Act.27 地の響きは運命を寄せる | 魔人の記

Act.27 地の響きは運命を寄せる

Act.27 地の響きは運命を寄せる


細心寺は比較的新しい、小さな寺である。
祭りの舞台になるほどの規模はなく、木々の中にただひっそりと建つ寺だった。

「どのくらいぶりだろうな…あっ?」

到着した悟は、誰かが石段のそばで震えているのを発見する。
住職というわけではなく、ボランティアでここの管理をしている老人だった。

「だ、だいじょうぶですか?」

「あっ、あ…!」

悟の声に老人は一瞬驚いたが、その顔を見ると安心したような表情を見せる。
そばにしゃがみこんだ悟に、老人はこう言った。

「す、少し前に…若い女の子がここに来たんじゃ…」

「…はい」

悟は、若い女の子というのが可恋であるとすぐに感づく。
そのまま待っていると、老人は続きを語った。

「見ての通り、この寺は小さい…歴史も浅い。パワースポットとかいうものもない。そんな場所に若者が来るなど、珍しいこともあるもんだと思っておったのだが…」

そこまで老人が言った時、軽い地響きが起こった。
震源は、寺の建物がある奥側だった。

姿を消したままのレイヴンが、すぐに悟に言う。

”話をしてるヒマはなさそうだぜ”

(…うん)

悟もレイヴンの意見に賛成した。
彼は、地響きに恐れをなして言葉を止めた老人に、そっと告げる。

「おじいさん、とにかく今は避難してください」

「ひ、避難? し、しかし腰が抜けてしもうて」

「じゃあ、ここでじっとしててください。お願いしますね!」

悟はそう言って立ち上がる。
石段を駆け上がり、地響きの震源地へと向かった。

「お、お前さんがつれてってくれるんじゃないのか…!」

老人の言葉が、悟の背中に投げかけられる。
悟はそれに心で謝りながら、石畳の上を進む。

本堂までやってくると、また地響きが起こった。
地震と呼ぶほどの揺れではないが、近くで起これば平静なままではいられない。

「うっ?」

悟は驚き、一度足を止めた。
レイヴンは彼の頭の上へ跳び移り、状況を分析する。

”どうやら、まだ死んでねぇみてーだなァ、あの女”

(え? ああ…この揺れって、敵の攻撃…なのか)

”地震にしちゃ規模が小さすぎるからな。それに、何度も起こるってことは、何度もハズしてるってことだ…なるほど、メールじゃ詳細を送ってこれねーわけだ”

(あの子はどこに…)

”探しに行くより、呼んでやった方が早ェだろうな”

レイヴンはそう言って、悟の頭の上で翼を広げる。
漆黒の翼だけが大きくなり、悟の全身を包み込んだ。

(…そうだな)

悟は一瞬だけ驚いたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
この場所へ来る判断をしたのは自分であり、危険に飛び込むことはすでに承知していた。

レイヴンの翼は闇色の空間に変わり、悟の体に貼り付く。
闇は全身タイツ状のバトルスーツになり、甲冑のようなプロテクターが頭部、肩、胸部や腰などに装着される。

悟を包み込んだ闇が晴れる頃、頭部のヘルメットにワタリガラスの顔が意匠として彫り込まれた。
それは、『アナザーフェイス状態』への変身が完了したことを示している。

(…あれ?)

能力者『レイヴン』に変身した悟は、ふと違和感を覚える。
見下ろした自分の体が、やけに筋肉で盛り上がっている。

(おれ、こんなに筋肉あったっけ?)

”今回はちょっと盛ってやったぜ。暗殺を防ぐためにな”

ワタリガラスの体ではなく、ヘルメットの意匠そのものに変化したレイヴンが、悟に説明する。
何度も地響きが起こっていることから、彼はこんな答えを導き出していた。

”あの女をぶっ殺そうとしてるヤツは、どうやら『スフィア』を使うつもりがねーらしい…そうじゃなきゃ、こんなにドッカンドッカン地響きは起こらねえ”

(そういう…ものなのか?)

”『スフィア』は純粋な決闘場だ。誰にも見つからねーし、見つからねーから変身が解ける危険もねぇ。それを使わねぇってことは、敵はただあの女を殺せればいいと思ってる”

(…つまり、変身してようがしてまいが…?)

”そうだ。オマエの正体がバレた時、敵はオマエが…まあオレもだが…変身してるかどうかはどうだっていい。とにかく殺しにくる。体格をいじっとけば、『アナザーフェイス状態』から正体がバレることはほぼなくな…おっと”

レイヴンがここまで言った時、また地響きが起こる。
そして今度は、それに混じって別の「声」が聞こえた。

「うっ…!」

「!」

悟は思わずそちらを向く。
視線の先には本堂があり、それに遮られて声がした地点を直接見ることはできない。

ただ、それでもすぐに目を離すことはできなかった。

(今の…声!)

”急ぐ必要がありそうだな”

(くっ!)

悟は声がした方向へ走る。
本堂をぐるっと回り、その向こう側へ出た。

「…!」

寺の奥側は木々が生い茂っており、石畳も続いていない。
つまり、参拝客が入るような場所ではなかった。

森や林というほど広いわけではない。
ただ、少しなりとも掃除されている寺に比べると、植物たちの勢力が強い。

人ひとりが、陰にできそうな樹木はそこそこ生えていた。
そして悟は、一番手前側の木に誰かがいるのを見つける。

「あ…!」

「…あっ!?」

向こうもこちらに気づいた。
それは可恋だった。

”おっと、こりゃやべーぞ!”

レイヴンが、すぐさま鋭い声を悟に流し込んでくる。
悟にも、その理由がすぐにわかった。

(…あれは!)

こちらを向いた可恋の背後。
彼女が寄り添っている木の近くに、人型の、しかも背中から翼を生やした者がいる。

”へぇ…?”

レイヴンは、悟より一瞬早くそれが何者なのかを認識した。

”まさかこんなトコで会うなんてなァ”

その言葉には意外そうな気持ち、そして喜びが含まれていた。
さらに喜びの奥には、激情がある。

だが彼は、それを抑えに抑えて悟に言った。

”こりゃー、運命ってヤツなのかもしんねーぜ。なァ?”

(そうかも、な!)

悟はレイヴンに答えながら、自身の背中から生えた翼をはためかせる。
同時に両足で石畳を蹴ると、彼の体は前上方へ飛び出した。

その速度は弾丸もかくや、と思われるほどのものだった。

「!?」

可恋に襲いかかろうとした能力者は、悟の接近に気づくのが遅れる。

「な、キサマ…!?」

いきなり近づかれたことに加え、悟の姿を見て驚いたことで、完全に虚を突かれた。
防御態勢に入る時間は無い。

「おおおおおおおおおおおぁぁあああああああああああっ!!」

雄叫びをあげ、悟は相手に体ごとぶつかる。
推進力すべてを叩きつけられ、敵は上方へ吹っ飛ばされた。

「うぐおっ!?」

生い茂る木々の上部にぶつかり、しかしそれでも勢いは殺されず、何者かは上空にまで追い出されてしまった。
それを見たレイヴンは、悟に歓喜の声を送り込む。

”ハッハー! いいタックルだったぜ!”

「はあ、はあ、はあ…」

悟はレイヴンに返答できない。
全力を叩きつける攻撃は、思ったより体力を消費した。

レイヴンは興奮が収まらないのか、さらに続ける。

”フフハハハッ! ざまーみろってんだくそったれェ!”

(それより、あの子は…!)

悟は、足元あたりにいるであろう可恋の姿を探す。
すると彼女は、驚きの顔で彼を見上げていた。

(無事みたいだな!)

方向転換し、彼女のそばに下り立つ。
それでわかったのだが、彼女は足首を負傷しているようだった。

木を陰にして隠れていたというよりは、木に頼って立っているのがやっとという状態だったらしい。
悟は自身の呼吸を整えた後で、彼女に声をかける。

「大丈夫か?」

「……」

可恋は反応しない。
悟は、もう一度声をかけてみた。

「おい…大丈夫か?」

「…え? あ、ああ」

ここでようやく可恋は我に返った。
その瞬間、痛みも蘇ったらしく顔を歪める。

「いたっ…!」

「足以外にケガはないか?」

「…う、うん」

「そっか…よし」

悟はそう言った後で、可恋から目を離す。
空から、何者かが戻ってくる気配を察知した。

それまで喜んでいたレイヴンも、悟にそれを伝えてくる。

”あの野郎、戻ってきやがったぜ”

(…うん)

悟はゆっくりと、可恋から離れた。
そうしながら空に視線を向け、戻ってきた能力者を見る。

(レイヴンも言ってたけど…まさか、こんなとこで会うなんて、な…)

彼にももうわかっていた。
一撃を加える前から、相手が何者であるかはわかっていた。

その何者かは、腕組みをしながら翼で宙に浮いている。
悟に対し、ゆっくりとした口調でこう言った。

「驚いたぞ…まさか、『レベル2』になっていたとは…!」

『アナザーフェイス状態』からでもわかる筋骨隆々の体、そして頭部ヘルメットにある意匠。
悟とレイヴンにとって、忘れたくとも忘れられない相手だった。

”不意打ちでぶっ飛ばして、女かっさらって逃げりゃいい…くらいに思ってたが”

(…ああ、そういうわけには…もういかない)

ふたりの腹は決まった。
ここで会ったということが、ふたりに覚悟を決めさせた。

それが自然と、悟の声を強いものへと変える。
彼は人差し指を相手に向け、こう言った。

「おれはあんたに、『スフィア』での決闘を申し込む!」

「ほう…失敗作風情がこの私に挑戦だと?」

腕組みをしたその能力者は嘲笑する。
それは『ハト』だった。

彼は、悠然とした動きで地面に下りる。
不意打ちには驚かされたが、自分に突っかかってきたのが何者なのかを理解した時点で、『ハト』は余裕を取り戻していた。

「同じ『レベル2』だから、私に勝つ可能性ができたとでも思ったか? まあいい…失敗作の処分をしてから、裏切り者を始末するとしよう」

「…決闘を受けるのか、どうなんだ?」

「調子にのるなよ、クズが…!」

『ハト』は腕組みを解いた。
悟に対し、怒りを露わにする。

「お前ごときが、この私と同じステージに立てると思うこと自体が愚かなのだ。情けなく逃げ回っていたことを、もう忘れたのか?」

「あの時とはもうちがう。それとも…『レベル2』になったおれが怖いとか、そういう話か?」

「調子に乗るなと言っている!」

『ハト』は激昂した。
その気迫はすさまじく、周囲の空気が震えるほどだった。

だが、悟はそれにも身じろぎひとつしない。
いや、正確には完全に頭が真っ白になっている。

真っ白になったのは、決闘を申し込むと『ハト』に言った時点からだった。
『ハト』を煽るような言葉を言っているが、彼自身の意識は半分飛んでいる。

しかしもう半分には、彼の確固たる思いがあった。
それがどうにか彼の意識を保たせ、立ち続ける力を生み出している。

(おれは…おれは見捨ててない…見捨ててない、ぞ……!)

正義感というのではない。
それはどちらかといえば後悔。

片山の死に際して、何もしてやれなかったことに対する後ろめたさ。
『ハト』に殺されそうだった可恋を『見捨てない』のではなく、『見捨てていない』と証明するために彼は戦おうとしている。

それだけ、片山の死に付随するものやその後に見た夢は、悟にとって恐ろしいものだった。
その恐怖は、今や『ハト』に対峙した時に感じるそれを、はるかに越えてしまっている。

だからこそ、彼はまだ立っていられた。
そして、言葉を発することもできた。

「調子に乗る、乗らないじゃなくてさ…あんたが乗るか、それとも逃げるか? って話なんだ」

「…この私が、失敗作ごときから逃げるわけがなかろう。その必要もない」

「だったら」

「よかろう、これ以上の愚弄はさすがに我慢ならん。徹底的に叩きつぶし、力の差を証明してやるとしよう」

『ハト』は、ついに悟からの申し出を受けた。
二度激昂しても悟が怯む様子を見せなかったことが、『ハト』から退く理由を奪った。

「ちょ、ちょっと…?」

少し離れた場所から見ていた可恋が、悟に声をかける。
その声には、彼を気づかう色が見られた。

だが、悟にはもうそちらを見る余裕がない。
彼女の声が聞こえてもいない。

今、彼の中はこんな気持ちで満たされていた。

(やるしかない…! おれは、見捨てていないんだからな…!)

片や、レイヴンにも悟と同じように退けない理由がある。
それは相棒とはまったくちがったものだった。

”ここで会ったが百年目、ってヤツだ…オレは、オレたちはここであの野郎を越える! 失敗作がどんだけ強くなったか、その目ン玉かっぽじってよーく見てるがいいぜ!”

悟とレイヴンにとって、絶対に負けられない戦いが始まろうとしている。
場の空気は、極限にまで張り詰めていた。

「………」

その雰囲気に気圧されて、可恋はもう何も言えなくなってしまう。
肩に乗ったスプレッダ『ククールス』とともに、悟の横顔をただじっと見つめるしかなかった。


>Act.28へ続く

→目次へ