【ワード・サマナー本編】stage50-act4:烈火 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・act4 烈火・

魔人が攻撃を止めて、数秒の時間が経っている。
時間は、次の活動限界に向けて刻々と過ぎていく。

涼は炎のバリアを消し、すぐそばにいるメンバーの中でただひとり、普通の人間である警官にこう言った。

「おまわりさん…今のうちだ、早く向こうに戻ってくれ」

「…そうはいかん」

涼の言葉に、警官は首を振る。
拳銃を構え直し、芯の通った声でこう返答した。

「市民を守るのが警察の勤めだ。お前たちが戦っているのに、俺が戻るわけにはいかな…」

「この状況で、そんなプライドに意味があるとでも思ってんのか!」

警官の言葉の途中で、涼は声を荒げる。
その行動に、雅哉とヒトミは目を丸くした。

だが涼はそれに構わず続ける。

「あんたががんばろうとしてるのは認めるさ…だが、俺らにとっちゃあんたの方が『一般人』なんだ。早く戻ってくれねーと、足手まといになるばっかなんだよ」

「なにッ」

「あんただって、テロリスト相手に普通のヤツがしゃしゃり出てきたら腹が立つんじゃねーのか! アイツはあんたらの手に負える相手じゃねぇ! 今の雷でわかっただろーがよォ!」

「く…」

警官は反論できず、ただ歯噛みする。
そこに涼はさらにたたみかけた。

「銃なんてアイツには役に立ちゃしねぇ。用意すんなら火炎放射器くらいは持ってきてもらわねーとよォ…そういう意味でも、あんたがここにいる意味はねぇんだ。さっさと戻ってくれ」

「…わかった」

警官は悔しげな表情を浮かべ、銃をしまう。
そして仲間が待つ後方のアーケードへと、走って戻っていった。

「…」

雅哉とヒトミは、前に立つ涼の背中をじっと見る。
だが、彼が警官に言ったことについてとがめるつもりはないようだった。

「…さて、と」

涼も、背後からのふたりの視線に気付いている。
だがそれを気にしないようにして、バルディルスにこう尋ねた。

「防御は任せていいんだよな、バルディルス」

「ええ…魔法に関しては私の方が上ですから、それについては問題ありません。ただし、私の方から魔法を使うことは禁じられているので、防御としてしか使えないというのが正しいのですが」

「そうか…」

涼はその言葉を聞いて、なぜか顔をしかめる。
そしてまだ行動を起こさない魔人の方を見る。

(ヤツはわかってる…余裕かまして何もしてこねぇのは、この時間が過ぎさえすれば俺たちが詰むのをわかってるからだ)

触手たちが開けた穴を見つめる。
今はバリケードはなく、普通に橋を進めば魔人のもとへ向かうことができるようになっている。

(さっきの102秒は、そのための準備…触手たちを『育てる』ための準備期間だったんだ!)

涼がそう考えたと同時に、コトノハと文字が強く輝く。
左手の周囲に、光がまき散らされた!


『炎』


「…え?」

驚きの声をあげたのは雅哉である。
涼のコトノハと文字は輝いたが、何も起こっていない。

炎のバリアがまた展開されるわけでもなく、魔人に向けて攻撃が放たれたわけでもない。
彼がどう見ても、涼が能力を使った形跡がなかった。

(真島さんは…今、能力を使ったんじゃないのか? コトノハと文字が光るっていうのは、能力が発動されるっていう合図…なのに)

”おい、悠長に考えてる余裕なんかねーぞ!”

雅哉の精神に巣食うキサラギが、彼に向かって声を荒げる。

”俺も何かやべぇってのを感じてるが、真島はその中身をわかっちまったようだ。ヤツは間違いなく焦ってやがる…それで何かをしようとしてるんだ”

(何か、って…何ですか?)

”んなもん俺にわかるかよ! それより、もうしばらくしたらまた魔人のヤツが動けなくなる。その時がチャンスだぜ”

(…はい)

雅哉の表情がこれまでになく引き締まる。
彼もまたコトノハを輝かせ、文字を「貫」から「慣」へと変化させる。

(毒なんかに、もうやられはしません)

”まったく、一時はどうなることかと思ったぜ…だがまあ、1回切り抜けられりゃお前の『慣』で無効化できるからな。あとは触手ごと魔人をぶち抜いて終わりにできるはずだ”

(はい!)

涼とは対照的に、雅哉は魔人に「102秒」が訪れるのを待つ作戦をとっている。
しかしキサラギは、彼にそう提案しながらも何らかの疑問を感じてもいる。

”真島が何を考えてるのか…何をやべぇって思ってんのか、そこを知りてぇトコだな”

雅哉には聞こえない声で、ひとりごちる。
彼の視覚を借りて見る涼の表情は、どうにも焦燥感に染め上げられているように見える。

”ヤツは手柄にこだわるタイプじゃねぇ。誰が魔人を倒そうが、そこらへんはどうでもいいはずだ…だったら何を焦ってる? 魔人が何もしてこねぇ今はチャンスだし、ヤツが動けない102秒も俺らにとってはチャンスのはず”

雅哉には「慣」の能力がある。
最初の102秒では幻覚作用の毒にやられたが、もうそれが雅哉を蝕むことはない。

橋のど真ん中で腕組みをしている魔人は、まだ何もしてこない。
魔人は「慣」の能力を知らない可能性があるため、戦闘力の読み違えというのも充分考えられるのだが…

涼の焦りは、それを加味してもどこかおかしく感じられるのだ。
その違和感を考えるのだが、キサラギには答えを出せない。

”…コイツが未成年だから、エンディクワラを攻撃させるなんていう危険な仕事をさせるわけにはいかねぇとか思ってるのか? いや…コイツはもう、真島たちが知ってる『かわいい雅哉』じゃないんだぜ。それを真島もわかってるはずだ”

記憶を失う前の雅哉は、涼に対して兄のような慕情を持っていた。
だが今の雅哉は、キサラギが断片的に戦闘関連の記憶しか戻さなかったため、その慕情は存在しない。

「最後の岡崎」と戦う直前に受けた警官からの質問でも、涼とは全く違う「戦う理由」を口にしていた。
だが涼は、自分に対する慕情を失った雅哉に対しても変わらず接している。

”言ってみりゃ『兄離れ』だ…尊敬する人間は必要だろうが、その人間を慕う気持ちにずっと浸ってたら男は成長できなくなる。真島も、コイツが変わってしまったことを『成長』だと考えたはずだぜ…一人前の男になりつつあるってのを、感じてるはずなんだ”

だがそうなると、ますます涼の焦燥感の正体が見えなくなる。
雅哉が危険を冒す前に戦いを終わらせようとしているのでなければ、涼は一体何を感じているのか。

”俺も何か…何かやべぇってのは感じてる。だがそれが何なのかはっきりしねぇ。ただの勘違いで終わってくれりゃいいが、はっきりしねぇせいでそれもわかんねぇ…が!”

キサラギの思索は、ここで中断された。
攻撃を中断していた魔人エンディクワラが、また動き出したのである。

「そろそろ仕上げに入るとしよう…バルディルス、お前が予想だにしない結末が到来するぞ! クククククッ!」

魔人は胸の前で両手を合わせる。
それと同時に、周囲に突如として雪の結晶が現れた。

しかし、バルディルスが優雅に右手を振ると、それらは一瞬にして消え失せる。
魔力の違いを見せ付けながら、彼は魔人にこう言った。

「私が予想だにしない? はて…しぶとさが取り柄の魔人が、あっさりやられる結末ですか?」

「残念ながらそうではない。私がこの世界を覆い尽くしていくのを、お前が指をくわえて見ている結末だ!」

魔人がそう言うと、消え失せたはずの雪の結晶が再度出現した。
真夏の夜の夢にしては、いささか趣向が凝り過ぎている。

「バルディルス、お前は私に対して攻撃できない…私を倒すには、この世界のユームどもに協力を仰ぐしかない! だが、魔法も使えないような下等生物が、私に対抗し得る力を得るにはそれなりの期間がかかる!」

「…」

「時間ではないぞ、期間だ! 私やお前の存在を理解するだけで、この世界のユームは数日という期間を無駄に消費する! お前が新たに協力者を探すとして、その者が私と戦えるようになるまで…私がのんびりと待つと思うか?」

雪の結晶は、急速に空気を冷やしていく。
それに対して涼は炎のバリアを発生させようとしたが、バルディルスがそれを止めた。

「今は待ってください…魔人はあなたに炎を使わせようとしています。これは私が全て無効化しましょう」

「助かるぜ…だが、俺に炎を使わせようとしてるってのはどういうことだ?」

「魔人は、炎の力を持つあなたを特に警戒しているようです。何かを企んでいるのでしょう…そしてそれは恐らく、あなたも同じ」

「…まあ、な」

涼はそう返答し、へらっと笑ってみせる。
そのコトノハはこれまでで4回、文字とともに光を放っている。

だが、火らしきものはどこにも生まれていない。
涼は能力を使ってはいるが、どこに使っているのかは誰にもわからなかった。

「もう一度訊くぜ、バルディルス」

笑顔が消え、神妙な表情。
彼は先ほどと同じことを、敢えて尋ねた。

「防御は、任せていいんだな?」

「私の498秒が過ぎるまでは、鉄壁の防御をお約束します」

「その言葉を聞いて、ちょっと安心したぜ」

涼の口元は笑う。
だが、顔全体は笑っていないため、不自然な笑顔になる。

彼がそんな表情を浮かべたと同時に、コトノハと文字はまた強く輝いた。


『炎』


「クククッ…!」

その様子を見て、魔人は笑う。
途中で止まった話を、改めて再開させた。

「先の戦いは、私に対抗し得る者を生み出すいい実験場だったな、バルディルス…だが、ここでその3人も死ぬ。さらに、お前が他のユームを育て上げる前に、そのユームも私が殺すことになる」

「…」

バルディルスは、魔人の言葉には答えない。
ただ右手をもう一度振り、魔人が発生させた雪の結晶たちを瞬時に消去する。

しかし魔人はそれを気にせず、またも結晶を生み出した。
空気が急速に冷やされては戻るということが繰り返されることで、周囲には風が起こる。

その風を受けながら、魔人はこう続けた。

「先の102秒において、私はユームどもを漏れなく殺す仕組みを構築し始めた…そしてそれはもうすぐ完成する。協力者を得られなくなれば、お前は私に対抗できずにただ見ていることしかできなくなるのだ」

「…それで?」

バルディルスは短く尋ねる。
それと同時に、巻き起こる風ごと雪の結晶は消える。

「お前の邪魔さえなくなれば、私はこの世界を覆い尽くすことができる…太陽の光を我が力とし、時間の制約からも完全に逃れられるのだ」

「この世界の天体たちは気まぐれですよ…そううまくいくとは思えませんがね」

「ククッ、バルディルス…お前は何もわかっていない。お前は守る側だが、私は破壊する側…太陽も、そしてこの世界自身も破壊の先にある進化を望んでいる。お前の方が制限されているのは、私より強いという理由だけではないのだ」

魔人はまた腕組みをした。
もう雪の結晶を生み出すということはせず、ただ悠然と立っている。

「私は、自分の力をわかっている。お前がどれほど強いかも知っているぞ、バルディルス」

「…それは、褒めてもらってると考えていいのでしょうかね?」

「ああ、そうとってもらってかまわない…が、だからこそお前は自由を奪われた!」

組んでいた腕を、いきなり左右へ開く。
それと同時に、涼たちの周囲に氷の槍が出現した。

1本や2本という数ではない。
数十本という数が、彼ら4人を取り囲んでいる。

「この世界のユームどももそうだろう? か弱い存在であるはずなのに、こいつらは自分たちよりも強い存在を支配することに成功している…まあ、たまにそいつらに食い殺されもするが」

魔人は嘲笑し、開いた両腕を前方へ向ける。
直後、魔法の名を口にした!


《リィラ・ペトラテュス:ヴァスケリヲ(氷結槍襲撃:貫通陣)》!!


魔法の名前が響いた瞬間、氷の槍たちが一斉に動き出す。
取り囲んだ中央、涼たち4人に向かって飛び出していく。

「面白い魔法を使いますね、ですがッ!」

バルディルスは両手を使い、自身を含めた涼たちの周囲にバリアを張る。
氷の槍はそれに突き刺さるが、貫通することはできない。

ただ、これまで片手で魔人の攻撃を無効化してきたことから考えると、魔人が今回使った魔法がかなりの威力であることがわかる。

「空気を冷やしていたのは、これの準備のためですか!」

「その通り…さすがにこの暑さでいきなり使うのも疲れるからな。負担を和らげるために、ある程度空気を冷やしておいたというわけだ」

魔人は楽しげに返答する。
その間も、氷の槍がバリアへと突き刺さっていく。

数十本という数の槍が刺さり、後から後からまだそれらは生産されていく。
バルディルスは自身の言葉通り鉄壁の防御を披露し、全ての槍をバリアで受け止めていく。

「クククッ」

しかし魔人はそれすらも笑う。
また腕組みをしてバルディルスにこう言った。

「私の渾身の魔法ではあるが、お前なら受け止め切れるだろうな、バルディルス…しかしそれは、お前がバリアを消せないということでもある」

「…なんですって?」

「お前のバリアは、お前自身を守るためのものじゃない。そのユームどもを守るためのバリアだ…だが、私を攻撃するにはその3人に動いてもらうしかない。そうだろう?」

「今さら、一体何を…」

「私の魔法が発動し続ける限り、お前はユームどもを守る。つまり、ユームどもはお前が守るから動けなくなる…時間の話をしているんだよ、バルディルス」

数十本だった槍が、さらに増えてバリアを攻撃する。
攻撃されたところで破られるものではないが、当然解除するわけにはいかない。

バルディルスはバリアがなくても防御できるが、涼たちはそうはいかないのだ。
だがそのために、涼たちは安全地帯であるバリアから出られなくなっている。

「お前がユームどもを守護するが故に…お前は私に勝てないのだ」

魔人の体が、足先からゆっくりと色を変えていく。
それまでは黒く光沢のある甲冑のような色だったのが、茶色い樹木へと変化していく。

「く…!」

バリアの向こうでそれを見た涼は、思わず強く歯噛みした。
彼はいち早く気付いたのである。

魔人の498秒が終わりつつあることを。

(もう、もうなのか…!)

498秒が経過すれば、102秒は動けなくなる。
だが涼は、その102秒こそ自分たちにとって危険な時間であると感じていた。

(まだ準備が終わってねぇ…終わってねぇってのに!)

魔人の体は、さながら木の彫刻のように変化していく。
だが、その体から発せられる声は、勝ち誇っているかのような響きを持っていた。

「先ほどの102秒でわかったと思うが、私を守る触手は特別でな…動きに反応して攻撃するようにできている。だがそれは、一歩も動かなければいいという意味ではないぞ。フハハハハッ!」

(やはりそうか、予想通りなのかッ! くそ…やっぱりやるしかねぇのか!)

魔人の言葉から、涼はそんなことを考える。
その耳には、ほとんど「木化」した魔人の声がさらに聞こえる。

「バルディルス、お前の498秒が終わった時…その3人は死を迎えることになる! お前は強いが、たった3人のユームも守れない程度だ。力で劣る私の前で、自らの無力を嘆くがいい!」

「なに…!」

魔人の言葉に、バルディルスは厳しい表情で相手を見る。
だがその頃にはもう「木化」した後であり、会話はできない状況だった。

直後。
魔人を守るため、触手たちが穴から這い出てくる。

同時に、魔人が放った魔法の効果が切れた。
無数の氷槍は瞬時に消える。

(よしッ!)

これを好機と捉えたのは雅哉だった。
バルディルスがバリアを消そうとしている瞬間を狙い、ひとり前に飛び出す。

「!」

涼はそれに驚き、彼を止めようとする。
しかしそれには時間がなさすぎたため、声をかける他なかった。

「お、おい、待つんだ村上くんッ!」

「僕にはもう毒なんて効かない! 何の問題もありませんッ!」

魔人が「木化」する時を狙い続けていた雅哉が、涼の言葉だけで止まるはずがなかった。
触手たちは彼の動きに反応し、すぐさま先端の針で攻撃してくる。

「お前たちの攻撃なんて、もう効かないって言ってるだろッ!」


『慣』


コトノハの緑光、文字の漆黒。
それらの光は、真紅の空の下で鮮やかに映える。

触手たちの針が雅哉を襲うが、彼は能力で刺されることにも毒にも「慣れる」ことができる。
もう、先ほどのように幻覚を見させられるようなことはない。

(この状態でまずは突っ切る! 触手たちの注意を、全て僕に向けるんだ!)

雅哉の「貫通の光」は、そもそも中~遠距離攻撃に適した能力である。
なのに彼が触手たちに向かって飛び出したのは、これが理由だった。

(正義のために戦いたいなんて言っときながら、僕は迷惑ばかりかけている…でも今は、僕だけが攻撃をくらっても平気でいられるんだ! 真島さんに何か考えがあるなら、僕が触手を引きつける!)

自分が触手たちを引きつけることで、涼やヒトミが行動しやすくなるはずだと彼は考えていた。
しかし、それだけのために飛び出したというわけでもない。

(魔人はこの触手たちを特別だと言ってた…だったら、それごと魔人を倒すっていうのも悪くないッ!)

雅哉は、「慣」の能力を発動させつつ文字を変化させる。
コトノハは強い緑光を発した。

「伏せていてくださいッ!」

雅哉は涼たちにそう告げる。
彼らがしゃがんだのを見た直後、彼は能力を発動させた!


『貫』


「全部なぎ倒すッ!」

直径50センチほどの「貫通の光」が、彼の左手から発せられる。
その手首に右手を添えて支えとし、周囲にいる触手たちにまずは浴びせかけた。

「ピギィィ!」

雅哉から向かって右端の触手に、「貫通の光」を当てる。
当たった部分から先が吹き飛んだ。

(ここから横っ!)

彼は、さらに光を左方向になぎ払う。
その途中には「木化」した魔人の体もあり、このままいけば横に両断されることになる。

だが。

「ピギッ!」

最初に先端を吹き飛ばされた触手は、新たにその体を伸ばして傷を修復する。
瞬時に回復した後で、素早く雅哉に向かって襲い掛かった。

しかしその攻撃方法は、先端の針を刺すという方法ではなかった。
勢いよく触手自身を当てるという、原始的な攻撃だった。

「…え?」

雅哉が右からの衝撃に気付いた時、自分の視界が動いたことに気付く。
衝撃を食らった方向を見ると、そこには再生した触手があった。

(なんだ? 飛ばされ…?)

雅哉の体は、強い衝撃を受けて飛んでいる。
そこに、他の触手たちが襲いかかってきた。

「く!」

それらに「貫通の光」を向ける。
だが触手たちを撃ち抜いても、瞬時に再生してしまうのだ。

「くそっ、針も毒も、僕にはもう通じなっ…」

再生した触手たちは、吹っ飛んでいる雅哉の体を地面に叩き付ける。
さすがの彼もこれは想定しておらず、思わず「貫通の光」を消してしまう。

「うぐっ!?」

「雅哉ッ!」

ヒトミが彼の身を案じて叫ぶが、それもまた「動き」である。
彼に襲いかかっている触手の途中から、新たな触手が瞬時に生まれてヒトミに襲いかかってきた。

「…!」

しかしそれは、バルディルスによって止められる。
彼につかまれた触手は、その身を一瞬にして引き裂かれてしまった。

「あ、ありがとう…」

「いえ…っ!」

ヒトミに返答しながら、バルディルスは再度バリアを張る。
その壁に、また新たな触手がぶち当たった。

「危ない危ない…エンディクワラのしぶとさを象徴するかのような触手ですね」

「ちょ、のんびり喋ってる場合じゃないわ。雅哉が!」

「大丈夫です」

バルディルスはそう言うと、バリア内から姿を消した。
かと思うとすぐに雅哉がいる場所に現れ、その体を抱えて瞬時に戻ってくる。

「う、く…!」

「大した傷ではありませんね…『慣』のおかげで、毒にも針にもやられてませんから」

雅哉は、ただ触手たちに打撃による攻撃を受けただけだった。
傷は確かに大したことはないが、また別の問題が浮かび上がっている。

「ただ、これでは…魔人に近付くことができません」

「近付く必要なんかないわ。もうバリアがあるわけだし」

ヒトミはそう言って、魔人がいる方向を見る。
その動きに反応して、触手たちがバリアに自身を叩き付ける。

「う…!」

彼女の動きに反応し続ける触手たちによって、バリアの内部から外が見えなくなってしまう。
だが、彼女にとっては何の問題もなかった。

「いいわ、そんなに『破壊』して欲しいっていうんなら…」

ヒトミのコトノハが輝き、周囲に緑光をまき散らす。
そして、漆黒の文字がその上に浮かび上がった!


『破』


「お望み通りにしてあげるわよ!」

バリアに貼りついた触手たちに向かって、「破壊」の力が放たれる。
緑色の体はすぐに引き裂かれ、バリアに透明な液体と緑色の液体がかかる。

だがすぐに触手たちは復活した。
破壊された部分から新しい触手が伸び、またバリアに貼り付いてしまう。

「く…!」


『破』


彼女はさらに能力を使うが、結果は同じだった。
触手たちは何度引きちぎられても、すぐに復活してバリアに貼り付いてしまう。

それどころか、破壊される度に触手の本数が増えていった。
根元が増えるばかりでなく、枝分かれした分も全てがバリアに貼り付き、視界どころか光さえ奪うようになってきている。

「な、なんなの…なんなのよ、これッ!」

「ヒトミ、もういい」

「もういい、じゃないわよ! あんたも協力してよ、涼っ」

彼女はいら立った口調で言い、「さっきはあれだけチームプレイできてたのに!」と続けた。
しかし涼は、ただ彼女の手に触れてそれを下ろさせる。

「…涼?」

その行動に、彼女は思わず彼を見た。
だが彼は彼女を見ておらず、バリアに貼り付く触手たちを見ていた。

そしてそのまま、バルディルスに尋ねる。

「お前、あとどんくらいだよ?」

「申し上げにくいのですが…もうすぐ、といったところですね」

「そうか」

涼はそう言って、コトノハを輝かせる。
ゆっくりとヒトミから離れ、バリアの一番端に行く。

「ピギィ! ピギィァア!」

「ギギィ、ギギギィィ!」

涼の動きに反応して触手たちがバリアを叩く。
その様子を見ながら、彼はへらっと笑った。

「ぶっちゃけた話しちまうとよ、俺も正直怖いんだぜ…だがもう、そんなこと言ってらんねぇ状況だ」

「涼…? あんた、なに言って」

「悪いが、詳しく話してる時間もねぇんだ…バルディルス、お前はわかってるよな?」

涼は、誰の顔も見ずに言う。
訊かれたバルディルスは、うなずきながら彼にこう返した。

「一応、こう見えてもそういう力は持ってます…が、気付いたのはつい先ほどです」

「右足の元持ち主だもんな、そりゃわかるよな。じゃあ、俺の合図で頼むぜ」

「…はい」

「ちょ、ちょっとあんたたち」

ヒトミは意味がわからず、涼とバルディルスの顔を交互に見る。
そしてふたりにこう尋ねた。

「何の話してるのよ? 一体何をするつもり…」

「行くぜ」

ヒトミが望む答えが、涼の口から語られることはなかった。
彼はただバリアに貼り付く触手たちを見、その先にいるであろう魔人の姿を見つめていた。

(さすがに、今回はビビっちまってるぜ。初めて大々的に『怖い』って言葉、言っちまった)

コトノハの緑光は、さらに大きくなっていく。
それを見た時、ヒトミは何かに気付いた。

「ちょっと、涼…あんたまさか…!」

(だが、これは俺がやるしかねぇ。村上くんやヒトミがどうにかしてくれるならと思って待ってみたが、やっぱり無理だった…俺がやるしかねぇんだ!)

彼女の言葉に、涼は答えない。
ただ前を見続けている。

(ここまで俺が覚悟を決められなかったのは、俺の心がそんなに強くねぇからだ…怖いこととかイヤなことは、できるだけ後回しにしてぇって思う。戦いの時にそう思うことはなかったが、今回は初めて…そう思ったんだ)

「涼、ちょっと! なんとか言いなさいよ…」

ヒトミは彼に近付こうとする。
だがその横顔を見た時、彼女の足は止まった。

「なによ、なんで…」

笑顔でも、怒りの表情でもない。
どこかへ向かおうとしている表情。

「なんで、そんな顔…してるのよ…!」

何人の制止も意味を成さない、男の表情。
それが、彼女の足を止めた。

その間にも、涼のコトノハは緑光を強め続ける。
地面に寝かされていた雅哉は体を起こし、緑光を見た。

(なんだ…? 真島さんは何をするつもりなんだ?)

”そうか…まさかとは思ったが、真島の野郎…!”

涼の真意がわからない雅哉をよそに、キサラギは何かに気付いたようだ。
だが雅哉は彼に尋ねることはせず、ただ涼の横顔を見ている。

(何をするつもりなのかはわからない…でも、目を離しちゃいけないような…そんな気がする)

心によぎるその思いが、彼の行動を止めていた。
涼は、そんなふたりの視線を受けながら「準備」を整えていく。

(正義も責任もクソもねぇ。切羽つまってみりゃビビるばかりで、カッコいい言葉なんて何も出てこねぇ…)

その思いを象徴するかのように、涼の右手は震えている。
ただ、コトノハが光る左手は全く震えていない。

彼は、震えていない左手を強く握り締めた。

(だが、たったひとつだけカッコつけさせてもらうとしたらよ)

コトノハから放たれる強い緑光が、脈動するように光り始める。
それは徐々に点滅の間隔を狭めていき、また断続的に光るようになった瞬間。

彼の中に、こんな思いが浮かんだ。

(守ってみせる…絶対に!)

瞬間。
コトノハに浮かび上がっていた「炎」の文字が消える。

それと同時に、涼の右胸から光が浮き上がる。
光は勾玉の形を成し、その上に文字が浮かび上がった!


『烈』


「今だぜ、バルディルス!」

「はい!」

涼の合図で、バルディルスは一瞬だけバリアを解除する。
それと同時に、涼はバリアがあった場所から飛び出した。

「!」

当然、触手たちは動きに反応して涼を襲う。
その間に、バルディルスはバリアを元に戻した。

「ナイスタイミングだ…こっちも行くぜ! これが…」

左手のコトノハから消えた文字。
それが、別の文字になってまた浮かび上がってくる。

彼にとって、それは見知った文字。
初めて能力に目覚めた、馴染み深い文字だった。


『火』


「これが最後だ! よーく目に焼き付けといてくれよ!」

涼がそう言った時だった。
彼の体が炎に包まれる。

「ピギィ!」

「ギィィ! ギャアア!」

触手たちは炎に構わず、涼に襲いかかった。
雅哉のように毒を無効化する術を持たない涼は、針に刺されれば毒にやられることになる。

「…?」

「…ピギッ!?」

だが、涼の体に針が刺さることはなかった。
それどころか…

針が触れることさえ、なかったのである。

「おおおおおおおおおおッ!」

涼はその場から駆け出す。
体を炎に包まれながら。

だがそれは、正確な表現ではない。
涼は、体を炎に包まれているわけではない。

「涼、ウソでしょ…!」

ヒトミは両手で口を覆い、ただ彼が走っていく姿を見ている。
雅哉は驚愕し、ただ何も言えずにいた。

動きに反応する触手たちは、走っていく涼に向かって攻撃を仕掛けていく。
だがその全てがすり抜け、触手たちに火がつくだけの結果に終わってしまう。

「…あなたにここまでの覚悟をさせてしまったこと…本当に申し訳なく思いますが、今はただ見ていましょう。私の謝罪などで、この光景を汚すわけにはいきませんから、ね…」

バルディルスは、そうつぶやいて涼を見つめている。

「おおおおおおおおッ!」

(魔人を、倒す! 魔人を、倒す!)

叫び、ただひとつのことを考えて動く。
他のことは、もう考えられなかった。

突き進む姿は、まさに炎。
涼の体が炎そのものとなり、「木化」した魔人に突っ込んでいく。

右胸に「烈」。
左手に「火」。

合わせて「烈火」の能力を、涼は発動させた。
何度も何度も「炎」で自身の心を燃え上がらせ、炎そのものへ変化させる準備をし続けていた。

”雅哉は毒にも針にもやられなくなった…だが、体当たりされりゃ真っ直ぐには進めなくなる! 肉体を持ってる以上、それはもうどうしようもねぇ…”

だが、炎そのものになれば物理的な攻撃は全てすり抜けてしまう。
触手たちがどれだけ体当たりをしてこようとも、真っ直ぐ魔人へと向かうことができる。

”真島の野郎はわかってたんだぜ…雅哉が一番魔人を倒す可能性を持ってるが、雅哉がしくじったら自分がやるしかねぇとわかってたんだ。雅哉が失敗して、さらにバルディルスのバリアもなくなっちまったら、もうこっちには手がなくなっちまうから…!”

確かに、雅哉は毒と針に対する耐性を持っている。
だがヒトミと涼はそれを持っていない。

雅哉は毒そのものに耐性を持てるようになったからいいが、涼たちは一撃で致命的な毒を注入されてしまうとどうしようもない。
特にヒトミがやられてしまうと、毒を「破壊」する者がいなくなってしまう。

”それに、動かなけりゃどうにかなるってのも、もう通用しねぇ段階だったんだ…魔人ははっきりとは言わなかったが、恐らく触手どもは『絶対に動き続けるもの』を目がけて動くようになってた。前の102秒は、そのための準備だったんだ”

キサラギがぼんやりと感じていたのは、このことについてだった。
炎と化した涼の姿を見て、彼は自らの疑問が氷解していくのを感じている。

”じっとしてたって、絶対に動くもの…それは心臓だ。条件反射で動く触手どもに、狙いがブレる可能性なんか絶対にねぇ。真島は、もう走り出すしかなかったんだぜ…”

(……)

雅哉は、心の中でキサラギが喋り続けるのを聞いている。
だがそれをこの場で理解することはできなかった。

炎そのものとなって布袋橋の中央へ向かう涼の姿。
そこには、覚悟という言葉すらも超えた「意味」がある。

(真島…さん…!)

背後から、そして魔人の向こうから触手たちが涼に向かってくる。
だがそのどれもが彼の体をすり抜け、ただ火をつけられて燃えるばかり。

「なに…やってんのよ、涼…!」

その様子に、ヒトミは涙を流していた。
手で拭うことさえもできずに、彼女もただ涼が戦う姿を見ている。

「いきなり、何にも言わないで飛び出して…『炎になる』って…全然、全然意味わかんない…!」

涙のせいで、呼吸が不規則になる。
むせびながら彼女は、ただじっと後ろ姿を見つめていた。

炎そのものとなった涼は、触手には構わずに魔人を倒すことを至上としていた。
自身が肉体を失ってしまったため、もうさまざまなことを考えることさえもできない。

(魔人を倒す…魔人を、倒す!)

ただひとつの思い。
それは、たったひとつの「性質」。

橋の中央で「木化」している魔人のそばに、彼はついに到達する。
触手たちは尚も彼の体を貫くが、やはり傷を負わせるということはもうできない。

「うぬあああああああッ!」

拳を振り上げ、「木化」した魔人を殴りつける。
だがそれすらもすり抜けてしまい、魔人の頭部を貫通した状態になる。

「ぬゥゥ…!」

涼はやがて、魔人に同化するように自らの体を重ねた。
魔人の足元は触手たちの根元でもあり、一気に燃え広がっていく。

「ピギ!?」

「ギィィィ! イギィィィ!」

「ギャアアア!」

触手たちは叫ぶが、魔人は「木化」からまだ覚めることができない。
やがて涼の炎は、触手たちだけでなく魔人本体にも燃え移り始める。

体を重ねた状態であるため、内部からゆっくりと焦げていく。
この時、触手たちは頓堀川にめいめい飛び込み、火を消そうともがいていた。

「ピギィィ!」

濡らした自身の体を、魔人本体に振り掛ける触手たちもいる。
だがそれは瞬時に湯気となり、火を消すことなどできない。

炎を…涼を消すことなどできなかった。

「ぬおあああああああッ!」

鬼神もかくやという声で涼は叫び、それと同時に炎の温度がさらに上がる。
もはや触手は耐えられず、やがて黒く焦げて炭化していった。

それと同時に、橋に異変が起こる。

「う…?」

「な、なに!?」

触手たちは、橋付近の地面を好き勝手に掘り進んで穴を開けていた。
だが今、その触手たちが全て焼け落ちてしまい、掘られた穴を支える存在がなくなってしまったのである。

「は、橋が…!」

大音響を立て、橋から砂煙が上がる。
だが、涼はまだそこから動こうとはしない。

魔人を倒すという目的のみで行動している彼は、魔人を滅していなければ動くことができない。
「木化」しているとはいえ、木そのものを燃やし尽くすにはまだ時間が必要だった。

「涼! 早くこっちに戻って! 戻ってくるのよっ!」

さらに、この時…ヒトミの目の前が開けた状態になる。
つまりは、バリアが解除されてしまった。

「…!」

振り返ると、そこにはバルディルスがいない。
炎そのものである涼を助けられそうな唯一の存在が、彼女たちのそばから消えてしまっていた。

「なによ…なによなによなによ! こんな時に消えるなんて、あんたどうかしてんじゃないのッ!?」

姿を消したバルディルスに叫び、彼女は走り出す。
コトノハを光らせ、「破」の文字を浮かび上がらせて橋へと向かう。

「冗談じゃないわ…冗談じゃないッ!」

同じ言葉を繰り返しながら、必死に走る。
その後ろには雅哉が続いた。

「ヒトミさん、僕なら真島さんを連れ戻せます! 火に『慣れる』ことができますから!」

「あたしだって連れ戻せるわよ! 能力とかそんなんじゃなくて、火傷したって連れ戻してみせるわ!」

ふたりは橋に乗り、中央にいる魔人と涼のもとへ向かう。
それこそ必死に、全速力で走った。

しかし…

「うわああああああああッ!」

「涼おおおおおおッ!」

彼女たちが涼のそばに行き着く前に。
布袋橋は崩れ落ちる。

瓦礫と化した橋は、跡形もなくなって頓堀川に落ちた。

涼を助けようとしたヒトミも、
同じく彼を救おうとした雅哉も、

本当の覚悟を決めて、炎そのものになった涼さえも。

全てがコンクリートの塊とともに、川へ落ちた。
緑色の川にはほとんど流れなどなく、落ちてきたものをただ飲み込むばかりだった。

>final-actへ続く

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