【ワード・サマナー本編】stage50-act2:特性 | 魔人の記

魔人の記

ここに記された物語はすべてフィクションであり、登場する団体・人物などの名称はすべて架空のものです。オリジナル小説の著作権は、著者である「びー」に帰属します。マナーなきAI学習は禁止です。

・act2 特性・

「決まったんじゃねーかな、これはよォ…!」

涼は、思わず期待を込めた表情でそう言った。
彼の目には、木の彫刻と化した魔人エンディクワラが映っている。

魔人から10メートルほど離れた場所からは、直径3メートルという巨大なレーザー光線が放たれていた。
言うまでもなく、それは雅哉の「貫通の光」。

「おおあああああッ!」

涼たち3人に、バルディルスの防御を加えた4段攻撃の最後を飾るのが、この「貫通の光」だった。
ターゲットである魔人は、中央にしっかりと捕捉されている。

完全な復活を果たしたために、バルディルスと同じく498秒の制限時間を背負うことになった魔人は、たった今その時間を使い切って動けなくなっていた。
再度動き出すためには、102秒間の経過が必要となる。

しかし「貫通の光」が到達するまでに、それほどの時間がかかるとは思えない。
それは涼だけでなく、ヒトミも光を放った雅哉自身も感じていることだった。

(僕の記憶は完全には戻ってない…でもある程度は戻してもらった。おかげで、真島さんやヒトミさんと連携して戦えるようになった!)

突き出された左手。
そこから放たれる極太の「貫通の光」。

強烈な手応えを感じながら、雅哉はそれを制御している。
光の中央から魔人の体を外さないように、一瞬一瞬気を遣っている。

(絶対に外さない…これで決める!)

気力は充実し、これまで移動を続けてきた割には、体力もそれほど減っていない。
加えて「貫通の光」の直径は3メートルもあるので、少し動いたくらいでは的が外れることさえない。

(死をまき散らす魔人を、今ここで消滅させる!)

「貫通の光」の砲台とも言える足腰は、しっかりと地面に固定されている。
ぐらつくどころか、ぶれることなど絶対になかった。

そのはずだった。

”…!”

(えっ?)

瞬間。
雅哉の中に異常が起きる。

根付くかのごとく強固に立っていたはずの足腰から、正確に言えば左ひざから、途端に力が抜けたのである。
それでも魔人に「貫通の光」を当てるため、雅哉の左手は若干上を向いた。

(う…こ、これはッ!)

だが、それでは体勢を立て直すことができない。
左ひざは踏ん張る力を失い、雅哉は受身も取れないままその場に倒れ込んでしまう。

(一体何が…! くそ、『貫通の光』を消さないと!)

状況を理解するより前に、雅哉は魔人への攻撃を中断する。
少し体がぶれるくらいでは的が外れることはなかったが、大きく体勢を崩せば話は別だった。

倒れる時に思わず地面を見ていた彼は、「貫通の光」を消去した後で顔を上げようとする。
その時、不意に声が響いた。

”動くな!”

「…!」

その声に驚かされたのもあり、雅哉は動きを止める。
直後、何かがすぐそばに「いる」気配を感じた。

(なんだ…これは!)

”危なかったぜ、動くなよ”

声は、雅哉の精神に巣食うキサラギのものだった。
そして、彼のすぐそばに「いる」ものとは…

”今までは散々逃げ回ってたってのに、復活してからはここから動いてねぇ…その理由が、ようやくわかったぜ”

緑色の細い触手。
先端はまるで針のように尖ったそれが、地面を突き破って出てきていた。

針は、倒れる前に雅哉が立っていた場所に「突き刺さっている」。
もし倒れなければ、彼はこの針に刺されていただろう。

”バルディルスが言ってたよな、魔人は毒やトラップに関しての知識を持ってるってよ…何回か不完全な復活をしたとも言ってた”

(それが…これとどう関係してるんですか)

”ヤツはわかってるんだぜ、自分で498秒しか動けねぇってことをわかってる。それが過ぎたら102秒は動けなくなることもわかってんだ。だからこそ『動かなくて済む』ようにしてるんだぜ”

(動かなくて…済む!?)

雅哉は、目だけで触手が持つ針を見る。
その時なぜか、触手はぴくりと反応した。

魔人は木の彫刻のように「木化」しているというのに、地面から突き出たこの触手は動いているのである。
キサラギはそれを指して「動かなくて済む」という言い方をした。

”もっとシンプルに言えば『条件反射』だぜ”

(条件反射?)

”ああ…その触手、今ぴくっと動いたろ”

(はい)

雅哉はそう言って、一度触手から視点を外してまた戻す。
それだけで、またぴくぴくと触手は動いた。

”恐らく、その触手は『動いてるもの目がけて』攻撃してくる。動いてればなんでもいいんだ…魔人本体は動けねぇんだから、動いてる連中を全員敵だと見なしても全く問題ねぇってわけだ”

(え…!)

”先についてる針には、多分毒が仕込まれてんだろうぜ。魔人が動けない間、動いてる連中を勝手に始末するのがその触手の役割…他にもまだたくさんいるはずだ”

「…」

魔人の体の一部である触手。
行動できない102秒の間、動いている者目がけて襲いかかって来る自動の罠。

彼はそこまで判明した時、ふと気付いた。
なぜ攻撃しようとした自分が、その場に倒れこんでしまったのかを。

(…もしかして、いきなり足から力が抜けたのはあなたが…?)

”まあな。ちょっとした『白昼夢』ってヤツだ。一応今は真夜中だがよ”

(そうですか…ありがとうございます)

”何らかの反撃はあると思って備えてただけだぜ。それに、コケさせたから逆に動きが大きくなっちまった…もしコケてあの触手のテリトリーから出てなかったら、逆にヤバかったんだ。礼なんかいらねーよ”

(そ、そうだったんですか)

どうやら、細い触手の針を避けることができたのは、ただ運が良かっただけらしい。
キサラギが「危なかった」と言った真の意味を感じて、雅哉は少しばかり背筋が寒くなるのを感じた。

一方、彼から少し離れた場所では、涼たちが驚きの表情を浮かべている。

「な…」

「…な、なによ、あれ…」

ふたりは、突然雅哉が倒れ込んだこと、そして地面から触手がいきなり姿を現したことに驚いている。
雅哉にはキサラギが説明したように、涼たちにはバルディルスが説明した。

「動かないでください、動けばもっと多くの触手が出てくるでしょう…大掛かりな罠を仕掛ける時間はないと思っていましたが、まさかこのような単純な方法を使うとは思いませんでした」

「動くなって言われても、動かなきゃどうしようもねぇ…だろ…?」

涼は、言いながらきょとんとした表情に変わり、耳を澄ませた。
少し離れた場所で水音がする。

その直後、雅哉のそばに現れていた触手が地面へと戻った。
やがて水音はさらに大きくなる。

「なんだ…?」

「川の方から、ですかね…?」

雅哉は涼の言葉に答えながら、ゆっくりと立ち上がる。
触手のテリトリーから外れているのと、触手自体がいなくなったことで、立つ程度の動作はできるようになっていた。

その間にも、水音はさらに大きくなる。
雅哉はその音を聞きながら、触手が開けた穴からさらに後退する。

「動きに反応して攻撃してくる触手のようですが、あの穴までしかこれないみたいです。僕はさっき、キサラギに『倒してもらったおかげで』どうにか針に刺されずに済みました」

「なるほど…どうやら、キミの中にいるキサラギは『いいキサラギ』みてーだな。なんでキミの中にいるのか事情はよくわかんねーが、その点はとりあえず安心だ」

雅哉にそう言って、涼は笑顔を見せる。
だがその直後、彼だけでなく全員の表情が強張った。

「!」

「…!」

雅哉を攻撃し損ねた細い触手。
それが開けた穴を広げる形で、おびただしい数の触手が現れたのである。

数が増えただけでなく、太さも増している。
さらに先端にある針に加え、茎部分にも棘が突き出ていた。

「醜悪さを増した、って感じだな…おい」

思わずそう口走る涼。
触手たちは、まるで魔人を守る壁のように横に並んで立っている。

だがその間も、水音は大きくなるばかりだった。
頓堀川から聞こえるのはわかったが、なぜ水音が大きくなっているのかはわからない。

川幅は狭くないが、涼たちが立っている場所からは詳しい状況が見えないのだ。

「いろいろよくわかんねー状況だが…だからって、手をこまねいてるわけにもいかねぇよな」

「はい」

「そうね…!」

「近付いたら動きに反応して攻撃してくるってんなら、近付かないで攻撃すりゃ問題ねぇんだよな?」

「…恐らくは…」

涼はバルディルスに尋ねたが、どうもはっきりしない返答だった。
彼は触手を見つめながら、考え込んでいる。

「1本だったのが、2本…」

「ん? 何がだ?」

「3本…」

涼の言葉にバルディルスが返すのは、なぜか「本数」である。
意味がわからない彼は、さらに声をかけた。

「おい、バルディルス」

「5本…!」

ここで、バルディルスの目が見開かれる。
涼の顔を見ないまま、彼にこう言った。

「動きに反応する触手…そして大きくなり続ける水音の意味。ようやく理解しました」

「なんだと?」

「触手たちを見てください」

バルディルスは手指を使わずに、言葉だけで涼たちを触手の方へと向かせる。
その瞬間、ゆらゆらと動く触手が動きに反応して涼たちを見た。

「私が喋ると」

バルディルスの声が響くと、触手たちは一斉にバルディルスに先端の針を向ける。
統率のとれたその動きに、涼たちは少しばかり驚いてしまう。

だが、彼らが何かを喋るということはなかった。
バルディルスが、敢えてそれを遮るようなタイミングで言葉を続けたからである。

「触手たち全てが私の方を向きます。ですが、最初は喋っている人を見ていたのは1本だけだったのです」

「…!」

「私が数えていたのは、喋っている人の方を向く触手の数…瞬く間にその数は増えました」

バルディルスが喋り続けているため、触手たちは彼ばかりに針を向けている。
動きを止めているせいか、触手たちがどういう状況なのかが涼たちにはよく見えた。

(針が、少し伸びてるっぽい…?)

(棘が…増えたぞ)

(増えるだけじゃない、棘も針と同じように長くなっている!)

3人は、触手たちに明らかな異変が起きているのを見てとった。
バルディルスもそれに気付いており、彼らにこう説明する。

「川の辺りから聞こえる音は大きくなるばかり…考えてもみてください、川はエンディクワラのすぐ下を流れています。触手たちのテリトリーだとしても何の不思議もない」

「…!」

「触手たちは『動きに反応する』のです。そして攻撃もする…川とは流れるもの、流れとは動きでもあります。それに反応すれば、その動きにさらに反応した触手同士が攻撃し合う、ということも起こるでしょう」

「攻撃、し合う…?」

「!」

思わず言葉を口にする雅哉。
それに反応し、触手たちは一斉に彼を見る。

だがそれも、バルディルスが言葉を返すことで元に戻る。

「川の流れに反応し、攻撃し合うことで起こるのがあの水音です。それは自傷行為とも言えますが、自傷と自滅とでは全く意味が違う…」

バルディルスの顔に向き直った触手たち。
針はさらに伸び、棘の数も増える。

その速度は明らかに上がっていた。
涼たちはここで、ある予感を感じるようになる。

しかしそれを口にする前に、バルディルスの言葉が続く。

「触手同士の攻撃で傷ついても、川の水ですぐに傷を癒すことができる…あなたたちが、前の戦いでそうだったように。そして触手たちは、治癒を経て進化を得ることになる。それが今の状況…!」

最初は、ただ動きに反応するだけだった触手。
今はそれだけでなく、喋っていることにも反応している。

(だが、声に反応してるわけじゃねぇ…! 動きは動きなんだ。動きに反応してるのは変わらねーが、その精度が上がっちまってるってことか!)

(バルディルスはわざと喋り続けてる。自分の『口の動き』に触手たちが反応してることがわかってるから…!)

(その間にも勝手にパワーアップをしているみたいだ。だったらどうする? いや、そうやって尋ねる必要なんかないんだ)

3人の中で、雅哉だけが明らかに違う考え方を持っていた。
対策をこれから考えるのではなく、彼はもう実行を開始しようとしていた。

(動きに反応して向かってくるって言っても、あの場所からこっちまでは来れない! だったら早く攻撃してしまうべきだ)

バルディルスの言う通り、触手が自傷と回復を繰り返して進化を遂げているというのなら、手をこまねいている時間こそが無駄であるはずだった。

彼はひとり、コトノハを激しく輝かせて能力発動の準備を開始する。

(ターゲットは触手たちじゃない、魔人なんだ…最初から何も変わらない。それに僕の力は、左手を使わないと発動できないわけじゃない)

左手を突き出し、その瞬間にコトノハと文字を輝かせて「貫通の光」を放出する。
このパターンは、そうした方が強力な攻撃を放てるから、その手応えを一番感じられるからというのがある。

だが、つまるところワード・サマナーの能力は、文字の意味を能力としたものであるため、大きな動作は本来必要ない。
しかし手応えというのは「強力な攻撃を放つという認識」とつながりやすいため、雅哉はこれまで大きな動作とともに攻撃を仕掛けていた。

(でも今はそんな大きな動きはできない…だったら動かなきゃいい。動かないままで、貫く力を魔人にまで届ければいいんだ。範囲が広くても狭くても、貫く力には変わりないんだから!)

直径が3メートルという極太のレーザーでも、数ミリという極細のレーザーでも、どちらでも貫く力というのは充分にある。
そして今回、彼が放つのはそのどちらでもない。

いってみれば中庸な太さの「貫通の光」である。
極端な太さ、細さではないため、それに関して注意力を傾ける必要がないのは、彼にとって気楽なことですらある。

(さっきみたいなのを動かずに出す、ってことなら大変だけど、普通の太さなら全然問題ない! どれだけ壁を作ったところで、僕の力の前では全く無意味なんだッ!)

現状に左右されずに攻撃できるのが自分だけ、というのをわかっているのか、雅哉の心理状態はかなり昂っている。
そして今は、それを抑える必要は全くなかった。

(さあ、いくぞ…! 今度こそ、僕が決める!)

彼の昂りをそのまま具現化したような、コトノハの緑光。
その上に、彼の文字が浮かび上がった!


『貫』


雅哉の体の前から、直径30センチほどの「貫通の光」が発射される。
それは触手の壁へと真っ直ぐに向かう。

壁のように横に並ぶ触手たち。
その中の1本を撃ち抜き、魔人本体へと向かう「貫通の光」。

「よし、行けぇぇぇぇッ!」

昂る心のまま、雅哉は叫ぶ。
彼が放った能力はそして、過つことなく「木化」した魔人を貫いた。

「ぐ…!」

体から力が抜け、その場に倒れる。
動きに反応する触手が、倒れた体に向かってくる。

(…ん?)

倒れた体は、触手の先端についた針で刺される。
棘によって肉をえぐられ、血が飛び散る。

(あれ…?)

血飛沫が視界に飛び込んでくる。
なぜか、雅哉の視界に飛び込んでくる。

貫かれたはずの魔人とは、かなり距離が離れているはずなのに…
彼の視界を、血の飛沫が真紅に彩る。

(おかしいな、なんで…)

ぼんやりと彼は考える。
だが、答えは出ない。

(僕が魔人を倒したのに、なんで…僕がやられてるんだ…?)

彼に答えを出すことはできない。
疑問を心に浮かべたまま、彼は触手にえぐられ続けていた。


「う、く…!」

「雅哉っ!」

涼とヒトミは、雅哉に向かって声をかける。
地面に倒れた彼に向かって声をかける。

だが、まともな言葉を口にすることはできない。
彼らの前には、横並びに立つ触手たちが魔人を守っていた。

この状況でまともな言葉を口にできるのは、雅哉の精神に巣食うキサラギだけである。

”くそ…くそッ! 俺がついていながら! 間に合わなかった!”

キサラギの意識は、雅哉の足に向かっている。
そこにはとても小さな傷があった。

彼が倒れたすぐそばには、焼け焦げた触手が1本転がっている。
どうやら涼が攻撃したようだが、それでも雅哉は針に刺されてしまっていたらしい。

”幻覚剤みてーな毒らしいが、濃度がハンパねぇ! 弱まっちまった俺の力じゃ、毒を打ち破るほどの『夢』を見させることができねぇ…!”

雅哉は極太の「貫通の光」で魔人を攻撃していたが、その時に触手によって幻覚成分を持つ毒を注入されてしまっていた。
キサラギのとっさの判断で避けた、と彼は思っていたが、回避などできていなかったのだ。

(なかなかしんどい状況だぞ、バルディルス…!)

直後にその触手は涼によって焼き払われたが、動きに反応して攻撃してくる触手たちの存在により、動くことができずにいる。
加えて、バルディルスにも行動限界が来てしまい、姿を消してしまっていた。

(動きに反応する触手で、毒も持ってて、さらに村上くんが危険な状態で…これで102秒待てってのか! もっと言えば、先に魔人の方が元に戻るってのによォ!)

涼は矢継ぎ早に考えながら、これからどうするべきかを思案する。
彼の頬を流れる冷や汗に、触手たちの何本かがぴくりと反応していた。

>act3へ続く

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