春学園ドラマ」という批判も問題なし!

そうはいっても安易なご都合主義が過ぎると飽きてしまうかも…

 

 

■最後に

 

録画したまままだ視聴に至っていない、あるいは第1回しか見ていない以下の作品は、もしかしたら「毎週欠かさず楽しみ」にランクインしていたかもしれない注目作です。

最後まで視聴したときにどんなランキングになっているか、楽しみです。

 

◎『絶対零度 未然犯罪潜入捜査』

◎『ハゲタカ』

◎『ラストチャンス 再生請負人』

◎『いつかこの雨がやむ日まで』

 

 

以上です。

 


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カラオケ館公式アプリが更新され、シダックスでの利用が可能になりました。


アプリ内で会員登録すると、カラオケ館とシダックスの共通の会員コードが発行されます。

シダックスで店頭のQRコードを読み取ると会員価格で利用でき、共通のポイントが貯まります。


会員登録は、性別と生年月日を入力。会費は無料です。

登録したら200ポイント入っていました。


シダックスで残った使い道のない旧来のポイントは引き継げません。


なお、AppleのApp Storeの検索はクセがあって、「カラオケ館」などで検索してもヒットしません。「カラオケ館公式アプリ」と入れると検索できます。




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恒例、2018年4月期のTVドラマ評をアワード形式でお送りします。

 

毎回のように但し書きしていますが

当ドラマ評は、青春もの・純愛もの・感動もの大好きな私の独断と偏見の産物であり、事件もの・刑事ものとかエンタテインメント系作品を低く評価する結果となっているかもしれないことを予めご承知おきください。

視聴率と私の評価とは、ほぼ確実に反比例します(苦笑)

 

※なお、当ドラマ評では、クールまたぎのNHK朝ドラ『半分、青い。』(NHK総合)と6月から始まった『限界団地』(テレビ東京)は対象外としました。

どちらもとても魅力的な作品であること(各賞受賞候補に匹敵すること)を特記しておきます。

 

また対象は東京23区の地上波放送に限定し、放送局の表記も東京でのそれを略称で記載しています。(例:「東海テレビ」ではなく「フジ」)

 

 

■各賞発表の前に、私のワクワク度を!

 

視聴率ではありませんが、私個人がどれくらい楽しみにして視聴したかを評価軸にしてグルーピングすると以下のようになりました。

ここにすら挙げられていない作品もたくさんあります。

挙げられているだけで受賞候補作品と言っていいでしょう。

(各カテゴリー内の順番は放送曜日順になっています)

 

◆毎週欠かさず楽しみに見た作品

◎『シグナル 長期未解決事件捜査班』(火21 フジ)

◎『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』(木22 フジ)

◎『デイジー・ラック』(金22 NHK総合)

◎『あなたには帰る家がある』(金22 TBS)

◎『宮本から君へ』(金25 テレ東)

◎『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』(土22 日テレ)

◎『おっさんずラブ』(土23 テレ朝)

 

◆最後まで通しで見た作品

◎『ヘッドハンター』(月22 テレ東)

◎『花のち晴れ~花男 Next Season~』(火22 TBS)

◎『ラブリラン』(木24 日テレ)

◎『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』(土20 NHK総合)

◎『いつまでも白い羽根』(土23:40 フジ)

◎『ブラックペアン』(日21 TBS)

 

◆ところどころ摘み食いした作品

◎『崖っぷちホテル!』(日22半 日テレ)

◎『正義のセ』(水22 日テレ)

◎『未解決の女 警視庁文書捜査官』(木21 テレ朝)

 

◆期待したのに途中で挫折した作品

◎『コンフィデンスマンJP』(月21 フジ)

◎『植物男子ベランダー』(土23 NHK総合)

 

◆挫折した作品

あえて挙げないが上記以外の数知れず

 

 

■総括

 

◆今クールの特徴

 

今クールはいつになく傾向を特定しずらいクールでした。

逆にいうと、うまい具合にテーマがバラけていて、バラエティ豊かだったということ。

それでも敢えて傾向をいうなら、物語のプロットより、俳優の熱演ぶりで勝負したクールと言えるでしょうか?

 

『おっさんずラブ』の吉田鋼太郎、田中圭ら、

『宮本から君へ』の池松壮亮、酒井敏也ら、

『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』のディーン・フジオカ、高橋克典、山口紗弥加ら、

『あなたには帰る家がある』の中谷美紀、木村多江、ユースケ・サンタマリアら、

『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』の菜々緒、船越英一郎、西田敏行ら、などなど。

 

そういう意味では、突出した作品はなかったものの、俳優の魅力にぐいぐい引きずり込まれる作品がいつもより多かった気がします。

 

 

■作品部門

 

◆大賞

◎『おっさんずラブ』(土23 テレ朝)

 次点:◎『宮本から君へ』(金25 テレ東)

講評:

『おっさんずラブ』

 

シリアスな感動ものドラマが好みの私ですが、今クールの大賞は『おっさんずラブ』で決まり!

30年以上も普通の女性(大塚寧々)と連れ添ってきた50半ばの「おっさん」(吉田鋼太郎)が、会社の部下で30過ぎの男子・春田創一(田中圭)に一途な恋をする物語。

 

強面のくせにやけに女子力が高く(というか乙女力が高く)、しかし男であることのためらいもあって、あと一歩を踏み出すことのできない「おっさん」という難しい役を吉田鋼太郎がいい味を出して演じきっていました。

 

あの風体で、部下を「はるたん」と呼び、部下に食べてもらおうと毎日せっせとキャラ弁を作っていったり、職場での何気ないふれあいに瞳をきらめかせ、ときには思わず小指を立てたりする仕草が、今どきの乙女よりもお茶目で、ピュアさ全開!

 

視聴者は「おいおい、いい歳をしたおっさんが…」と思う一方で、いじらしくもあり、どうにかして想いが届かないものかと応援している自分がいたりします。

 

お相手の春田創一(田中圭)が、そんな「おっさん」の気持ちをつゆも感じ取れない鈍感男だというところが、この物語をさらに面白く味付けしていて、ルームシェアしている職場の同僚(林遣都)が実は同性愛者で、自分にずっと想いを寄せていることにも全く気付いていません。

 

さらには「おっさん」が寝言で「はるたん…」と言ったのを妻(大塚寧々)が枕元で聞いて、職場に「はるか」という若い娘がいて浮気しているに違いないと疑い、職場まで乗り込むのですが、一緒になって「はるか」を探るというおマヌケさ。(本当は自分のことなのに)

 

ドラマの後半では、それぞれの想いが分かって、いよいよお決まりの三角関係による泥沼愛憎劇に突入か?と思いきや、

どこまでもあっけらかんと明るくそれぞれのピュアな愛のありかたを貫く前向きな展開になっていて、視聴者は自ずと「人を好きになることに違いはあるの?」「常識って何?」という問いを叩きつけられることになります。

 

『宮本から君へ』

 

 ↑丸刈り前の池松壮亮    ↑丸刈り後

  

池松壮亮が、新入りの営業部員を体当たり演技。

全編なんだか体育会系的なノリで、本来なら私の苦手なタイプなのですが、最後まで池松壮亮に付き合ってしまいました。

特にドラマ後半で池松壮亮が頭を丸め坊主頭になたことで「これは最後まで付き合ってあげねば…」と覚悟を決めました!(笑)

 

ふだんは、乗りと気合で何とかしようとする「がむしゃら」営業マンを冷ややかな目で見ている私ですが、「自分もこんなふうにがむしゃらにやれたらなあ」という気持ちがどこかにあるんでしょうね。

 

原作の漫画は読んだことがありませんが、ドラマよりももっと過激らしく、そういう意味では深夜枠とはいえお茶の間をターゲットにしたTV映像としてはうまく抑制が効いていて「いい塩梅に過激な」ドラマに仕上がっていたと思います。

 

主人公が仕事を引き継ぐことになった退職(独立)間際の先輩スーパー営業マン(松山ケンイチ)、あの手この手で顧客に取り入り癒着して主人公たちを出し抜こうとするライバル会社のやり手営業マン(浅香航大)、主人公がねらうエンドユーザ企業と直接取り引きのある文具メーカーの営業部長で性格が悪く私利私欲をむき出しにしセクハラも平気でやる中年オヤジ(酒井敏也)などなど、登場人物がいちいち尖っていて、それをそれぞれの俳優陣がまさに登場人物その人よりもリアルに演じていました。

 

       

 

オープニングのエレファントカシマシ『Easy Go』とエンディングのMOROHA『革命』も作品の雰囲気に妙にフィットしていて、作品を盛り上げるのに貢献していました。

 

 

◆優秀作品賞

◎『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』

◎『あなたには帰る家がある』(金22 TBS)

講評:

『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』

ドラマが始まる前は「いくら現代の日本に舞台を移しての翻案とはいえ、いまさらこれはないだろう」と高をくくっていたのですが、蓋を開けてみればなかなかどうして!

料理するのがとても難しい素材に果敢に挑戦して、見事に鑑賞に値するクオリティーの「日本料理」に仕上げたという意味で優秀作品賞を贈ります。

 

このドラマを見ていたら、スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』を思い出しました。

自分を裏切ったかつての恋人を忘れることができず、大富豪になって彼女の前に現れ、彼女を豪邸に招待するも、かつての関係が蘇ることはなく…

 

ドラマでは主人公が単なる非情な復讐者に徹することができず、悪意を持って自分を陥れた人々の身近にいる善良な人々にはむしろ救いの手を差し伸べていたところが、主人公へのさらなる同情を誘いました。

ドラマの終わらせ方としても、後味の良い落とし所としてとても良かったと思います。

 

『あなたには帰る家がある』

直木賞作家・山本文緒が1994年に発表した同名の小説のドラマ化。

結婚十数年目で一人娘は高校生。

普通に幸せそうだがどこかマンネリ感も漂う家庭。

妻・佐藤真弓(中谷美紀)は子育てに一段落し、元の職場(旅行代理店)への復帰を考えるが、夫・秀明(玉木宏)は及び腰。

そんな夫に反発して強引に職場復帰するも、時代は大きく変わっていて、一事が万事、若手女性社員にいちいち指導を仰がなければ何もできないことに唖然。

それでも何とか足を引っ張らないよう頑張ろうとするが、その分どうしても家庭のことがおろそかになり、夫婦の間の溝が急速に開いていく。

 

あるあるネタが続くなか、不動産会社に勤める夫が顧客として対応する茄子田太郎(ユースケ・サンタマリア)・綾子(木村多江)夫婦の奥さんと行きがかりで只ならぬ関係に。

 

この綾子が思い込んだら一途のストーカー的な性格で、ことは一度の浮気で終わらず、秀明は綾子に翻弄され振り回されることに。

 

この綾子の夫がまた融通の効かない時代錯誤的な亭主関白・マザコン・モラハラ・クレーマー男で、事態はどんどん泥沼化し、両家族は崩壊への一途を辿ります。

 

とにかく木村多江ユースケ・サンタマリアの怪演に、玉木宏の優柔不断ダメダメ男ぶりと中谷美紀の白黒はっきりさせる竹を割ったような性格の相乗効果でドラマは予想外の盛り上がりを見せます。

 

途中で、真弓と太郎が再婚??など、もう何がどうなるか先の読めない展開となり、もはや妥当な収束などあり得ないとも思われましたが、最後はいい塩梅にそれぞれがそれぞれのよい着地点に落ち着くことができました。

 

 

◆上智まさはる奨励賞(青いで賞)

◎『デイジー・ラック』(金22 NHK総合)

◎『いつまでも白い羽根』(土23:40 フジ)

寸評:

『デイジー・ラック』

海野つなみの同名コミックのドラマ化。

OLとして挫折し結婚まで考えていた恋人にも振られ、心機一転、パン職人として修行生活に入った若い女性(佐々木希)を中心に、その親友たちアラサー4人組(ひなぎく会)が、仕事に恋に全力投球でぶつかっていくドラマ。

 

とりたてて事件という事件は起きませんが、30代のそれぞれがそれぞれに持つ悩みや壁は視聴者の思い当たる悩みや壁であり、それを試行錯誤して、ときには互いを支え合いながら乗り越えていく前向きな姿が心を癒やしてくれました。

 

全編とにかく明るくて、基本、登場人物はいい人ばかりで、とてもホッとするドラマでした。

 

『いつまでも白い羽根』

それほど情熱もなく成り行きで看護学校に入った看護学生(新川優愛)が、次第に看護という仕事の魅力に目覚め、一人前の看護師に成長していく物語。

 

こちらも特に際立ったストーリーがあるわけでもなく、ある意味ベタな人間成長ドラマといえます。

主人公が、間違いは間違い、正しいことは正しいと主張する一本気な(言い換えれば頑なな)人物で、それが周囲を苛立たせ阻害される要因にもなっているのですが、その裏表のない誠実さが患者の心をほぐし信頼を得ることにもつながっていきます。

 

新川優愛は凛とした看護学生役にぴったり。

『デイジー・ラック』同様、「明日も頑張るぞ!」と重い背中を押してくれる爽やかな作品に仕上がっていました。

 

 

◆もっと褒めてあげたいで賞

◎『ヘッドハンター』(月22 テレ東)

◎『ラブリラン』(木24 日テレ)

◎『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』(土22 日テレ)

◎『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる』(土20 NHK総合)

◎『花のち晴れ~花男 Next Season~』(火22 TBS)

 

 

◆追加コメント

 

『ブラックペアン』は受賞なしです。

主演に二宮和也は適役でなかったし、演出にも疑問を感じます。誤解されては困りますが、もちろん二宮和也のせいではありません。個人的には大好きな俳優さんです!

この主人公にはもっと適任の俳優がいたのではないかと思われますし、結果的に主人公になかなか感情移入できない自分がいました。

 

『コンフィデンスマンJP』は世間の評判がなかなかのようですし、おそらく数々の賞を獲得することになるのでしょうが、私には残念ながら良さが感じられませんでした。ですからここではその自分の気持ちに正直に評価しました。

 

 

■個人部門

 

◆最優秀主演女優賞

◎中谷美紀(『あなたには帰る家がある』)

 次点:◎菜々緒(『Missデビル 人事の悪魔・椿眞子』)

 

◆最優秀主演男優賞

◎池松壮亮(『宮本から君へ』)

 次点:◎田中圭(『おっさんずラブ』)

 

◆最優秀助演女優賞

◎木村多江(『あなたには帰る家がある』)

 

◆最優秀助演男優賞

◎吉田鋼太郎(『おっさんずラブ』)

 

◆ライジングスター賞

◎杉咲花(『花のち晴れ~花男 Next Season~』)

◎今田美桜(『花のち晴れ~花男 Next Season~』)

 

寸評:

杉咲花はすでに芸歴も長くいまさら「ライジングスター」?という向きもあるかもしれませんが、子役時代が長く、味の素Cook Do麻婆茄子/回鍋肉山口智充と父娘役として共演し、いかにも美味しそうに大口開けて頬張る食事シーンを演じていたあの娘が、恋愛ドラマの主役を演じるなんて、まさに隔世の感があります。

 

また、ドラマの中でその杉咲花とは性質の異なるキラキラした輝きを発して同世代の男性視聴者を虜にした今田美桜にも同じ賞を。

 

 

■音楽部門

 

◆優秀音楽作品賞

 

◎Crystal Kay 「幸せって。(『デイジー・ラック』)

 

◎ポルカドットスティングレイ「ICHIDAIJI

  (『わたしに☓☓しなさい』)

 

◎小田和正「この道を」(『ブラックペアン』)

 

◎エレファントカシマシ「Easy Go(『宮本から君へ』)

 MOROHA「革命(『宮本から君へ』)

 

◎感覚ピエロ「一瞬も一生もすべて私なんだ

  (『いつまでも白い羽根』)

 

◎ディーンフジオカ「Echo

  (『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』)

 眞鍋昭大「SET A FIRE

  (『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』)

 

◎BTS「Don’t Leave Me

  (『シグナル 長期未解決事件捜査班』)

 

◎Superfly「Fall(『あなたには帰る家がある』)

 

 

以上です。


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私の生まれ故郷、北九州市では、2015年に八幡製鐵所(現・新日鐵住金)関連施設が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産のひとつとして、「世界文化遺産」に登録されました。

 →「北九州の世界遺産」HP

 

また、私が育った北九州市戸畑区の戸畑提灯山笠山・鉾・屋台行事」を構成する33件のひとつとして2016年に「無形文化遺産」に登録されました。

 →「戸畑祇園大山笠」HP

 

そして、つい先日、私の第2の故郷(母の故郷)、長崎県五島列島「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」が長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産のひとつとして「世界文化遺産」に登録されました。

 →「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」HP

 

 

さて、こう書き並べてみて、「世界遺産」、「世界文化遺産」「世界自然遺産」、「無形文化遺産」など、世間に似たような名称が多数乱立しているように見え、頭が混乱状態だったので、この際、まとめてみました。

 

 

結果的にいうと、以下のようになります。

すべてユネスコが制定した制度であり、似たような制度が乱立しているわけではありませんでした。

 

├世界遺産 ←有形の不動産

(世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約:1972年)

│ ├─世界自然遺産

│ └─世界文化遺産

└無形文化遺産 ←無形の文化遺産

 (無形文化遺産の保護に関する条約:2003年)

 

 

「世界遺産」とは「世界自然遺産」と「世界文化遺産」の総称です。

ただ、世間的には「世界自然遺産」のことを「世界遺産」という言葉で言い表し「世界文化遺産」と対比させることが多いため、余計混乱しますね。

 

また、「世界遺産」(世界自然遺産および世界文化遺産)が有形の不動産に与えられるのに対して、形として残されない遺産に与えられるのが「無形文化遺産」で、こちらには何故か「世界」という文字が冠せられていませんが、意味としては間違いなく「世界」です。

この「無形文化遺産」を誤って「世界無形文化遺産」と呼んだりするので、さらに分かりにくくなります。

 

富士山は最初「世界自然遺産」として立候補しましたが認められず、その後、周りのさまざまな神社や三保の松原などの景観地など構成資産25を合わせ、世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として2013年に登録が叶いました。

 →富士山世界文化遺産協議会HP

 

以上、俄(にわか)仕立ての豆知識でした。

 


 


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会期があと2週間に迫った2018年6月中旬に、東京新宿の東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館にて開催されている「ターナー 風景の詩」展に行ってきましたので、簡単にご報告します。

 

なお、当展覧会は、北九州市立美術館を皮切りに、京都文化博物館、損保ジャパン日本興亜美術館(東京)と巡回し、次は7/7から郡山市立美術館に巡回予定です。

 

・名称  :ターナー 風景の詩

・会場  :東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 (東京 新宿) 
・会期  :2018年4月24日(火) ~ 7月1日(日) 
・開館時間:10:00~18:00 ※入館は閉館の30分前まで 

      ただし、5/9、5/16、6/26~30は19:00まで

・休室日 :月曜日(ただし4/30は開館、翌5/1も開館) 

・料金  :一般1,300円、大学生・高校生900円、 

      65歳以上 1,100円、中学生以下 無料

 

 

公式サイト

東京展サイト (損保ジャパン日本興亜美術館)

  出品リスト(東京展のもの)

 

 

■見どころ

 

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner:1775-1851)は、18世紀末から19世紀前半にかけて活躍した英国の画家です。
美術史的には「ロマン主義」に属するとされ、英国を代表する国民的画家であるとともに、西洋絵画史における最初の本格的な風景画家の1人といえます。


本展は、ターナーの画家としての人生を特徴づける4つの章(地誌的風景画、海景、イタリア、山岳)を設定し、各章にふさわしい作品を、スコットランド国立美術館群などイギリス各地と日本国内の美術館から選りすぐって紹介しています。

 

直近過去の「ターナー展」は、5年前の2013年に東京都美術館で開催され、当ブログでも記事にしています。

 →「ターナー展」(2013.12.09)

 

そのときはテート美術館所蔵の油彩画約30点に水彩画や素描を加えて、計約110点が展示されていました。

 

今回はテート美術館以外から、水彩画・油彩画約70点版画110点以上を加えた合計180点以上もの作品が集められました。

 

前回とは違う作品が集められていることと、前回にはほとんどなかった版画が大量に紹介されている点が、今回の見どころでしょうか。

 

ターナーといえば水彩画や油彩画を思い浮かべますが、版画もかなり重要視していたようです。

 

デッサンや完成された水彩画・油彩画をもとに、自らの手で版画にするだけでなく、優秀な彫版師を80人以上も抱えて、生涯800以上にも及ぶ銅版画を作成させたそうです。

 

ターナーは彫版師に対して非常に厳しく、きわめて高い技術を要求したそうですが、そのこだわりも分かる気がいます。

時代も場所も違いますが、何となく葛飾北斎を浮世絵制作の舞台裏を思い出しました。

 

 

■会場の様子(困ったこと)

 

最初に述べたように、本展は、作品を4つの章(地誌的風景画、海景、イタリア、山岳)に分けて紹介しています。

 

実は図録の方は、5章として版画が割り当てられているのですが、展覧会場では、版画はそれぞれの章の中に散りばめられて展示されていました。

 

観覧してひとつ困ったことがありました。

版画作品がおしなべて小さく、しかもターナーの描写が非常に細かいため、多くのお年寄りがいちいち老眼鏡を外してはガラスに顔をくっつけんばかりに近づけて食い入るように観覧する姿がそこかしこで見られたことです。

 

私はいつも、最前列の遅々として進まない行列には並ばず、少し斜め遠目から自分のペースで気楽に観覧するようにしているのですが、今回ばかりはお年寄りの頭で作品が完全に隠れてしまうため、ひとりひとり見終わるまで待つしかありませんでした。(空いている作品から見ていけばいいのですが、いたるところで同じ状況なので…(苦笑)

 

いやあ、それだけターナーの版画が精密だということですね!

 

 

■作品紹介

 

◆第1章 地誌的風景画

 

ターナーは若い頃は、その土地や地形を正確に再現・記録することを目的とする「地誌的風景画」からスタートしました。

丹念なデッサンと着彩で仕上げられた水彩画や油彩画は当時のアカデミー受けがよく、24歳の若さでロイヤル・アカデミー準会員、27歳の時には同・正会員となっています。

 

《ソマーヒル、トンブリッジ》 1811年展示、油彩・カンヴァス、92x122cm、エディンバラ、スコットランド国立美術館群

 

 

下の作品は有名な遺跡ストーンヘンジを描いたものですが、よくよく見ると、何と多数の羊と羊飼いが雷に直撃され倒れている、何とも衝撃的なシーンです!!

 

《ストーンヘンジ、ウィルトシャー》 1827-28年、水彩・紙、27.9x40.4cm、ソールズベリー博物館 

 

 

上の絵を版画にしたものも展示されていました。

どちらもそれぞれ味があって甲乙つけがたいですね。

ターナーが版画にこだわった理由が分かるような気がします。

 

《ストーンヘンジ、ウィルトシャー》 1829年、エッチング、ライン・エングレーヴィング、24.8x30.8cm、郡山市立美術館

 

 

 

◆第2章 海景 ー 海洋国家に生きて

 

英国は島国だけあって、海の景色もターナーの格好の題材でした。

 

下の作品は1802年、27歳のときの作品ですが、よほどターナーのお気に入りだったようで、晩年にこの作品が競売にかけられたとき自らの手で買い戻そうとしましたが叶わず残念がったというエピソードが残っています。

 

《風下側の海辺にいる漁師たち、時化模様》 1802年展示、油彩・カンヴァス、91.5×122cm、サウサンプトン・シティ・アート・ギャラリー

 

 

《セント・オールバンズ・ヘッド沖》 1822頃、水彩・紙、39.8x68cm、ハロゲイト、メーサー・アート・ギャラリー

 

 

下の作品は銅版画です。

 

《ドーヴァー海峡》 1827年、エッチング、ライン・エングレーヴィング、24.9x32.6cm、郡山市立美術館

 

 

 

◆第3章 イタリア ー古代への憧れ

 
1819年、44歳のとき、初めて憧れの地イタリアを訪れます。
ここで北方の英国とは全く異なる明るい陽光と色彩を目の当たりにしたことが転機をもたらしたのでしょうか、これを機に、それまでの地誌的な風景画から、大気や光の効果を追求する画風に変化します。
 

《モンテ・マリオから見たローマ》 1820年、水彩スクレイピング、アウト・紙、29.8x41.5cm、エディンバラ、スコットランド国立美術館群

 

 

上の作品がイタリア旅行の直後の作品であるのに対して、下の2枚の作品は、それから20年後あるいはもっと後の作品になります。

上の作品では写実的な描写が勝っていますが、下の作品になるとぼんやりとした描写が勝ってきます。

一番下の作品にいたっては、もはや抽象画の赴きですね!

 

《風景―タンバリンをもつ女》 1840-50頃、油彩・カンヴァス、88.5x118cm、栃木県立美術館

 

 

《遠景に山が見える川の風景》 1840-50年頃、油彩・カンヴァス、92x122.5cm、リヴァプール国立美術館群、ウォーカー・アート・ギャラリー
 
 
 

◆第4章 山岳 ー 新たな景観美をさがして

 
海と同様、山岳もターナーの風景画の重要な主題でした。
下の作品はターナーが23〜24歳ごろの作品ですが、若くしてこの完成度といったら本当にすごいですね。
 
なお、展覧会場の各作品の脇には、その作品で使った水彩画や油彩画の各種技法が丁寧に解説されていて、素人にはありがたい企画でした。
技法については図録にも掲載されているので、会場では飛ばし読みして、後からじっくり読むのがいいでしょう。
 

《スノードン山、残照》 1798-99年、水彩、スクレイピングアウト・紙、52.7x75.6cm、エディンバラ、スコットランド国立美術館群

 
 
下の作品は1840年、ターナーが65歳の時の作品です。
山岳の絵においても、やはり晩年の作品は、地誌的・写実的なものからより抽象的な方向への変化が見られますね。
 

《古都ブレゲンツの眺め》 1840年頃、鉛筆、水彩、グワッシュ、赤チョーク・灰色の紙、18.6x27.8cm、バーンズリー、クーパー・ギャラリー

 
 
山岳をモチーフにした版画を1点。
 
《グランド・シャルトルーズ近くの水車小屋》 1816年、エッチング、メゾティント、21.0x29.1cm、郡山市立美術館
 
 
 
■その他
 
最後に、本展で唯一、ターナーの作品でないものが、下の参考出品。
ウィリアム・アランの描いたターナーの肖像画です。
 

ウィリアム・アラン《ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー》 制作年不明、インク・紙、26.6x17.9cm、エディンバラ、スコットランド国立美術館群

 
 
以上です。

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ずいぶん前になってしまいましたが、5月の平日に、2018年4月14日〜7月8日の会期で開催中の『プーシキン美術館展』に行ってきましたので、簡単にご報告します。

 

・名称  :プーシキン美術館展
      ー 旅するフランス風景画

・会場  :東京都美術館(東京 上野)
・会期  :2018年4月14日(土) ~ 7月8日(日) 
・開室時間:9:30~17:30  金曜は20:00まで

      ※入室は閉室の30分前まで

・休室日 :月曜日(ただし、4/30は開室) 

・料金  :一般1,600円、大学生・専門学校生1,300円、 

      高校生 800円、65歳以上 1,000円

 

 

公式サイト

 

 

■見どころ

 

プーシキン美術館は、ロシアのモスクワにあるヨーロッパ最大の美術館で、収蔵品数では同じくロシアのサンクトペテルブルクにあるエルミタージュ美術館に次ぐ世界2位を誇ります。

 

13世紀から現代に至る各派の西欧絵画が幅広く収蔵されていますが、とりわけ「19〜20世紀ヨーロッパ・アメリカ美術ギャラリー」に集められたフランス印象派およびポスト印象派のコレクションは圧巻です。

 

本展覧会では、それら印象派ポスト印象派を中心とする豊富なコレクションから「風景画」をテーマにして、世界的に著名は名画の数々をバラエティ豊かにこれでもかというくらいに紹介していました。

 

 

■作品紹介

 

第1部 風景画の展開

     ー クロード・ロランからバルビゾン派まで

 

第1章 近代風景画の源流

 

クロード・ロラン(1604頃〜1682年)は、フランスのロレーン地方に生まれ、幼くして両親を亡くしイタリアのローマ、ナポリに移住。ナポリの地でアゴスティーノ・タッシに絵の手ほどきを受けます。

 

生涯に渡りもっぱら風景画を手がけましたが、当時のイタリアでは(他でも同じですが)風景画は道徳的真剣さに欠ける非古典的なものとして、真剣に取り組むべき画題とは見做されておらず、あくまで宗教や神話を主題とした物語画の背景を飾るものに過ぎませんでした。

 

宗教や神話や権威の持つ主題の神々しさとか高貴さを強調するための風景ですから、現実世界そのものを描き出すのではなく、理想化することが望まれます。

にもかかわらず、ロランの興味がもっぱら現実世界の風景をいかに精密に切り出すかということに向かっているのは確かです!

 

自然の詳細な観察に基づく光や空気の緻密で繊細な描写は、ターナー(1775-1851)やコンスタブル(1776-1837)など後世の画家たちに多大な影響を与えるとともに、有名な英国式の風景庭園の範ともなりました。

 

クロード・ロラン《エウロペの掠奪》 1655年 100x137cm、油彩・カンヴァス

 

 

以下の3作品はロランから少し時代が進み、17世紀末から18世紀前半にかけてのフランス絶対王政期の作品になります。

 

ジャン=バティスト・マルタン(1659-1735)はルイ14世時代の戦争画を得意とし「戦いのマルタン」と称されました。

この作品もルイ14世率いるフランス軍がオランダ(ネーデルランド)の町、ナミュールを包囲し陥落したときの様子を表したもの。

川のむこうで戦闘の煙が舞い上がっているのが見えます。

 

ジャン=バティスト・マルタン《ナミュール包囲戦、1692年》 17世紀末–18世紀初め、113x151cm、油彩・カンヴァス

 

 

下の作品は、ルイ15世の宮廷画家ニコラ・ランクレ(1690-1743)の作品。

ランクレは自然の中で憩う王族や貴族を優雅かつ情感豊かに描いた、いわゆる雅宴画家です。

 

ニコラ・ランクレ《森のはずれの集い》 1720年代後半、64x79cm、油彩・カンヴァス

 

 

クロード=ジョゼフ・ヴェルネ(1714-1789)は20歳のころからおよそ20年にわたりローマに滞在し、そこでロランデュゲら17世紀の巨匠を知ります。

ロランの光や大気の表現などから多くを学んで、17世紀以来の古典的風景に、のちのロマン派を予見するような感傷性を加えた風景ジャンルの旗手として人気を集めました。

 

下に掲載した作品《日没》には対になる《日の出》という作品もあり、ともに展示されていましたが、日の出と日没の空気感を見事に描き出していてとても印象的です。

後に出てくるクロード・モネ《サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏》《黄昏、ヴェネツィア》を想起させますが、こちらのほうが叙述的ですね。

 

クロード=ジョゼフ・ヴェルネ《日没》 1746年、68x81cm、油彩・カンヴァス

 

 

ユベール・ロベール(1733-1808)はヴェルネとともに18世紀フランス風景画を牽引した画家。

荒廃し朽ちかけた古代遺跡を好んで描いたので「廃墟のロベール」と称されたそうです。

あくまで主題を強調のために風景を理想化して描いた点で、古典的な伝統を守るロランの流れを組む作品と言えるようです。

 

ユベール・ロベール《水に囲まれた神殿》 1780年代、38x55cm、油彩・カンヴァス

 

 

この章では他に、18世紀ローマの風景画家ガスパール・デュゲ(1615-1675)、フランドルの風景画家ジャン=フランソワ・ミレー(1642-1679)から19世紀のウジェーヌ・ルイ・ガブリエル・イザベイ(1803-1886)に至る十数人の画家の風景画が、物語を効果的に語る上での添え物でしかなかった風景から、鑑賞されるべき主役としての風景へと転換する黎明期あるいは過渡期の作品として紹介されていました。

 

 

第2章 自然への賛美

 

すでに見てきたように、聖書や神話など宗教的、歴史的な画題や理想化された風景を描く伝統的な風景画に対して、野外での自然観察とそのリアルさの追求を重視する自然主義的な風景画の萌芽は、すでに17世紀のロランや18世紀のヴェルネロベールらの作品に見られました。

 

19世紀に入ると、パリなどで急速に進む都市化への反発もあり、1830年から1870年頃にかけて、フランスのバルビゾン村やその周辺に滞在あるいは居住し、自然主義的な風景画や農民画を写実的に描こうとする人々、いわゆる「バルビゾン派」と呼ばれる芸術家集団が登場し、人気を集めます。

 

本展では、ジャン=バティスト=カミーユ・コロージャン=フランソワ・ミレーコンスタン・トロワイヨン他の作品が紹介されていました。

 

写実主義の画家と位置づけられるギュスターヴ・クールベは一般的にバルビゾン派に含まれませんが、密接な関係を持ちました。

 

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー《夕暮れ》 1860-70年、46x37cm、油彩・カンヴァス

 

 

ギュスターヴ・クールベ《山の小屋》 1874年頃、33x49cm、油彩・カンヴァス

 

 

レオン=オーギュスタン・レルミット《刈り入れをする人》 1892年以前、51x63cm、油彩・カンヴァス

 

 

 

第2部 印象派以後の風景画

 

第3章 大都市パリの風景画


産業と科学技術の発展した19世紀半ば、「パリ大改造」が行われ、パリの景観は大きく様変わりします。

急速な都市化に反発するバルビゾン派のような芸術家がいる一方で、都市生活を謳歌する人々や街並みは印象派を始めとする画家たちの格好の題材となりました。

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)は、1878年にモンマルトルの丘にあった大衆的なダンスホール「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の近くにアトリエを借り、その賑わいを描きました。

 

そこで生まれた名作が《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》ですが、下の作品はその準備段階で描かれたものと考えられているそうです。

構図は全く違いますが、確かに手前の若い女性の縦縞の服装が《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》の一番手前の女性の服装とそっくりですね。

場所と雰囲気で見れば《ぶらんこ》が近いようにも思います。

 

《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》《ぶらんこ》については、当サイトの過去記事が参考になります。

→「ルノワール展 @国立新美術館」(2016.07.05)

 

ピエール=オーギュスト・ルノワール《庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木陰》 1876年、81x65cm、油彩・カンヴァス

 

 

ピエール・カリエ=ベルーズ《パリのピガール広場》 1880-90年代頃、38x46cm、油彩・カンヴァス

 

 

ジャン=フランソワ・ラファエリ《サン=ミシェル大通り》 1890年代、64x77cm、油彩・カンヴァス

 

 

アルベール・マルケ《パリのサン=ミシェル橋》 1908年頃、65x81cm、油彩・カンヴァス

 

 

 

第4章 パリ近郊 ー身近な自然へのまなざし

 

展覧会場では、クロード・モネ(1840-1926)の《草上の昼食》にかなり大きなスペースを割いて分析を加えていました。

 

《草上の昼食》といえば、エドゥアール・マネ(1832-1883)の同名作品が有名です。

マネの作品は1863年《水浴》のタイトルでサロンに出品されましたが、後に(1866年)モネがこの作品に触発されて同様の構図で《草上の昼食》を制作すると、今度はマネがタイトルを《草上の昼食》に変更したという逸話が残っています。

それにしても、裸婦が水浴ならまだ分かりますが(それでさえサロンでは酷評の嵐だったようですが)、裸婦が草上の昼食というのはいかがなものでしょう(笑)

 

余談ですが、後にセザンヌマネへのオマージュとして同名作品を制作しました(1870年頃)し、ピカソも1960年頃、自身の解釈を込めて同名作品を制作するなど、画壇への影響は計り知れません。

 

話をモネ《草上の昼食》に戻しましょう。

結果としてこの作品は完成を見ず、サロンに出品されることはありませんでした。

現在この作品の裁断された断片がオルセー美術館に所蔵されています。

断片は左側の男女3人の部分と中央下部の2断片。

下書き風の輪郭線が散見されるなどから、未完成の部分を残したまま放置され、後に傷んでしまった部分を切除し、2つの部分だけが残ったと考えられています。

 

このオルセー美術館所蔵の断片とは別に、プーシキン美術館に完全な形の《草上の昼食》が存在するのです。

このプーシキン美術館所蔵作品の位置づけは現在も議論の渦中にあり、1865年に作成した下絵ではないかとする説が有力ですが、未完成に終わった最終作の後で制作したレプリカではないかという解釈もあるようです。

 

展覧会場のブースでは、パネルを活用してこのあたりの分析を細かく解説していました。

 

クロード・モネ《草上の昼食》 1866年、130x181cm、油彩・カンヴァス

 

 

クロード・モネ《白い睡蓮》 1899年、93x89cm、油彩・カンヴァス

 

 

アルフレッド・シスレー(1839-1899)の作品は3点ほど展示されていました。シスレーの郊外のほのぼのとした田園都市風景にはとても癒やされます。

 

アルフレッド・シスレー《霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ》 1873年、46x61cm、油彩・カンヴァス

 

 

下のアンリ・マティス(1869-1954)の作品には上に掲載したいくつかの印象派の作品とは明らかに一線を画す表現手法が用いられています。

一定の広がりを持つ濃淡のある色彩の塊で、木々や路面や影を単純化して塗り分けることにより、全体に力強いパワーが感じられ、後のフォーヴィスム(野獣派)の誕生を予感させます。

 

アンリ・マティス《ブーローニュの森》 1902年、65x81.5cm、油彩・カンヴァス

 

他にもカミーユ・ピサロ(1830-1903)、ポール・セザンヌ(1839-1906)、アルベール=シャルル・ルブール(1849-1928)、モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1959)、パブロ・ピカソ(1881-1973)らの19世紀後半かあ20世紀初頭にかけての作品が多数紹介されていました。

 

 

第5章 南へ ー新たな光と風景

 

アルマン・ギヨマン(1841-1927)は印象派の一員として、計8回の印象派展のうち6回に参加しましたが、次第に印象派の手法や写実的な描写を離れ、色彩そのものの力を活かす表現主義的な作風に移行し、上で述べたフォーヴィスムの先駆的な存在となります。
 

アルマン・ギヨマン《廃墟のある風景》 1897年、79x93cm、油彩・カンヴァス

 

 

ポール・セザンヌ(1839-1906)もギヨマン同様、当初は印象派の一員として活躍していましたが、後に印象派に物足りなさを感じ、伝統的な絵画の約束事にとらわれない独自の絵画様式を探求しました。

 

美術史的にはポスト印象派に位置づけられることが多いですが、フォーヴィスムキュビスムなど後世の新しい動きの先駆けとして「近代絵画の父」と称されることもあります。

 

生まれ故郷にあるサント=ヴィクトワール山の連作は有名で、下の作品はそのひとつ。

いかにもセザンヌらしい、印象派とは全く趣の異なる独特の色彩とタッチですね。

 

ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール山、レ・ローヴからの眺め》 1905-06年、60x73cm、油彩・カンヴァス

 

 

 

アンドレ・ドラン《港に並ぶヨット》 1905年、82x101cm、油彩・カンヴァス

 

 

他にもナビ派の巨匠ピエール・ボナール(1867-1947)や、穏やかなフォーヴィスム画家として知られるジャン・ビュイ(1876-1960)、点描技法によって自然を写し取った新印象派としてフォーヴィスムやナビ派の画家たちとも親密な関係をもったルイ・ヴァルタ(1869-1952)らの個性豊かな風景画が紹介されていました。

 

 

第6章 海を渡って/想像の世界

 

 

ポール・ゴーガン《マタモエ、孔雀のいる風景》 1892年、115x86cm、油彩・カンヴァス

 

 

アンリ・ルソー《馬を襲うジャガー》 1910年、90x116cm、油彩・カンヴァス

 

 

■グッズなど

 

図録がすてきでした。

4種類の表紙カバーから好きなものを選択できます。

たて19.5cmよこ25cmの横向きの図録は珍しい。

最後の付録部分を除きフルカラーですが、各ページの角が丸くカーブを描いているうえに、色使いがとてもお洒落で心地よく、携行して折りに触れ扉を開けたい気持ちになります。(実際にはこんな大きくて重いものを携帯することは決してありませんが)

 

図録

 

 

図録を開いたところ

 

 

出口のところに記念撮影用の大パネルの置いてある一角が設けられていました。

下の写真のうち、中央から向かって左下にかけての部分(ジャガー?が白馬?を捕らえている絵の周囲)は、その他の背景部分とは別のパネルになっていて、この2つのパネルの間に立って立体的な写真が撮れるようになっていました。

 

出口近くの撮影用パネル

 

 

以上です。

 
 
 
 
 

テーマ:

東京上野の国立西洋美術館で5/27まで開催されていたプラド美術館展に行ってきました。

すでに会期が終了し、次の巡回展が6/13から兵庫で開催されてしまっていますが、遅ればせながら簡単にご報告します。

 

・名称  :日本スペイン外交関係樹立150周年記念
    プラド美術館展
      ベラスケスと絵画の栄光

・会場  :国立西洋美術館(東京 上野)
・会期  :2018年2月24日(土) ~ 5月27日(日) 
・開館時間:9:30~17:30 

      毎週金・土曜日:9:30~20:00

      ※入館は閉館の30分前まで

・休館日 :月曜日(ただし、3/26(月)と4/30(月)は開館) 

・料金  :一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円

 

 

 
 
■見どころ
 
ディエゴ・ベラスケス(1599-1660年)は、17世紀スペイン絵画の黄金時代を代表する画家ですが、マネやピカソなど後世の芸術家たちに多大な影響を与えたと言われています。
 
本展覧会の企画者もおそらくこの展覧会を限りなく「ベラスケス展」にしたかったんだろうなと思いました。
そのことは彼の作品が展示物全70点中7点しかないにもかかわらず、あえて副題にベラスケスの名前を冠していることや、数少ないベラスケスの展示物にひとつひとつ合わせるように会場(=図録)をセクション分けしていることからも伺えます。
 
プラド美術館にはベラスケスの作品の半数近くが所蔵されているらしいのですが、国民的画家としての重要性から、まとまった数で貸し出されるのは極めて限られているとのこと。
本展の7点というのも一見少なく感じますが、これでも日本で開催された展覧会の中では最多の出品数なのだそうです。
 
さすがに《鏡のヴィーナス》や《ラス・メニーナス》といった超有名な作品の展示はありませんでしたが、贅沢を言ったらキリがありませんね。それらを観たいのであればスペインのプラド美術館まで足を運びましょう。
 
プラド美術館は、1819年にスペイン王立の美術館として開設されましたが、その特徴は、16世紀以降の歴代のスペイン王たちが収集し、それぞれの趣味が色濃く反映されたコレクションの数々にあるとのこと。
その収集範囲はスペインに限らず、ラファエロ、ティツィアーノ、ボッス、ルーベンスなどイタリアやフランドル絵画にも及んでいます。
 

本展にも、ベラスケスの7点を中心に、エル・グレコからフランシスコ・デ・スルバラン、リベーラ、ムリーリョといったスペイン絵画の巨匠にとどまらず、ティツィアーノ、ヤン・ブリューゲル、ルーベンスといったイタリアおよびフランドル(オランダ)絵画の巨匠たち作品などが全部で70点ほど展示されていました。

 

また、東京展では、国立西洋美術館に所蔵している2点アンソニー・ヴァン・ダイク《レガネース侯爵ディエゴ・フェリペ・デ・グスマン》とフアン・バン・デル・アメン《果物籠と猟鳥のある静物》も合わせて展示されていました。

 

 

■時代背景

 

時代としては、ルネサンス期の少し後にあたります。


ルネサンス盛期のミケランジェロやラファエロ、レオナルド・ダ・ビンチらの圧倒的な成果は、人々に「ミケランジェロ以前の芸術はもはや超克された」という意識をもたらし、ミケランジェロが到達した理想的な芸術的手法(マニエラ[maniera])を原点にして、それを模倣あるいは発展させることこそ、これからの芸術のとりうる姿だとする「マニエリズム」の潮流をもたらしました。


しかし「マニエリスム」は次第に形式主義に陥り、語源ともなったいわゆる「マンネリズム」の状況を迎えます。

そこに風穴を開けて、バロック絵画の時代を切り開き、同時代およびその後の絵画史にも多大な影響を与えたのがイタリアのカラヴァッジョでした。

 

バロック絵画は、ルネサンス絵画がどちらかというと均衡の取れたバランスのよい構図、冷徹な理性の表現を好んでいたのに対して、意図的にバランスを崩し、動的でダイナミックな構図、一瞬の感情や情熱を好んで表現しようとした美術様式とまとめることができます。

 

ここまでは当ブログの過去記事におけるカラヴァッジョの紹介記事の受け売りです!

カラヴァッジョの記事は以下。

→「カラヴァッジョ展 @国立西洋美術館」(2016/06/04)

 

ついでに似たような時期の絵画を扱った関連記事もご紹介。

→「グエルチーノ展 @国立西洋美術館」(2015/04/24)

→「「17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち」展」(2016/03/09)

 

イタリアでカラヴァッジョが活躍する時代に、オランダ(フランドル)ではヤン・ブリューゲルルーベンスらがバロック絵画の礎となる作品を精力的に描き、スペインではエル・グレコがマニエリスムの延長線上でバロック絵画への先駆けとなる数々の作品を生み出しました。

 

 

 

■ベラスケスについて

 

ベラスケスは、このような時代背景のなかで、先人や同時代のスペイン、イタリア、オランダ(フランドル)の芸術を熱心に研究し自分のものとして、若くしてメキメキと頭角を現します。

20代前半の若さですでに若き国王フェリペ4世に認められ、いわゆる宮廷画家として確固たる地位を築きました。

 

ベラスケスは29歳のときにちょうどスペインのマドリッドに長期滞在していた20以上も年上の巨匠ルーベンスと親交を結び、その技法や構図に大いに影響を受け、自分の芸術の糧としたようです。

一説にはルーベンスの強い勧めがあって、その翌年にはすぐイタリア訪問を実現させたとのこと。

このイタリア旅行もその後のベラスケスの芸術に対する向き合い方に多大な影響を与えたようです。

 

ベラスケスは宮廷官吏としても重用され、内外の芸術の最新状況を把握しようとすれば比較的容易な立場にもありました。

かれはその安定的な立場を最大限に利用して新しい芸術的知見を旺盛に吸収するとともに、従来の絵画の常識にとれわれない自由な発想でさまざまな実験を試み、後の人々が驚きを持って回顧するような革新を生み出していきました。

 

またスルバランなど同時代の有力な画家を宮廷に推薦するなど、スペイン・バロック絵画の進展にも大きく貢献しました。

 

ただ、面白いのは、ベラスケスは生涯のほとんどを宮廷の中だけで過ごし、しかも寡作だったため、同時代の人々が彼の作品に接する機会はほとんどなかったということです。

 

 

■作品紹介

 

※以下、会場のブース(=図録の章立て)の順に、あえてベラスケスの作品に絞って掲載・解説しています。(1点だけ比較のためにルーベンスの作品を掲載)
 
繰り返しになりますが、会場にはベラスケスの作品7点のほか、同時代のスペイン、イタリア、オランダ(フランドル)などで活躍した画家の作品が70点ほど展示されていました。
 
Ⅰ 芸術
 
下の肖像画のモデル、フアン・マルティネス・モンタニェースは彫刻家だそうです。
この作品はその彫刻家がまさに作品を彫っている瞬間を写し取ったものです。
 
そもそも当時は宗教や神話の「物語画」が「肖像画」よりも芸術的に優位であるという考え方が支配的であり、その中でこの作品をあえて描いたということは注目に値するそうです。
 
しかも当時は絵画が高い知的営為性のある「自由学芸」である一方、彫刻は「機械的(職人的)手仕事」として、一段低いものとみなされていたようで、両者の芸術的優位論争、いわゆる「パラゴーネ」がミケランジェロの時代からの連綿と続いていました。
そういう時代背景の中でこの作品を評価することができるようです。
 
といっても、以前はこの作品を、自由学芸として絵画が彫刻より優位であることを示したものであるとする解釈がもっぱらだったとのこと。
その後、彫刻も絵画同様、立派な自由学芸であることを示したものであるとの解釈も有力なものとして現れ、今日に至るそうです。
 
ディエゴ・ベラスケス《フアン・マルティネス・モンタニェースの肖像》、1635年頃、油彩、カンヴァス、109×88cm、マドリード、プラド美術館蔵
 
 
Ⅱ 知識
 
ルネサンス期や当時の絵画なら、哲学者や思想家、聖人などを描くとき、そのモデルの高尚さや高潔さ、権威、人物類型としての理想像を表すために、沈思黙考している姿とか精神が安定している姿、あるいは逆に苦難に立ち向かい苦悩する姿を描くのが一般的です。
 
これに対して、ベラスケスは宗教上の人物であれ神話の中の登場人物にしろ、あえて身近で生活する現実の人々と同質の人間として描こうとします。
 
下の2つの作品は、ベラスケスとルーベンスの好対照な作品の対比です。
 
このうち上のベラスケスの作品のモデル、メニッポスは古代ギリシャの犬儒学派(キュニコス派)の哲学者、風刺家。
犬儒学派とは、現世の人間社会の価値観や富に懐疑的な立場をとり、無為自然の犬のような乞食生活を是とする考え方だそうです。
 
ベラスケスの時代の絵画の慣例に従えば、古代ギリシャらしい背景のもと、古代の偉人としての威厳あふれる風貌で描いて然るべきところを、何か斜に構えたような世俗的な風貌に、おそらく17世紀の同時代の上着を着て靴まで履かせています。
 
これに対して、ルーベンスの描いた哲学者ヘラクレイトスは、何やら岩の洞窟みたいなところに古代の粗末な布切れまとい裸足の出で立ちで寄りかかっていて、世をとことん思い詰め絶望に打ちひしがれるような表情をしています。
 
ディエゴ・ベラスケス《メニッポス》、1638年頃、油彩、カンヴァス、179×94cm、マドリード、プラド美術館蔵
 
 
ペーテル・パウル・ルーベンス《泣く哲学者ヘラクレイトス》、1636-38年、油彩/カンヴァス、183x64,5cm、マドリード、プラド美術館蔵
 
 
Ⅲ 神話
 
下の作品はローマ神話の軍神マルスを描いたものですが、やはり神を理想的なものとして偶像化するのではなく、あえてその辺にいる疲れた兵士と変わらない姿で描いています。
 
おそらく当時としてはこれだけでもなかなか衝撃的な作品だったに違いありません。ある意味、神を貶めているのですから。
 
また、この作品に限らないのですが、描写法として顕著に見て取れるのが、細部を近づいて見るとかなりラフなタッチの線描で描きなぐっていながら、それを遠目から見ると、ちゃんとリアルな質感と色になっています。
 
この作品でそれが分かりやすいのは、たとえば被っている兜の金色の模様の部分です。
近くで見ると、白と黄色の絵の具を無造作に描きなぐっているようにも見えますが、それを遠くから見ると、ちゃんと黄金色の模様として浮かび上がっています。
 
現代的な見地からすれば当たり前の技法かもしれませんが、当時としてはかなり実験的な試み、内なる「発見」だったのでしょう。
それから200年後に登場するマネなど印象派の人々からすれば、自分たちが生み出そうとしている革新的な技法と似た技法がすでに200年前に試みられていたことを驚きと尊敬を持って見直したと思われます。
 
スペインへ旅行したマネは、プラド美術館でベラスケス作《道化師パプリロス》を見て、「背景は消え去り、この黒装束の生き生きした男を取り巻いているのは空気だ」と言ったそうです。
マネはそこから、背景と色彩を単純化し、前景と後景の区別をなくして、灰色の背景の中に人物を浮き上がらせる手法を学び、《笛を吹く少年》に結実しました。
 

ディエゴ・ベラスケス《マルス》、1638年頃、油彩、カンヴァス、179×95cm、マドリード、プラド美術館蔵

 

 

Ⅳ 宮廷
 
下の作品はベラスケスが寵愛を受けたフェリペ4世の肖像画です。
実際のフェリペ4世はもっと下膨れの顔をしていたらしいですが、おそらく国王に気に入られるようにデフォルメしたのでしょう。
 
この作品で面白いのは、あとから書き直した痕がそこここに見られること。
一番分かりやすいのは腰から左足にかけての輪郭部分。
元の絵は向かってもっと右側にずれて描かれていた痕跡がありありです。
最初はうまく塗り潰していたのでしょうが、長い年月が経ち、表面が剥げ落ちて、元の絵が顔を覗かせてしまったようです。
 
この作品にはベラスケス工房で作成したコピー作品が残っているのですが、その絵では、フェリペ4世は帽子を被っていません。
したがって帽子も後から書き足した可能性が大ですね。
 

ディエゴ・ベラスケス《狩猟服姿のフェリペ4世》、1632-34年、油彩、カンヴァス 189×124cm、マドリード、プラド美術館蔵

 
 
下の作品は、宮廷に召し抱えられていた、しばしば知的障害を持つ矮人(小人症)を描いたもの。
彼らは宮廷の子どもたちのお相手をしたり、ときには子どもたちの代わりにお仕置きをされたり、優越感を与えるための不遇な慰み者として宮廷に「飼われる」存在。
 
ベラスケスは、知的障害の兆候を示すと思われる少し気だるそうな表情や体型を、変に強調したり、逆に無いものとして扱ったり、あるいは宮廷での上記のような役割に見合った理想化を施さず、あるがままに描き出しています。
 
ディエゴ・ベラスケス《バリェーカスの少年》、1635-45年、油彩、カンヴァス、107×83cm、マドリード、プラド美術館蔵
 
 
Ⅴ 風景
 
下の作品は「風景」という分類に入れられていますが、どちらかというと風景画というよりやはり肖像画のような…
 
この作品はもともとは宮廷の部屋の出入り口の上の壁に飾られたもののようで、下から見上げられることを意識して描かれたようです。
たしかに下から覗くように見ると、こちらに向かって前足を上げた馬の腹がより強調され、今にも飛び出してくるような奥行きと躍動感が感じられますね。
 
風景画の観点から見ると、この作品の背景の野山は、当時のマドリードの郊外の様子そのものなのだそうです。
背景におけるリアリティの追求は当時の絵画ではまだ珍しいもので、これもベラスケスの創意の結実といえそうです。
 
一方で、この作品の主題である王子と馬を際だたせるべく、背景をぼやかす手法も見られます。
つまり、現実世界のリアリティを保つことと背景をぼやかして目立たないようにすることを両立させています。
 

ディエゴ・ベラスケス《王太子バルタサール・カルロス騎馬像》、1635年頃、油彩、カンヴァス、211.5×177cm、マドリード、プラド美術館蔵

 

 

Ⅵ 静物

 

なし

 

Ⅶ 宗教

 

下の作品はベラスケスがまだ20歳のときの作品です。

 

この「東方三博士の礼拝」という主題は古今のさまざまな画家が取り上げてきたものですが、通常は生まれて間もないイエスの前に跪き贈り物を渡すのは長老の博士なのですが、この作品では比較的若い人物として描かれています。

 

一説によると、幼いイエスとして描かれているのが、生まれたばかりのベラスケスの娘で、聖母マリアとして描かれているのがベラスケスの妻、そしてイエスの前に跪いて手を差し伸べているのがベラスケス本人、その後ろに控えている初老の人物が当時の師匠とのこと。

 

いずれにしても、20歳当時すでに、宗教画の世界にすら、現世的な・世俗的・等身大の人物像を描きこむ自然主義的な態度が確立されているのが伺えます。

 

ディエゴ・ベラスケス《東方三博士の礼拝》、1619年、油彩、カンヴァス 203×125cm、マドリード、プラド美術館蔵

 


Ⅷ 芸術理論
 
なし
 
 
以上です。
 

 



 
 
 

テーマ:

■ピアニスト ブーニン

 

世界的なピアニストのスタニスラフ・ブーニンをご存知でしょうか?

 

1985年、ショパン国際ピアノコンクールで19歳にして圧倒的な優勝を勝ち取り、その様子をNHKが特集番組で報じたことがきっかけとなって、日本に一大「ブーニン・ブーム」が巻き起こりました。

 

おそらくそのころ成人だった日本人は、クラシック音楽に興味がなくてもブーニンのことはよくご存知ではないでしょうか?

 

『ショパン練習曲CD』〜 amazon

 

 

パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』

 

では、ロシアの詩人であり小説家のボリス・パステルナークをご存知でしょうか?

 

パステルナークをご存じない方でもデビッド・リーン監督のアカデミー賞受賞映画『ドクトル・ジバゴ』はもしかしたらご存知かもしれません。

 

この映画の原作がパステルナークの長編大河小説であり、彼はこの作品で1958年のノーベル文学賞を受賞しています。

 

私も映画から入った口で、それまで洋画はほとんど観なかったのに、ある日たまたまテレビで『ドクトル・ジバゴ』を観て、ひと目でお気に入りの作品になってしまいました。

その後、大部の原作翻訳本も購入しましたが、正直言うと、小説の方は最後まで読み通すに至らず「ツンドク本」に成り下がっています。

 

ただ、映画化ではよくあることですが、原作本の思想性(ロシア革命のもたらした現実を批判的に表現)や文学的格調高さが大幅に削られ、一般大衆が好む感傷的・熱情的・叙情的な部分だけが強調された形になっています。

 

したがって、お気に入りとはいえ、映画の方は、結局のところ、ともに家族のある男女がダブル不倫して周りを不幸にする「恋は盲目」的な作品といえなくはなく、そこは不満なところですし、第38回アカデミー賞を『サウンド・オブ・ミュージック』と並んで最多の5部門も受賞しながら、映像や音楽ばかりが評価され、肝心の作品賞や脚本賞、各俳優賞などはことごとく他の作品に持っていかれた理由もそのあたりにあると思われます。

(受賞した5部門とは、脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)

 

20歳のころのボリス・パステルナーク

 

 

■『ドクトル・ジバゴ』あらすじ

 

ここで少しだけ『ドクトル・ジバゴ』(映画)のあらすじを。

 

◆はじめての出会い

 

第一次世界大戦/ロシア革命前夜。

医学生のジバゴはクリスマスの夜の舞踏会で、若い女性が中年男を拳銃で射殺しようとする事件に出くわします。生涯の恋人となるラーラとの初めての出会い。

ラーラは洋服店を営む母親の愛人コマロフスキーに強姦されその後もしつこく付きまとわれる泥沼の状況から脱出するため、拳銃で男を撃ったのでした。

男はジバゴのすばやい手当のおかげで一命をとりとめます。

 

ラーラはその後、その男から逃れ、真面目で清廉潔白な青年教師パーシャと恋に落ち、平穏で幸せな家庭を築き、一女をもうけます。

一方のジバゴも医師になり、裕福でやさしい一家に気に入られてその娘トーニャと結婚し一男をもうけ、医師として何不自由ない時を過ごします。

 

◆再会と別れ

 

しかし、戦火が激しくなるなか、教師をしていたラーラの夫がある日突然、教職を投げ出して失踪してしまいます。後になって分かるのですが、夫は名前をストレーリニコフと変えて、革命軍に参軍しその後そのリーダーになったのでした。

そうとは知らぬラーラは夫の帰還を信じ、従軍看護師として戦地に赴きます。

 

一方、ジバゴも軍医として戦地に赴き、そこで偶然にもラーラと再会します。二人にはそれぞれ家族がありましたが、毎日をともに働くうちに、二人の間に愛が芽生えるのは必然でした。

とはいえ、戦地での勤務には当然いつか終わりが訪れます。

ふたりは互いに単なる同僚以上の思いを抱きつつ別れ、それぞれの家に帰っていきます。

 

◆極寒の疎開地での再会

 

革命軍に制圧されたモスクワに帰郷したジバゴを待ち受けていたのは、平等の名のもとに私有財産を没収され、元ブルジョアとして白眼視され抑圧される日々でした。また、ジバゴが実業とはほど遠い「詩」にうつつをぬかしてうることも革命軍からすると「堕落思想」に他なりませんでした。

一家は危険を感じて、ウラルの極寒の地へと逃れます。

 

ウラルの何もない原野ベリキノでジバゴら一家は平穏な日々を過ごします。

しかしある日ジバゴがユリアティンの街に出かけたとき、偶然にもラーラと再会します。ラーラと娘はその街に移り住んでいたのでした。

 

偶然の出会いは二人を燃え上がらせます。

ジバゴは家族に悪いと思いつつ、ラーラの元に足繁く通うようになります。

そこは現実世界から身も心も開放されるやすらぎの世界であり、詩人としてのジバゴの創作意欲が高揚される場所でした。

 

◆再度の別れ、家族との別れ、そしてラーラとの生活へ

 

しかし、本妻トーニャとの間に2人目の子供が宿ったとき、ジバゴはこの関係をいつまでも続けていては皆が不幸になると、ラーラとの別れを決心します。

 

別れて家族の元へ戻る途中、反革命軍のパルチザンに軍医として拉致され、各地の戦場を連れ回されるはめになるジバゴ。

その間に家族は身の危険を感じ、多くの国外追放者に紛れてフランスに逃亡。

ジバゴは何とか軍から逃亡するも、自宅に帰ってみるともはや誰もおらず、結局ラーラの元へと辿り着きます。

 

その後、ジバゴとラーラと娘のカーシャの3人の小さな幸せのときが流れますが、ラーラは夫のストレーリニコフの失脚と処刑前の自殺によって、またジバゴは家族の国外逃亡と自身の反共産主義的な思想によって、当局の手が及びそうになります。

結局、ジバゴは、2人目の子を宿したラーラとカーシャを国の要職に就いたコマロフスキーに託してシベリアに逃亡させ、ひとり残ります。

 

それから何年も経ったある日、ジバゴがモスクワの街でバスに乗っていると、街を歩いているラーラを見かけます。

いても立ってもいられず、無理やりバスを降りて、必死にラーラの後を追いますが、心臓発作で倒れ、帰らぬ人になってしまいます。

 

『ドクトル・ジバゴ』江川卓・訳、時事通信社(絶版)

 

 

aamazon『ドクトル・ジバゴ アニバーサリーエディション』

 

 

■ふたりの思わぬ接点

 

閑話休題。

話を2人の芸術家に戻しましょう。

 

このふたり、ブーニンパステルナークの間には一見、何の接点も無いように見えます。

ところが、先日の『AERA』誌を読んでいたら、ブーニンの奥さん(日本人)が語るブーニンの記事を目にしてびっくり!

 

何と、ブーニンパステルナークお孫さんにあたるのです!

もっと正確に言うと、著名な音楽家ゲンリヒ・ネイガウスの妻ジナイーダが、ゲンリヒ・ネイガウスと別れ、その親友ボリス・パステルナークと再婚します。

そのジナイータの連れ子(ゲンリヒの実子)スタニスラフ・ネイガウスの息子がブーニンです。

つまりパステルナークの血のつながらない息子(妻の連れ子)の息子がブーニンというわけです。


 ゲンリヒ・ネイガウス(著名な音楽家)

  ├─スタニスラフ・ネイガウス(ピアニスト)

  │  ├─スタニスラフ・ブーニン

  │ リュドミラ・ペトローヴナ・ブーニナ(ピアニスト)

  │

 ジナイーダ

  ├─レオニード・パステルナーク

  │  │

  │ ナターリア(ブーニンの名付け親)

  │

 ボリス・パステルナーク(ノーベル文学賞作家)

 

感銘を受けるのは系譜だけではありません。

パステルナークが『ドクトル・ジバゴ』を執筆したダーチャ(別荘)で、ブーニンは多感な少年時代(ショパンコンクールの少し前)の数年間を過ごしたそうなのです。

 

ジバゴとラーラおよび娘のカーシャは、おそらくパステルナークと親友の妻および息子をモデルにして造形されたと考えてよいでしょうし、そうなると、パステルナークが『ドクトル・ジバゴ』や詩を執筆し、後にブーニンが多感な少年時代の一時期を過ごしたダーチャ(別荘)が、作中のジバゴとラーラらが暮らしたユリアティンの住居あるいはジバゴのベリキノの別荘のモデルだったと考えられるのではないでしょうか?

 

『ドクトル・ジバゴ』のあの印象的な極寒の風景とピアニストのブーニンと、そして日本人の奥さんとが私の頭の中で突然新たな結線で結ばれ、鳥肌が立つのを感じました。

 

 

■アルベール・カミュとタレントのセイン・カミュ

 

今回の件で、ずっと以前にも同じような驚きと感銘を受けた記憶が蘇ってきました。

 

それは、日本で活躍するタレントのセイン・カミュが、我が敬愛するフランスの小説家・哲学者、「不条理」の哲学で知られる、あのアルベール・カミュの兄のお孫さんにあたるという事実。

 

このときも、大好きなアルベール・カミュが、遠い東洋の端で活躍する現代っ子と、思わぬ関係があったことにたいへん驚くとともに、一層の親しみを抱いたものです。

 

1957年(43歳)のころのアルベール・カミュ

 

 

セイン・カミュ

 

 

なお、アルベール・カミュの代表作としては『異邦人』『ペスト』『シーシュポスの神話』などが挙げられますが、私個人は小説よりも、その手の内が伺い知れる手帖・創作日記『カミュの手帖〈第1〉太陽の讃歌1935-1942 』『カミュの手帖〈第2〉反抗の論理』(ともに新潮文庫・絶版)がお気に入りです。

 

 

以上です。

 


テーマ:

ずいぶん前(3月中旬)になりますが、2018年2月8日(木) ~ 5月20日(日)の会期で東京大手町の三菱一号館美術館にて開催中の「ルドン展」に行ってきました。

毎度のごとく、会期が終了してようやく書き上げるという体たらくですが、ご報告します。
 

・名称  :ルドン − 秘密の花園

・会場  :三菱一号館美術館(東京 大手町)
・会期  :2018年2月8日(木)~2018年5月20日(日) 
・開館時間:10:00~18:00 (祝日を除く金曜、第2水曜、

      会期最終週平日は21:00まで)

      ※入館は閉館の30分前まで

・休館日 :毎週月曜日((但し、祝日の場合、

      5/14とトークフリーデーの2/26、3/26は開館) 

・料金  :一般 1700円 高校・大学生 1000円 

      小中学生 500円

      障がい者手帳をお持ちの方と付添の方1名まで半額 

 

ルドン展ページ(会期終了のため詳細ページはなくなりました)
→展示作品リスト p1  2  3  4  5  6 
 

 

■孤高の画家ルドン
 
オディロン・ルドン(Odilon Redon:通称、1840年4月20日〜1916年7月6日)は、ちょうど印象派の巨匠クロード・モネと同い年、ルノワールのひとつ上であることから分かる通り、印象派が台頭する時代の潮流のなかで、印象派とも他の流派とも一線を画す、独自の幻想的な画風を貫き通した画家です。
同じ年に近代彫刻の巨匠オーギュスト・ロダン(1840-1917)、そして自然主義の文筆家エミール・ゾラ(1840-1902)が生まれています。
美術史的には「象徴主義」に位置づけられることが多いようですが、そんな枠組にはとても入り切らないと思います。
 
決して奇をてらうのでなく、しかし時流や権威に流されることなく、また、単なるコピーではなく、とことん「自己流」にこだわり、痛いほどまで頑なにそれを貫き通す作家は自然と応援したくなります。
 
世間にはいわゆる「ユニークな」作家さんはたくさんいますが、「奇をてらうことなく」という基準をクリアしている作家さんにはそうそうお目にかかることがないというのが私の実感です。
もちろん、「奇をてらう」かどうかはあくまで私個人の主観的な基準にすぎないことは言うまでもありません。
私にとっては、あのキュビズムの大家たちも「奇をてらっている」「世間の目を惹くことをねらっている」ように見えてしまうので(苦笑)
 
そんな偏狭な私のお気に入りに、ごく最近ではジャコメッティが加わりましたが、この度、新たにルドンが加わることになりました!!
 
 
■当展覧会の特色
 

主催者によると、当展覧会には3つの見どころがあるとのこと。

 

最大級のパステル画《グラン・ブーケ》とともにドムシー男爵家の食堂を飾ったオルセー美術館所蔵の15点が一堂に揃った点

ルドンが描いた花や植物に焦点をあてた世界で初めての展覧会

オルセー美術館、ニューヨーク近代美術館[MoMA]をはじめとする、世界各地の美術館からルドンの作品を集結

 

美術史家的には①が最大の売りなのでしょうが、個人的にはそちらの方にはあまり興味がなくて、やはりあの生命の暗黒の内奥を覗き込むような独特の幻想的な画風が、何によってどのように変遷していったかという内面史を解き明かすヒントのようなものを少しでも得られたら…というのが目下の興味でした。
 
 
■ルドンの生涯
 

1940年、フランス・ボルドーで裕福な家庭の次男として生まれます。

しかし、生まれてすぐに近郊の町、ペイル=ルバードに里子に出され、11歳のころまで親戚の老人の元で孤独な子供時代を過ごしました。

母親は長男を溺愛し、その長男は後に音楽家として成功をおさめ、弟は父親の期待に応え建築家となったそうです。


かたや、ルドンはというと、

1964年(24歳のとき)、ボルドーからパリに出て、父親の意向にしたがって建築家を目指すべく、国立美術学校を受験するも失敗。

その後、歴史画家ジャン=レオン・ジェロームに師事しますが挫折し、ボルドーへ戻ってしまいます。

 

ボルドーに戻ると、たまたまボルドーに滞在していた放浪の版画家ロドルフ・ブレスダン(1822-1885)に銅版画の技法を学びます。

 

風景を詩情豊かに描いて印象派に大きな影響を与えたとされるカミーユ・コローに出会い、示唆を受けたのもこの頃のこと。

 

また、ルドンの幻想的な画風に決定的な影響を与えたとされる植物学者アルマン・クラヴォー(Armand Clavaud. 1828-90年)との運命的な出会いについても、この時期とも、またもっと前の20歳のころ、あるいは17歳のころとも言われ諸説あるようですが、ルドンは彼から植物学の最新知見(ミクロの世界の生命の神秘)のみならず、科学、文学、哲学などを学び、クラヴォーが自殺する1890年まで長きに渡る友情が培われることになります。

 

1970年(30歳)、普仏戦争に従軍し、1872年からパリに定住。

1879年(39歳)、初の石版画集『夢の中で』を刊行。

 ようやく39歳のときのことです。

1880年、結婚。

1881年、木炭画と版画による個展を開催。

  同年、2番目の石版画集『エドガー・ポーに』を刊行。

1883年、石版画集『起源』刊行。一部を細胞学者パスツールに送る。

1885年、『ゴヤ頌』刊行。

1886年、長男が生まれるも、わずか半年で死去。

  同年、石版画集『夜』刊行。

1889年、次男誕生。

1890年、石版画集『悪の華』刊行。

  同年、植物学者クラヴォーが自殺。

1891年、石版画集『夢想』を刊行。

  前年に亡くなった年上の友人クラヴォーに捧げられました。

1894年、初の大規模な個展。

 

このころから、それまで黒一色といってよかったルドンの画風が色彩を帯びたものに変化していきます。

 

1898年、暗い幼少期の象徴であるペイルルバートの土地を売却。

1900年、ドムシー男爵とイタリア旅行。ドムシー城の食堂の装飾の依頼を受け、1901年にすべての食堂装飾が完成。

 

1904年、油彩画《眼を閉じて》が国家買い上げに。
1916年、第一次世界大戦に出兵し行方不明になった次男を探し回るうちに、感冒をこじらせ、パリの自宅で死去。

 

 

■作品紹介

 

当展覧会では8つのブースに分けて展示されていました。

1  コローの教え、ブレスダンの指導

2  人間と樹木

3  植物学者 アルマン・クラヴォー

4  ドムシー男爵の食堂装飾

5  「黒」に棲まう動植物

6  蝶の夢、草花の無意識、水の眠り

7  再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな

8  装飾プロジェクト

 

つまり、必ずしも年代順に並べたわけでありません。

画風の変遷を見る上では年代順の方がいいと思いますが、この報告では以下、敢えて当展覧会の区分けにしたがって掲載することにします。

 

 

1 コローの教え、ブレスダンの指導

 

まだ20代、パリからボルドーに帰郷し、プレスダンに師事していたころの習作がいくつか展示されていました。

 

下の作品にはまだ、孤独の魂の奥底を覗き込むようなあの独特の画風は現れていませんね。


《スペインにて》1865年、エッチング/紙、22.2×15.9cm、シカゴ美術館

 

 

下の作品は制作年度不詳ですが、色合いからして、1890年代以降の作品かもしれません。

しかし、ルドンの作家活動の前半期に、色鮮やかな風景画や静物画を描かなかったか?というとそんなことはなかったようです。

ただ、それらを積極的に公開するようになったのが後半生になってからだったということです。


《ペイルルバードのポプラ》制作年不詳、油彩/厚紙( 板に貼付)、25.0×19.0cm、岐阜県美術館

 

ルドンは、若き日に影響を受けたカミーユ・コローの以下のような教えを心に刻んで創作に活かしたようです。

 

- 不確かなものの傍らには、確かなものを置いてごらん

- 毎年同じ場所に行って、木を描くといい

 

特に一つ目の教えは「などほどね〜」と実践したくなりますね。

 

 

2 人間と樹木


初期の『夢の中で』(1879年)、『起源』(1883年)、『ゴヤ頌』(1885年)あたりは、自らの孤独な魂を写し出したようなルドンをルドンたらしめる「黒」を主体とした作品が多く見られます。

 

下の5つの作品に見られるように、初期の作品にはしばしば、樹木とそれに寄り添う孤独な人物がモチーフとして用いられています。

 

樹木=確かなもの、人物(描きたい内面)=不確かなものとして、コローの教え「不確かなものの傍らには、確かなものを置いてごらん」を実践したものと評する評論家もいます。

私もこの捉え方はあながち間違いではないように思います。

 

いずれにしても、樹木と人物がともに絶望的な孤独を表象しているのは間違いなさそうです。

 

 

《『夢のなかで』表紙=扉絵》1879、リトグラフ/紙、30.2×22.3cm、三菱一号館美術館

 

 

《『夢のなかで』V. 賭博師》 1879年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、27.0×19.3cm、三菱一号館美術館

 

 

それにしても、以下の3作品は特にそうですが、この心の奥底を覆い尽くすブラックホールのような喪失感、欠乏感といったら…。

その孤独の深さに引き込まれるとともに、痛々しさも感じずにはいられません。

 

 

《預言者》1885年頃、木炭/紙、51.7×37.5cm、シカゴ美術館


 

《「ゴヤ頌」 Ⅲ. 陰気な風景の中の狂人》1885年、リトグラフ/紙(シ ー ヌ・アプリケ )、22.7×19.3cm、三菱一号館美術館

 

 

《『夜』II. 男は夜の風景の中で孤独だった》1886年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、29.3×22.0cm、三菱一号館美術館

 

 

 

3 植物学者 アルマン・クラヴォー

 

植物学者クラヴォーとの若き日の出会いにより、見えるものの背後に実は肉眼では見えないものの広大な世界が広がっており、そのミクロの世界の営みが目に見える世界を形作っているという生命の奥深さ、生命進化の神秘に触れたルドンは、自らの心の闇と、この生命の神秘とをうまくシンクロさせてあの独特の作風を手に入れたのではないかと思います。

 

下の作品の、人間の顔をした植物については、クラヴォーの著書にある発芽した豆の挿図と、ルドンの出身地ベイルルバード近くの荒れた沼地の記憶に着想を得ているとの指摘があるようです。

 

 

《『ゴヤ頌』II. 沼の花、悲しげな人間の顔》1885、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、27.5×20.5cm、三菱一号館美術館

 

 

下の作品は、自殺したクラヴォーへのオマージュであると評価されているようですが、いろいろな解釈ができそうで、正直私にはよく分かりません。ただ、何となく惹き込まれてしまう作品であることには違いありません。

 

クラヴォーからはボードレールやエドガー・アラン・ポーといった当時の最先端の文学や哲学なども学び、後に石版画集『エドガー・ポーに』や『悪の華』などの作品に直接結実しています。

 

《『夢想(わが友アルマン・クラヴォーの思い出に)』VI. 日の光》1891年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、21.0×15.8cm、三菱一号館美術館

 

 

4 ドムシー男爵の食堂装飾

 

個人的にはルドン後期の、色彩豊かな花瓶や植木の草花や、食堂装飾にはあまり魅力を感じないので、この章ではあえて作品を紹介しません。(今回の展覧会の一番の売りなのですが(苦笑)

 

 

5 「黒」に棲まう動植物


年上の友、植物学者のクラヴォーにより、肉眼では見えない微細な世界においては、生命と非生命の境も、動物と植物の境も、実は極めて曖昧なものであり、そこには断絶ではなくむしろ連続性があるという知見がルドンの創作に与えた影響は計り知れないものがあったようです。

 

そのような観点から一連の作品を見ていくと、それぞれの作品の成り立ちについて少し理解が進むように思われます。

 

 

《『夢のなかで』I. 孵化》 1879年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、30.2×22.3cm、三菱一号館美術館

 

 

《『夢のなかで』II. 発芽》1879年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、27.3×19.4cm、三菱一号館美術館

 

 

『起源』という名の石版画集が刊行されたのは、あの『種の起源』を著したチャールズ・ダーウィンが死んだ翌年のこと。

当時の人々がこの作品名を見たら、すぐに「種の起源」を連想したことは想像に難くありません。

 

以下の2つ目の作品《おそらく花の中に最初の視覚が試みられた》は、まず植物に光の受容体ができて、それが後々動物の眼に進化していくことを進化論から学び、作品のモチーフにしたものですよね。

 

 

『起源』表紙=扉絵  1883年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、30.0×22.5 cm、岐阜県美術館

 

 

《『起源』II. おそらく花の中に最初の視覚が試みられた》1883、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、22.3×17.2 cm、岐阜県美術館

 

 

それにしても、生命の暗部、見てはいけない秘部を覗き見てしまったようなこのバツの悪さは何でしょう?

これがまさにルドンの伝えたかったことのひとつなのかもしれませんね。

 

 

《『起源』 III. 不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目巨人のように岸辺を漂っていた》 1883年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、21.9×20.0cm、岐阜県美術館

 

 

《『陪審員』II. 入り組んだ枝の中に蒼ざめた顔が現れた......》1887年、リトグラフ/紙(シーヌ・アプリケ)、15.5×9.8cm、岐阜県美術館

 

 

6 蝶の夢、草花の無意識、水の眠り

 

 

ルドンの画業の後期になると、黒一色の世界から一転して、色とりどりの花や蝶の世界へと様変わりします。

長男の突然の死と次男の誕生、そして友であり人生の師であったクラヴォーの自殺、1894年の初の大規模な個展の開催などが、画業のひとつの終結を自覚させたのかもしれませんね。

 

《蝶と花》1910-1914年、水彩/紙、24.0×15.7cm、プティ・パレ美術館

 

 

下の作品は、1904年に国家買い上げとなった作品で、この頃にはルドンも「大家」として世間に認められる存在になっていたもよう。

 

《眼をとじて》1900年以降、油彩/カンヴァス、65.0×50.0cm、岐阜県美術館

 

 

《蝶》1910年頃、油彩/カンヴァス、73.9×54.9cm、ニューヨーク近代美術館(MoMA)

 

 

下の作品グラン・ブーケ(大きな花束)》は、たて2.5m、よこ1.5mの大作です。

三菱一号館美術館収蔵の作品であり、ひときわ大事に展示されていました。

 

《グラン・ブーケ(大きな花束)》1901年、パステル/カンヴァス、248.3×162.9cm、三菱一号館美術館

 

 

7 再現と想起という二つの岸の合流点にやってきた花ばな

 

 

《野の花のいけられた花瓶》1910年頃、油彩/カンヴァス、55.9×39.4cm、NGA ナショナル・ギャラリー、ワシントン蔵

 

 

8 装飾プロジェクト

 

省略。

 

 

この展覧会を体験する前は、ルドンという画家は何と陰気で気味悪い作品を描くのだろうと思っていましたが、思いもよらず、当時の最先端の微細生物学や進化論の知識がベースになっていると知って、観方が変わるとともに、友を見るように親しみが湧いてくるのを感じました。

 

そういう意味で、この展覧会は私にとても貴重な体験をもたらしてくれました。感謝!

 

以上です。

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